「勝手にスポーツ大臣」10 小林信也 筋トレの効果と弊害をきっちり研究する
小林信也スポーツライター塾、開講! 詳しくはHPをご覧ください。
https://nobuya2.wixsite.com/mysite/blank
半世紀前、「大リーガーと日本選手のパワーの差は筋トレ」と書いた
1970年代半ばころ、筋トレはスポーツ界でマイナーな存在だった。バーベルやアレイを使って筋肉を鍛える人は「ボディビルダー」であり、筋肉を大きくするマニアのするもので、野球や相撲、サッカーなど各競技のパフォーマンス向上をもたらす「最適なトレーニング法」とは認識されていなかった。「筋トレ」という言葉も一般的でなく、「ウエイトトレーニング」という言い方で理解されていたように思う。熱心に筋トレを勧める専門家はいたし、導入している競技者もいたが、どちらかといえば疑問視されていた。
1973年、現役大リーガーとしてボルチモア・オリオールズから太平洋クラブ・ライオンズに入団したドン・ビュフォードが平和台球場の開幕戦でいきなり村田兆治投手(ロッテ)からサヨナラ本塁打を打った。29日の日拓戦ではバットを折られながらライト・スタンドに放り込みファンの度肝を抜いた。ビュフォードは身長175㌢、実際にはもう少し低かったらしい。
スポーツライターになってまもなく、両手でバットのグリップを握ってフォロースルーをするビュフォードの写真に添えて、原稿を書いた。ビュフォードが握っているグリップのすぐ上でバットは折れ、その先は宙に舞っている。それで打球はスタンドに入ったのだ。「身長は日本人と変わらないビュフォードが、バットを折りながらホームランを打てるのはパワーのおかげ。その源はウエイトトレーニングだ。日本選手もウエイトトレーニングに取り組むべきだ」という主旨の原稿だ。僕自身、駆け出しのころは筋トレの普及に貢献するスポーツライターだった。
「筋トレでパンチ力を鍛えても、当たらなければ意味がない」
ロイヤル小林というプロボクサーが「筋トレで鍛えた」というハードパンチでKOの山を築き、話題となったのはそのすぐ後だ。ロイヤルは76年にはWBC世界ジュニアフェザー級王者に輝いた。その少し前、井の頭公園をジョギングしていたら、引退してまもない輪島功一さんがゴミを拾いながら走っていた。思わず後について走ると、突然輪島さんが立ち止まり、僕に向かってシャドーボクシングを始めた。そして、ひとしきりパンチを繰り出した後、言った。
「ロイヤル小林のウエイトトレーニング、どう思う?」
輪島さんは、ボクサーの筋トレ導入に懐疑的だったのだ。そして言った。
「いくら筋肉をつけてパンチが強くなっても、当たらなかったら役に立たない。ロイヤルのパンチは見えるから、当たらない」
その言葉は胸に刺さった。パンチ力が強ければ勝てるとは限らない……。
「筋トレはケガの予防になる」という宣伝文句は本当なのか?
筋トレの効果を信じ強く推していた僕が、筋トレに疑問を感じ始めたのは90年代の終わり頃だったか。相撲界では80年代から90年にかけて千代の富士や霧島(先代)が筋トレで鍛えた肉体でファンを魅了し、それぞれ横綱、大関に昇進して活躍した。その頃になって、日本でも筋トレは絶対的な効果があるトレーニング方法だと誰もが認めるようになった。僕の思いは逆だった。
「筋トレはケガの防止に役立つ」
と関係者たちは一様に言い、受け売りで書く記者たちはみなそう書いたが、目の前で起こる現象はどうも違うのだ。相撲界だけ見ても、その後の貴乃花しかり、若乃花しかり、力士生命を脅かす大けがで休場し、実際に土俵を去っている。そこに力士たちが筋トレを熱心に重ねた影響がないのか?
その後、武術との出会いがあって、人間の動きと筋力の関係を学ばせてもらった。思ったとおり、筋トレは「百薬の長」でなく、危険な弊害を含んでいる。副作用もある。これをきちんと理解して採り入れる必要が本当はある。いまは、そんな影響を度外視して、「猫も杓子も筋トレ盲信」といった状況だ。70年代に、いわば言い出しっぺの一人だったスポーツライターの責任として、筋トレの功罪をしっかり検証し、研究し、改めて本質的なトレーニングを普及させる責任を感じている。だから「勝手にスポーツ大臣」としては《筋トレの効果と弊害》を専門家たちが研究する動きを促し助成したい。
☆筋トレのどこに課題があるのか、下記の本で詳しく触れています。
新刊《武術に学ぶスポーツ進化論》~宇城憲治師直伝「調和」の身体論~
発売中です。ぜひご購読ください!
https://www.dou-shuppan.com/newbookdvd/