慈しむひろいせかいひろいせかい
犬のうんこがいつもよりも多かったランニングコース。
犬のうんこが俺を軽快にさせる。
通勤するサラリーマンを追い越し、ホップステップでうんこを飛び越える。
ついでに定職に就くことができるマスも飛び越えてしまっていたことに気付く。
サラリーマンが出社する傍らをランニングする、そんな朝。
ランニング終わりにそのままスーパーへ向かう。
まだ開店前なので入り口付近には老年の男女が溜まっている。
特に特売とかでもないのにスーパーの開店待ちを目撃。
おじいさん、おばあさんの生態系を知る。
入店。このスーパーでのルーティンは決まっている。
まずは青果コーナーで果物、バナナ。
お次に納豆、豆腐。
お肉コーナーへ向かい、チルドコーナーでヨーグルト、牛乳。
最後にレジ前で卵をカゴに入れてレジへ向かう。
完璧。
これ以外目に入らないぜ。
3キロくらいのスーパーのビニール袋が指に食い込む帰路。
10月も後半になり昼間は暖かいけど、朝晩は肌寒い。
歩いていると葉も黄色く色付きつつ、金木犀の香りも漂い、ハエのたかっている犬のうんこからも何か漂ってきそうな青空の昼下がり。
秋を感じる。
赤トンボがひらひら舞っていて、指を差し出すとスンと止まった。
小さな顔をどの方位から眺めても目が合っているように感じる大きな目。
というか顔にはほぼ目しかない。
スーパーのビニール袋が食い込んでいる手を持ち上げ、指先をくるくる回し、目を回してみせる。
全く気にもとめない様子でまたひらひらと飛んでいった赤トンボ。
側面についた大きな目からどんな世界が見えているのだろう。
俺よりも圧倒的に視野が広いんだろうな。
食材達を家に置き、身支度し都心へ向かう。
あんなことやこんなことがなんやかんやあったりなかったり。そんなこんなでもうゆうがた。
新宿のホーム。
電車待ちの列に並んでいたら、俺の前で電車を待っている女性にひょろひょろと歩み寄ってきた老人がいた。
老人男性「この電車は◯◯駅に止まりますか?」
女性「え。あ、はい。止まりますよ」
老人男性「どうもありがとう」
そうして、そのままその女性の前へとても華麗に横入りを決めた。
えっ、と思った。
たぶん女性も。たぶんじゃない。絶対。
女性は何も言わなかった。
けど、たぶん「えっ、」って思ったはず。たぶんじゃない。絶対。
赤トンボの目くらい、大きな眼鏡をかけた老人男性の視野は赤トンボのようにはならなかった。
禁断の恋をしている既婚者同士くらい周りが見えていない老人。
緑色の電車を待ち侘びる姿がどこか心配気だった。
家の最寄り駅に着くと線路沿いの一角が空き地になっていた。
ここって前までなにがあったっけ…。
何にも見えていなかった。
犬のうんこは見えるのに、その何十倍も大きかったであろう建物を認識していなかった。
家に着き、KOHHのHIROI SEKAIを聞く。
たぶんパリに行っても犬のうんこを目撃するんだろうな。
なんでもないけどなんかあった1日。