クライミング 瑞牆山 温泉
2021.09.08
曇り。
疲れていてなかなか起きれない。寒いし、身体がギシギシしている。
雨ではないので登れるのだけれど、心と体がレストを要求している。
駐車場には4パーティーくらいのクライマーがやって来ている。昨日に会ったパーティーもいる。この人たちは登れる天気なら毎日登っている様だ。凄い。
この人たちのオーラが凄い。身体も精神も遥かかなたの人たちの様な感じがする。
クライマーだな。独自のライフスタイルを貫いている。
自分はず〜〜と日本の教育制度の枠の中であたふたともがいていた。
自分は小学校から中学2年までは、社会の枠をはみ出しては時々叱られながらも、自分のやりたい事に向かって過ごせていた。
中学3年からはず~~とず~~と教育の枠の中で、自分のやりたい事とは違う目的に右往左往しながら過ごしていた。高校や大学に入いるための勉強をしたり、就職の為の勉強をしたりしていた。
仕事では数学を教える事は楽しかった。しかし、書類作成や部活動などの仕事はとても苦しかった。その雑務が量と質ともに自分の能力を超えていた。部活動では吹奏楽を持たされた事もあった。
ミズガキの周りに移住してクライミングを中心にした人たちのようなライフスタイルをしたかったがそんな勇気はなかった。たぶん、自分の年代の人は殆ど皆がそうだったと思う。
就職した時の世の中はバブルの前の好景気だった。友人はヨセミテやシャモニーに、城ヶ崎や小川山に行くように通っていた。中には仕事や大学を辞めて、ガラス拭きでお金を貯めたり、失業保険を上手く利用したりして、海外に出掛けていく人たちもいた。
自分は週休二日どころか、まだあの頃は半ドンだった。お弁当を持参して午後は部活で、土曜日も平日と変わらない状態だった。
更には日曜日までも部活の試合や模試があった。
今は休日手当や部活手当がほんの少しあるが、あの頃は全くの手弁当だった。
ブラック企業だった。
休みが隔週で二日になった時は天国の様に感じた。明神や谷川に通える様になった。日曜日は日が暮れるまで登って、山から学校にそのまま向かった。
#教育
にはお金が掛かる。
農業が中心だった昔は寺子屋や教会が教育の場になっていた。
産業が盛んになると文章や時計が読める必要が生じる。読み、書き、そろばんの能力が国民全員に必要になた。国民全員を育成するにはかなりなお金が掛かる。なので国が税金で統一された教育をする様になった。
義務教育として言葉や思想を統一し、国民としての意識も高め、経済の発展に貢献する人材を育てた。
本来は国民の為の義務教育なのだけれど、社会の歯車を作り出す様な教育とも言える。
社会人としての道を逸脱するのは非国民だった。
自分の10年上の世代は戦後の団塊の世代だ。この人たちはブレハブ校舎に詰め込まれて、勉強、勉強の学歴社会で育った。まさに戦後の貧しさから抜けるために受験戦争に参加させらた。自分を磨くより、高度経済成長の一翼を担う社会の歯車になる勉強であった。
「3当5落」の競走をかいくぐって大学生になった人たちが社会に疑問を感じて全共闘を結成したり、中核や民青などの分派に別れて内ゲバなどもしていた。
自分がティーンエージャーの頃だ。その団塊の世代のお兄さんやお姉さんたちが戦っているのをニュースや新聞で観る事が多くなった。
自分の世界から周りの世界を見る様になってきた。少しだけ将来を考える様になってきた。TV欄だけでなく社会面も観る様になってきた。
社会の歯車に向かい始めた。
中学2年の時の自分は1つ上の3年生の進路を見て考えた。
学校で自由奔放にしていた3年生もほとんどが枠の中に組み込まれていっていた。ほとんどの3年生が進学する高校によって振るいに分けられている様に感じた。
自分はその状況を見て振るいに分けられるならと、少しでも上を目指して、中学3年から突然に受験勉強をしだした。
世の中が荒れていた。1970年3月31日にはよど号ハイジャックが起きた。自分が中学3年になる時だった。自分の学校も荒れていた。よど号ハイジャックの中のお客の息子が自分の友だちだった。その友だちが悪さをして親が学校に呼び出される事になった。
友だちは「親がよど号ハイジャックで気が高ぶっているのでヤバイんだよな!」と言っていた。それを聞いた友だちの友だちは「寧ろよど号ハイジャックの方でそれどころでないからいいんじゃない!」とか言っていた。
自分も少しその事件に関係していたのだけれど、受験勉強に邁進し出していたので、親が呼び出されようがどうでも良かった。親も自分が変化しているのを察して学校に呼び出せれても、何も言わなかった。
自分はTVや新聞などから流れるよど号や安田講堂の事が自分の世界の直ぐ側の事なのにあまり実感が無く不思議だった。
東大に入るような頭のイイ人たちが何に闘っているのかが解らなかった。機動隊の人たちも闘っているのが解らなかった。機動隊の人たちは生活の為にデモを阻止するのだろうけれど、機動隊に命令する人たちも頭がイイのにデモを阻止する命令を出す事が解らなかった。
この大学生たちの言う事と政府の方針にどの様な違いが解らなかった。
大学生の人たちはせっかく大学に入れたのに催涙弾を受けて亡くなられた方や連合赤軍のような事件もその後に出てきた。
中学3年の時に中野駅の近くのビルの屋上からデモ隊を観た事がある。ヘルメットに手拭いでマスクをしたデモ隊が列を作ってジグザグに移動してシュプレヒコールを流していた。機動隊がそれを遠巻きにして囲っていた。しかし、デモ隊の人数がとても多いので、雰囲気としては機動隊がデモ隊に全く手が出せない様だった。ビルの屋上までもデモ隊の熱気が感じられる程だった。
今の機動隊が圧倒的な人数でデモ隊を封鎖するのとはかなり違っていた。
沖縄の普天間の基地でのデモは機動隊の盾に完全に囲まれていた。それでも「続ける事が勝つ事!」と頑張っていた。この普天間のデモ隊の人たちはあの頃の年代の人たちが多い様に感じた。
中野のビルの屋上から見てていたデモ隊がジグザグに移動してシュプレヒコールを流しているのだけれど、どんな事を訴えていたのかは解らなかった。たぶん、安保反対だったのだろう。
安田講堂の映像がTVに流れたのは自分が中学1年の時は連絡だった。
物見遊山で観に行きたかった。中野区に住んでいたので、東大に行くのに1時間も掛からない。そんな直ぐ側で闘争が繰り広げられていた。父がそれはかなり危険だから止めた方がイイと言っていた。
アメリカが月に星条旗を立てたのより衝撃だった。
ピラミッドの底辺にならないためには学力を身に付けるのが手っ取り早いと中学2年頃から感じていた。そして中学3年になって突然にガリ勉くんになった。
目的も見いだせないまま、ただピラミッドの底辺にはなりたくないだけの理由で受験勉強を毎日し出した。
自分は能力もないし、大志も無かった。特に記憶力が悪かった。たぶん、ブランコでモロに頭から落ちたからだと思っている。
それでも公立高校には入りたかった。その意思はかなり強かった。かなりガリ勉をして、なんとかギリギリに公立高校には入れた。
公立高校は制服でないのが嬉しかった。
自分の家の周りには長屋に住む貧しい人たちと土地を持って豊かな人たちがいた。かなりな貧富の差のある地域だった。小学校から中学校になる時に、評判が悪い中学校だったので、隣の区の中学校に越境入学をして行った友だちも何人かいた。
自分の家は土地を借りていたので、地代を地主さんに渡しに行く事があった。地主さんの庭は大きかった。林や畑もあって、駐車場には車もあった。敷地に入るのも恐る恐るだった。
帰りは地主さんからお菓子を貰った事もあった。
貧しいよりは豊かな生活がしたかった。お金があれば車も買えて自由にイロイロな所行けると思った。
小学校の時の卒業文集に将来の夢は「りょうし」と書いてある。
自分が漢字が読めない、書けないのでほとんどノートは平仮名ばかりで書いているのを編集委員は知っていた。なので編集委員が「りょうし」を「漁師」に書き変えてくれていた。でも漁師と猟師のどちらにもなりたいので「りょうし」なのだけれどと言ったら、製本の時は漢字から平仮名にわざわざ直されていた。
「りょうし」にしたのは、可能ならサバイバルをしながら放浪がしたかったのだと思う。あの頃の自分には猟師も漁師もそんなの生き方をしている人に見えていた。
サバイバルだけでは暮らしていけない。お金も稼げてサバイバルに近い仕事なので「りょうし」としたのだと思う。
社会保障制度や失業保険の知識があったら、あんなくだらない詰め込み教育にはまらないで、遠洋漁業と失業保険で暮らす世界に入っていったかもしれない。
大学卒業後もその教育にしがみついていた。
日本の経済発展に必要な人材の育成に貢献していた。
見方を変えれば資本家に便利な様に、社会に出て使える者と使えない者を振るいにかける事に加担していた。
方程式や図形の証明などの数学考え方の面白さを感じさせてあげたかったが、そんなのはドラマの中の世界だった。現実はブラック企業だった。自分の中学校を思い出して気付くべきだった。
朝は時間に遅れず、正しい身なりで登校しているかをチェックして、チャイムの音とともに授業を初めて、カリキュラムに追われ、チャイムの音とともに授業を終えていた。更には放課後はカリキュラムにない部活動に日が暮れても参加させていた。
残業労働を中学の時から慣れさせていた。
ジャパニーズビジネスマンのタマゴを作り出していた。
植民地や奴隷には教育は必要なかった。
植民地にならなかった日本は教育を受ける事が出来るので、勉強が出来る様になれば上に這い上がれるので恵まれた国なのだろう。
義務教育以前の寺子屋や教会での教育の費用は個人やお寺や社会の善意でのお布施だけで成り立っていたのかな?
#資本主義
は人権よりも資本を大切にする事が多く、生産性を重視する。
関東の人たちはこんな天気予報で、それも平日だ。それでもバンバンと登りにやって来ている。
凄い。
戦後10年産まれの自分とは生き方の多様性にかなりな違いを感じる。
夕方辺りから雨。
2021.09.09
雨。
午前中は雨、雨。
午後から青空。
#狼の子供雨と雪
映画。
ストーリーにやや無理があるけれど、テーマが1つだけでないのがイイ。アニメの絵もとてもキレイな色使いだ。
2021.09.10
#ボルダリング
#一本桜岩
7級
#夜岩
韮クラック 10級
スーパークーローワール 7級
#分岐岩
ガバフレーク 8級
10級
かさ餅 8級
ナナーズに行って食材を買う。韮崎に行くよりは近いナ。
#カラファテ
を覗きにいくと店員さんに「鈴木さんですか?」と聞かれた。入って直ぐに声を掛けられた。なんで自分の事を知っているのかとても不思議な気がした。自分が有名人になった様に感じた。自分がイロイロと放浪をしているのを知っている様だった。
朝練をしている様なので、混ぜて貰おうと思ったが、お客さんが来たので朝練の話は頓挫した。
駐車場に戻る。
2021.09.11
雨が時々降る。
ウダウダしていると、役所で年金関係の仕事をしている方に声を掛けられた。
雨が降ったり、止んだりしていたのでウダウダとしていたので良かった。晴れていたらボルダリングに向かって会えていなかったも。
#寒々ルート 5.7
1ピッチも3ピッチもランナウトが怖い。
#武田菱ルート 5.9
コケコケで敗退。エリアも湿気が凄かった。
車中泊の達人と名張の主に会った。
2021.09.12
曇り。
#ダルマ岩
右側の線だけのルート
で落ちた。フレアーしているのと身体がカムに当たったかして、固め取りしていたカムが3個も外れた。なんとか下の0.4で止まった。
ヤバイヤバイ!
危険だから名前が付いていなかったのかも。
#神楽 5.9
繋がらなかった。
#つちのこ 5.9
落ちたのでビビってトップロープ。
#魚雷 5.9
フォロー。
ここはトップロープが掛けやすい。
相方と別れて
#幕岩
に向かう。
道を良く覚えていなくて不安だし暗くなってきた。ガタガタ道に入る所を間違えて、車をスタックさせてしまう。
電波は飛んでいない。歩いて街に行こうにもとんでもない距離。スタック脱出への突貫工事が始まる。ぬかるみなので服はドロドロ。ヘッデンを点けながらアレヤコレヤ。
ようやっと抜け出した時はヘロヘロ。服はパンツまで、車も運転席はドロドロ。髪の毛も顔も長靴の中も全身がドロドロ状態。
街へ向かって、水道のある公園でドロドロの身体を洗う。水は以外に寒くなかった。でも、全身から水をかぶるには躊躇した。上半身だけにした。
車の座席を拭いたり、ドロドロの服を片付けたりと大変だったが、もう安全圏にいたので心はホットしてた。
自分と車を褒めてあげていた。
コンビニに行って、相方に明日は須玉のコンビニに来て貰う事の連絡も出来て、更に安堵。
疲れ過ぎて、食欲も無かった。
そのまま熟睡。
2021.09.13
昨日の疲れもだが、指先がとても痛かった。昨日の突貫工事で爪が少し割れていた。
ウダウダしていると相方がやって来た。ICIに務めている方だったのをようやっと思いだした。記憶力の減退が激しい過ぎる。
#幕岩
に向かう。
林道に入る前のカーブの所に車を停めて同乗させて貰う。
幕岩へはホントはもう少し先の所から入らなければならなかったのが解った。
ココも平日なのに、もう車が7台くらい停まっていた。なんなんだこの人口密度は!
٩(๑`ȏ´๑)۶
関東のクライマーは凄い。
瑞牆山は寒かったがココは暑い。日が当たると壁が暖かくなって指がシルシルになる。
☆ナベちゃん 5.8
☆ピカリ 5.10b/c
カチカチで長いので、指が終わってしまう。
★アイソメトリックス 5.10c
カチカチでムズい。
☆わささび 5.10
相方は3便目で狙っていたルートRPをした。
今日はこれだけ。
暖かい。公園で洗濯をしていたら、サッカーの練習で人が集まりだした。干していた洗濯物を片付けて
#神明温泉志麻の湯
に行く。
市民だと410円、市外だと810円。
サウナはコロナで閉まっていた。ヌルヌル感がイイ。充電も出来る。
夕食は作るのが面倒なので半額のお惣菜やお寿司。
コンビニで車中泊。
#公教育
義務で無償な事が大切。
公教育にはお金が掛かるが、みんながある程度の能力を持っていると高度な社会が創れる。読み書きの出来る社会に適応した規格化された人材を育成できる。
階級身分にかかわらないで国民全体から有能な者を選抜できる。
民主主義、国民国家が創れる。
国に従順に貢献する国民を育成する役割りもある。
国は国民の為にあるし、国民は国の為でもある。
産業革命で豊かになって民主主義、資本主義になる。
ヤエン 昇仙峡
モアブ
インディアンクリーク
カブト岩 冬もイイ
たちおか
カシヤマ
こくしめろっく
2021.09.14
晴れ。
公園で車を整理しようとしていたら、管理人さんが来たので荷物を広げるのをやめて、カブトムシの公園に移動。ココはトイレもあるし充電も出来る。でもコロナでトイレは閉まっていた。
洗濯物を干しながら、絵を描く
いい天気。富士山も見える。
食材を買って瑞牆山にいく。
2021.09.15
晴れ。
今日も駐車場にはいつもの方々がいる。毎回、パートナーが違っているのが不思議だ。どの様に連絡をし合っているのだろう?
小ヤスリに行くそうだ。こんなムズイ所に行くパートナーをよく見つけられるものだ。
自分らは全部で5人。
#しじま谷
#カメ岩
#ツル岩
☆
#カメ岩クラック 5.10a
アンカーがサビサビ。
★
#風道 5.11c
ボルトを踏みながらでギリギリ。
#亀甲めぐりの隣り 5.10d
はRCCボルトだった。
☆
#ぷりんぷりん 5.9
カムを間違えてばかりだったがなんとか登れた。
のんびりと充電とネット。
2021.09.16
曇り。
人がほとんど居ない。
#ボルダリング
に行く。
#ガリガリ岩
9級
リッチ君 5級
7級
ガリ子ちゃん 6級
#キノコ岩
ナラタケ 7級
チチタケ 8級
クリタケ 7級
#48岩
スラブ 10級
#49岩
村祭り5級
夜から雨が降り出す。
2021.09.17
雨
北斗市に向かう。
ビッグで買い物
半額の惣菜を買う。
2021.09.18
コンビニの駐車場から銀河鉄道の公園のトイレを見に行く。ここはトイレも水も景色もイイが遠いいし、人通りが多い。
雨が降ったり止んだり。
#武田八幡神社
に行って絵を描く。
食材を買ったら、明日は小川山の連絡が入っていた。
調理は止めて急いで移動。
小川山の手前の駐車場が閉まっていた。
分かれ道に入って車中泊。
星が見えていた。
2021.09.19
やや晴れ。寒くもなし。
歩いて金峰山荘に行って仙台の相方たちを待つ。
仙台と山形の知り合いもいた。
#小川山レーバック 5.9
少しだけ順番待ち
#クレージージャム
混んでいたのでパスして移動。
#予期せぬプレゼント 5.10a
ムズイ。下部も中間部も上部も。中間部は繋がらなかった。
5番6番も2セット使った。
自分のトポを見ると以前はオンサイトしていた。
左のトンネルのチムニーは見るだけ
右の上の方のトンネルのを2本。これは簡単で楽しかった。6番が2個欲しかった。
コレでヘロヘロ。
#ヘルシーの湯
村民外は300円が500円になっていた。
(。-_-。)
ココは20時まで。サウナがやっていた。
前は村民も村民外も同じ300人だったのに!
小川山は入園料も取る様になっているし、川上村の方々の意識が変化しているのかな?
ナナーズで買い物。ココは20時まで。19:30から
2021.09.20
晴れ。
車がいっぱい。
車中泊の達人とレジェンドは一刀に行くらしい。
栃木でジムしている方とその相方にも会った。
昨日の仙台の相方と
#おしん 5.8
から
#不動沢愛好会の2ピッチ目5 .10b
フィンガーを逃げてしまった。
しもふりみょうじょう
#よろめきクラック 5.10a
やはり、怖くてリードは無理。
駐車場に戻る。なんと、車のカギをするのを忘れて車は全開だった。
日本は安全な国だ。
相方たちと別れてナナーズで買い物。
ベトナム人らしい方々がいる。日本人に気を使った挨拶をしっかりとしてくれる。礼儀正しい。
どの様な方々なのか興味が湧く。
レタス畑で長く働いてる様だ。
日本の就労ビザで来ているのかな?
季節労働なのかな?
たぶん、本国では能力のある人たちなのかもしれない。少しは日本語も話せる様だ。
ビールをケースで何箱も買っていた。娯楽はお酒とネットぐらいしかないのかも。
東京や甲府にも出られないのかも?
なかなか川上村からは出れないのかもしれない?
土地から離れられないで、雇用されていて、中世の荘園の領主と農民に近い関係かもしれない?
基本的人権である移動の自由はこの方々には有って無い様なのかもしれない。
どの様な雇用者なのだろう?
雇用者同士で談合をしているのかな?
この方々は今の日本人をどんな風に見ているのだろう?
夕食はイワシを焼いたのと牛のすじ煮込み。作り過ぎた。それに、すじ煮込みは歯に挟まるので食べにくい。圧力鍋で煮込んでもあまり柔らかくはならなかった。
満月だ。
2021.09.21
晴れ。
疲れているのかな?やや食欲不振だな。昨日の残りで朝食。食欲が無いのは食事がワンパターンなためかな?
金峰山荘に向かう。
#カサブランカ 5.10a
カムが足りなくなるもなんとか。
#ジャックと豆の木 5.10b
順番待ちになってきた。
東北人には少しプレッシャーを感じるが、名張の知り合いの方で気にしなくてイイとの心優しい言葉を掛けて頂いた。しかし、出だしで激落ちをして心が折れた。急に乳酸が出まくって各駅停車で、人工の嵐になってしまった。
相方たちは仙台に戻るので今日はここまで。
クタクタになりながら瑞牆山に向かう。
満月だ。とても明るい。
車中泊の達人から料理や天気のアプリを教わる。
ガラムマサラ
ゆずの村 ポン酢
ウインディ
マウンテン フォーキャスト
ヤマテン
イノクマ
2021.09.22
イロイロとあってクラックでなくボルトルートになった。レジェンドは東北にはクラックが少ないので、クラックのルートをやりたく後ろ髪を引かれていたようだった。
しかし、登り始めると、壁はまだや湿り気があるのに、バンバンとオンサイトをしていた。
車中泊の達人はボルトルートだからアクティブレストの日だとか言っていたが、自分の普段のクライミングを遥かに超えているクライミングの量をこなしていた。
自分は心が折れて全部トップロープにさせて貰った。それでもヘロヘロ。全部テンションの掛けまくり。中には人工も入っていた。
#カサメリエリア
レーザーズエッジ 5.10b
プラチナム 5.11c
ぞうりむし 5.11a
真実の口 5.10b
#屏風岩
#百獣の王 5.11c
車中泊の達人は体力をまだ持て余している感じだ。ホントはもう何本か登ってから
#屏風岩
に行く予定だったが、明日もあるのでこれで屏風岩に向かった。
自分はこれから屏風岩に行くのかと戸惑ったけれど、相方たちの姿を見ているとコレが普通に感じてきた。
相方の歳になった頃から自分に弱音を吐くようになってきた。自分にリミッター、限界の足かせをはめ出した。口には出さないがイロイロと取り付かない言い訳を考えた。そして48歳の時に「歳だ。」とついに弱音を吐いてしまった。
今はもう弱音の吐きまくりだ。トップロープで登るのもなんの躊躇もしなくなった自分がいる。
相方たちと一緒にいると高みをもっと目指したい気持ちになってくる。カサメリから屏風岩までの道も普通に近く感じた。しかし、流石に心とは身体は正直で悲鳴をあげていた。百獣の王の最後の方は人工の嵐になってしまった。
今日はココまで。
相方の軽やかに下っていく姿を見失わないように付いていきながらゲートに向かった。相方は下りもぴょんぴょんと飛び跳ねてトレーニングをしながら降りていた。
駐車場では名張の主にまた会った。
この方も凄い方だ。
ココ瑞牆山には猛者がたくさんいる。
日本の聖地な様に思う。
いつまでもタダで駐車が出来ると様に願う。
満月だ。とても明るいので寝れないぐらいだ。
2021.09.23
夜中に雨が降った。路面が濡れている。
身体が壊れそうだ。まだ、食欲がない。もう体が内部から壊れているのも?
6:30発の計画がもっと早くの出発にたなって7:30には取り付きに着いて登り出す。元気だ。
#アストロドーム 5.11a
#春うらら 5.12a
#T &T 5.10d
どれもトップロープで、更に人工でようやっと。
(*´ω`*)
(≧ω≦)
レジェンドはアストロドームをオンサイト。春うららはオンサイトではなかったけれど登り直してRP。T&Tもあともう少しの所で落ちてしまったが、ハングドッグはしないでそのまま繋げられた。
レジェンドは「歳だ。」と弱音を吐いていた。自分の弱虫が移った様だ。
車中泊の相方は心も体もスイッチが入っていた。最後の春うららでは気合いを入れて裸族で取り付いていた。3便目だったかな?多分、体力のレベルが同じ人がいたら、もっと切磋琢磨して、更なる高みを目指していけるのだろうと感じた。
「歳は感じていないの?」と聞くと登り調子との事だ。
自分は丁度その歳に体力の減退に気づいた。そして48までは自分だけに秘めて弱音を吐かないでいた。パートナーに「この頃、便数が減ったネ。」と言われて、「もう48歳だもの。」とつい応えてしまった。
今では弱音を吐きまくり、歩く速さも遅くなっている。相方との距離を離さない様に頑張って付いて行こうともしなくなっている。
今日はココまで。
駐車場に戻ると裸足の達人と整体の方や名張の軍団やイロイロな方々がいた。貿易関係で怪しい世界を又に掛けている方からも声を掛けて貰った。コロナの為に船で何週間も掛けてインド辺りから日本に帰国したとか?今は日本にいて登っているらしい。来週は城ヶ崎にいくらしい。コロナで会社を休んで登りまくっている様だ。穏やかな話し方で人当たりのイイ方なんだけれど、なんかだからこそ凄く怪しい貿易の仕事をしている様に感じる。
瑞牆山のクライマーは不思議な方々がワンサカといる。
食材を車中泊の達人を見習ってナナーズには行かずにで管理棟で野菜を買ってみた。
カボチャやキノコやインゲンなどの鍋。肉が入っていないけれどマアマア。
その内、車中泊の達人に教わったガラムマサラとゆずの村 ポン酢で食べてみよう。達人には天気のアプリも紹介された。コレもその内に調べてみよう。
ウインディ
マウンテン フォーキャスト ヤマテン
イノクマ
関東での情報交換やパートナー探し方は質も量もとても東北とは違うのを感じる。
自分は正に、東北から退職列車で上京し、山に柴刈りをした状態で薪を担いでいるお爺さんだな。
瑞牆山は何もかも先進的だ。ウォール街から摩天楼を仰ぎ観る感じで大ヤスリ岩が聳えている。
何人かの援助を受けて少しづつこの瑞牆山の先進国に入れてきた気がする。
まだまだスーツを着てさっそうととビルの中に入って行ける優雅さは無く、スカイビルの入口の前に立って入っていってもイイですかとガードマンに顔色を伺っている感じかな!
ジムが出来る前の宮城県の冬は寒かった。冬になるとカジタのアイゼンとバイルで身を固めて、ひたすらアブミプレートに乗り込むと言う単純作業の繰り返しに励まざるを得なかった。
1992年のベニバナ国体で飯豊の体育館に人工壁が出来た時はアイスバーンを片道に3~4時間も掛けて通った。ようやっと宮城でもハードフリーが冬も出来る様になった。
その後の2001年の宮城国体では何故か白石城やセントメリースキー場の野外に人工壁が建てられた。「屋外のスキー場に人工壁を建てるのはどうかしている。」と異を挟めたら、先ずはセントメリースキー場に建設して、その後に仙台の第二総合運動場にまた億単位のお金を掛けて移転する事になった。
白石城の人工壁は合計で何人の人が利用したのだろう?今では解体されて跡形も無くなっているらしい。
セントメリースキー場の人工壁は国体の箱物建設の象徴な様な形で、今は仙台の第二総合運動場に飾られている。
田中角栄の影響がまだまだ残っていた。
熟睡。
2021.09.24
満月ぽいのが観える。
たちまち月かな?
晴れているがやや寒い。
本日は年金に詳しい相方と
#ツル岩
☆ぷりんぷりん 5.9
クラックにロープが入りやすい。
#カメ岩
☆片葉蕈 5.10b
2ピッチ目のアンカーはしっかりとしたロープ1本だけ。
☆ヒロポン 5.10c
フォローでの回収が必要
★Radium Line 5.13a
トップロープ。人工で上まで。
カボチャ鍋
2021.09.25
かなり寒い。ダウンを着る。
朝食はまだ飽きない。餅も入れてみた。美味しく感じる。カボチャ鍋の完食。
#蛇岩
に行く。
道に迷いって熊岩の方から蛇岩に行こうとしてしまった。熊岩の隣には大きな沢があるのが後になって解った。熊岩の岩の奥の方にもトレースが続いていて登れそうな岩場もあった。コレは変だと感じてグラフィカをみて大きな沢があるのにトポには記載されていないのがようやっと解った。前烏帽子に行くルートで行ったらケルンもあるし、小さな沢もあるので簡単に蛇岩に着けた。
ダウンを持ってこなかったので寒いので陽射しを追いながら日向ぼっこ。背丈の高い針葉樹林の枝の交差した隙間からの空の青さが印象的だ。
☆スネーク ピット5.10c
少しもろいがプロテクションもしっかりと取れるので楽しめた。
★スネーク クラック左5.10d
指力が足りないので繋がらなかった。グレードにかなりな違いを感じた。
ココにはボルトルートもあるのだけれど瑞牆的で無い様に感じた。だから無名ルートにしたのかなもしれない。
今日はココまで。
このエリアの大きな木はなんと言う名前なんだろう?かなりイイ感じの雰囲気があるエリアだ。
第2段のカボチャ鍋を作る。段々と飽きてきたが、カボチャの甘さが疲れた身体には癒される。
天気予報では明日は雨。暗い雲の合間から半月になりかかりの月が顔を時々だす。臥待月かな。
熟睡。
2021.09.26
朝の道路は濡れてはいない。しかし、キリが立ち込めて湿度はかなり高い。午後から雨らしいので今日はお休み。
時間を掛けてカボチャ鍋をムリクリに完食。
#ヨシヤーの湯
に寄ってみた。流石に冷泉なので寒過ぎて入れない。
(´・_・`)
塩味の炭酸水だ。
甲府市の
#草津温泉
に向かう。市外も関係なく430円。
銭湯の様な温泉の様な不思議な温泉銭湯だ。建物も個性的な雰囲気がする。泉質もイイ。
マクドナルドでネット。
疲れているのかな?テレビドラマを最後まで観れない。直ぐに飽きて別な番組に変えてしまう。
甲府市のイオンモールで食材を買ってコンビニで車中泊。まだ、カボチャが残っているが流石に飽きたので、牛たんとレバーが美味しかった。