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侠客鬼瓦興業60話「優しい女衒」

女衒の栄二・・・
川崎でも有名なこのおじさんに出会うまで、僕は女衒(ぜげん)という闇の職業があることなどまったく知る由も無かった。
「吉宗ちゃんか、ヨッチーちゃんね」
女衒の栄ちゃんは、嬉しそうに僕のことを見つめていた。
僕はまるで、大蛇に睨まれたカエルのように、じっと脂汗を流しながらその場に立ち尽くしていた。
「かわいいわー、ねえ、銀二ちゃん、ヨッチーちゃんって本当に可愛いわねー」
再び、べろりと舌なめずりすると銀二さんに話しかけた。

「あららー、栄ちゃんの気に入ったの?こいつの事」
「気に入るどころか、すっごーい極上よ!極上~!」 
(ご、極上!?)
「何ていうのかなー、整った顔立ちのなかに美を感じるじゃない・・・、それに目よ!目がいいわよーヨッチーちゃんは」
女衒の栄ちゃんはそう言いながらヌッと近づいてくると
クンクン、クンクン
まるで獣のように僕のにおいをかぎ始めた。

(うあ!ちょっと・・・)
「うん、いいわ~、フェロモンまで極上級だわー」

(ふぇっ、フェロモン!?)

「ねえ銀二ちゃん、このヨッチーちゃんスカウトしてもよろしいかしら?」
「スカウト?別にかまわねーけど」
「・・・!?」
銀二さんの無責任な一言で、栄ちゃんは嬉しそうに僕に近寄ってきた。
「ねえ、ヨッチーちゃん、私といっしょにお仕事しない、ヨッチーちゃんならお給料もはずむわよー、ほほほほほ」
「し、仕事って、あの・・・」
「栄ちゃんの仕事っていったら女衒に決まってんだろ、さっき言ったじゃねーか、風俗にお姉ちゃん達を売り飛ばす仕事だって、ははは」 
「銀ちゃん本当に怒るわよ、売りとばすだなんて人聞き悪いじゃない」 
女衒の栄ちゃんは、顔を真っ赤にしながら笑っていた。

僕は銀二さんと女衒の栄ちゃんの会話を聞きながら、昨夜ハメリカンナイトで見たマライアさんの悲しい涙を思い出してしまった。

(もしかしてマライアさんも、こんな人に騙されてあの店で働くことに・・・)
気がつくと僕は、自分でも信じられないような恐い顔にかわって、楽しそうに笑う女衒の栄二を見ていた。

「もうヨッチーちゃん、銀ちゃんの言ったこと鵜呑みにしちゃだめよー、私がやってるのは斡旋なんだか・・・?」
女衒の栄二は僕を見てハッと言葉を止めた。

「あら!よっちーちゃん、どうなさったの?急に恐い顔なさって」
「僕はよっちーちゃんじゃありません!一条吉宗です!!」 
「え!!あら、ヨッチーちゃんって呼び名が気に入らなかったのかしら?」
「そんなんじゃありません!」
「それじゃ・・・?」
「あなたのような人が許せないんです!」
僕は無意識のうちに、そんなことを言ってしまった。
「あら~!」
栄二さんは一言そういうと、黙って銀二さんを見た。銀二さんもキョトンとした顔で僕を見ていた。

「・・・言うわねヨッチーちゃん、私の何処が許せないのかしら?」
女衒の栄二は、今までとはガラッと変わった恐い顔で僕に近づいてきた。「うぐ・・・ !」
僕は恐怖から一瞬息をのんだが、湧き上がる感情の高ぶりを押さえきれず、気がつくとふたたび口を開き始めていた。
「あなたの様に女性を食い物にして平然と笑っている・・・、そこが僕は許せないんです」
「女性を食い物?」
「そうでしょう、斡旋とかきれいに着飾った言葉を使ったって、結局食い物にして生きてるんでしょう、あなたは」 
「・・・言うわね、あんた」 
「い、言います!僕は絶対に許せないと思うことは許せないのれす!」
僕は鼻水をたらしながら必死に女衒の栄二にくらいついていた。
「許せないなら、どうするってんだい?」
栄二は、さらに迫力をました大蛇のような顔を僕に近づけてきた。
 

「おい、やめろ吉宗!!失礼だぞ」
隣にいた銀二さんが、僕と栄二の間に割って入った。
「栄ちゃん悪いね、こいつまだ右も左もわかってねーもんだからさ」
「ぎ、銀二さん、で、でも僕・・・」
「でももへちまもねーんだ馬鹿!!」
ガツン!!
銀二さんの拳が僕の頭にヒットした。
「いたー!!」
「バカヤロウ!何もわからねえで勝手なことわめいてんじゃねえ」
銀二さんは恐い顔で僕をにらみつけたあと、再び栄二さんを見た。
「栄ちゃん、まじ悪い~」
女衒の栄次はしばらく大蛇のような顔で僕を見た後、突然
「おほほほほほほほほほほほほほほほ・・・」
奇妙な笑い声と同時に、もとのオネエの顔に戻っていった。そして再び僕の顔をじっと見つめると 
「良い!!やっぱりヨッチーちゃん最高だわー」
嬉しそうに僕に微笑みかけてきた。

「え、あ・・・」
(何で?僕があんなこと言ったばかりなのに・・・、この人いったい?) 
「うんうん、極上どころか超デラックスよー!!」
栄二はそう言いながら、今度は僕の顔をむんずとつかむと、その角ばった四角い顔をすりすり押し付けてきた。

「ぐあ痛い、エラが、エラが痛いですー」
「良いわー、デラックスだわー、ぞっこんに惚れちゃったわー」
そう叫びながら今度は僕の顔中にキスの嵐をお見舞いしてきたのだった。
 
「や、やめてー!やめてくださいー助けてー、銀二さん」 
「バカヤロウ、あんな失礼な事抜かしやがった罰だ我慢しろ」
銀二さんは笑いながら再びたこ焼きをパックにつめはじめていた。

「ヨッチーちゃん、やっぱり私の目に狂いはなかったは、あなたはやさしさと強さもかねそなえた、私のナイスボーイになるべき運命の殿方だわー」
栄二さんは顔も大蛇ならまとわりつき方も大蛇そのもの、僕のからだにぐるぐると足をまとわりつかせてきた。
「た、たすけてー!」
「助けてー!なんて、まあ~、うぶなんだからーヨッチーちゃんったらー」
栄二さんの小さかった口がガバーッっと広がり、僕の頭をひと飲みしそうになったその時 

「あらー、栄ちゃん?栄ちゃんじゃない」
「栄ちゃん何してんのー?こんな所で」
離れたところから女性の甲高い声が響いてきた。
「あら!」 
栄二さんはまとわりついていた体を僕からはなすと、声の方をふりかえった。 
「た、たすかった・・・」
僕は慌ててその場から離れると三寸の外をみつめた。そこには、明らかにお水風のお姉さんといった派手な化粧と衣装の女性数人が笑顔で立っていた。「あららー!」
栄二さんはキラキラ目を輝かせると
「何よあなた達こんな所で、これからお店でしょ?」
「ええ、その前にちょっとお祭りでも見物しようと思ってさ」
「まあ、それはいいわねー、お祭りって最高ですものね、ほほほほほほ」
楽しそうに笑ったあと
「そうだわ、せっかくだから私からたこ焼きご馳走しちゃうわ、銀ちゃん、たこ焼きいただこうかしら」
三寸の中の銀二さんに声をかけた。

「ほーい、栄ちゃん何個だい?」
「このお姉ちゃん達の人数分お願い」
そういうと持っていたポーチから財布を取り出した。
「おい吉宗、たこ焼き4個」
「あ、はい!」
僕は慌ててたこ焼きを袋に入れ栄二さんへお金と引き換えに手渡した。栄二さんは気味の悪いウインクをしながらそれを受け取ると 
「はーい、お嬢ちゃんたち~、銀ちゃん自慢の美味しいたこ焼き召し上がれー」
楽しそうにお姉さんたちに配っていた。
「うわー、栄ちゃんありがとー」
「さすがは栄ちゃん、気前がいいわねー、うれしいー」
お姉さん達は、さっそくパックを開けて食べ始めた。
「うわー美味しい、これー」
「でしょー、銀ちゃんのたこ焼きは昔から絶品、極上なのよー、ほほほほ」
栄二さんは本当にやさしい暖かい目で、たこ焼きを食べるお姉さん達を見つめていた。

(どうして?この人は女性を食い物にしている人なのに・・・)
目をまん丸にしている僕に銀二さんがそっと声をかけてきた。
「女衒にもな、良い女衒と悪い女衒がいるんだよ」
「!?」
「栄ちゃんのあの目見りゃわかるだろ、どっちか」
「そ、それじゃ・・・」
「じゃなかったら正義の味方の銀二様が、仲良く話しなんぞするかっての」
「・・・・・・」
僕はふたたび栄二さんを見た。

「ねえねえ栄ちゃん聞いてよ、うちの店長さあ、最近私達のお尻とかさわって来るんだよ」
「あらー、あのイボガエルみたいな店長さんが?」
「そうそう、私なんか着がえしてるところ覗かれちゃって」
「まあーひどい、わかったはあとで私がガツンと言っといてあげるから」
「ありがとう、栄ちゃんがそう言ってくれれば安心」
「任せときなさい、ほほほほほほ」
栄二さんはまるでお姉さん達の母親のように、みんなと親しく話しをしていた。

(この人、実はいい人だったんだ・・・) 
「わかったろ吉宗、お前も昨日マライアと出会って知ったと思うけど、好き好んで風俗で働く女なんかいやしねえんだ・・・、みんな金に困ったり何らかの事情で仕方なく働いてんだ」
僕の後ろで銀二さんがそっとささやいた。
「そんな店のなかにも、ちゃんとした店もあれば、ヤクザがらみの店もある。栄ちゃんはそんなたちの悪い店に金に困った女の子達が誤って入らないように、影で守ってるんだよ」 
「ぎ、銀二さん!」
「世の中には必要な裏家業ってのもあるんだよ、俺達テキヤも世間からみりゃ同じような裏稼業みてえなもんだがな」
銀二さんは静かにそういうと、たこ焼きの生地を混ぜ始めた。
「こ、こんな人に対して、あんな失礼なことを・・・」
僕の目に何時しか涙があふれかえっていた。そして気がつくと僕は栄二さんの前に静かに立っていた。

「あの、栄二しゃん・・・」
「あらヨッチーちゃん?」
「栄二しゃん・・・」
「まあ!どうしたのよヨッチーちゃん!?そんなに涙をいっぱいためて?」
「栄二しゃん、さっきはすいませんれしたー!」
「え!?」
「うぐえ・・・、女を食い物にしてるなんて・・・、生意気なこと言っちゃって、うぐえ、すいませんれしたー、うぐえええ・・・」
僕は叫びながら栄二さんの前で号泣してしまったのだった、、、、

「あららららー、ちょっとヨッチーちゃんどうしたの?こんなに泣いちゃって」
栄二さんは慌ててポーチからハンカチを取り出すと、やさしく僕の涙をふいてくれた。
「しーましぇん、しーましぇん・・・、栄二しゃん、うええええ・・・」
「まあ、イイのよ、イイのよヨッチーちゃんは良い子ね、良い子」
栄二さんはそう言いながらそっと僕の頭をなでてくれていた。

「ねえ、ねえ、栄ちゃんこの子、誰?」
一人のきれいなお姉さんが話しかけてきた。
「あら、この子、ほほほほほほほほ」
栄二さんは嬉しそうに笑うと
「この子はヨッチーちゃん、今日から私のナイスボーイの仲間入りしたヨッチー吉宗ちゃんよー!」
そう言いながら再び大蛇のように僕にからまり付いて来た。

「ぐおあー!ちょっと、栄二さん!!」
「ああああー、もうヨッチーちゃんったら~、素直なところがまたたまらないんだから~、愛してるわ~」 
栄二さんは、そう言いながら蛇のようなべろで僕をなめまわしはじめた。
「うわー、やめてー、やめてーはがはがー」
「やめてやめても良いのうちね、いいわーヨッチーちゃんったら」 
「きゃー、栄ちゃんったら新しい彼氏が出来てたんだ」
「おめでとう、栄ちゃんー!」
「よかったねー栄ちゃん、素敵な子じゃない」
パチパチパチパチ
きれいなお姉さんたちは、嬉しそうにみんなで祝福の拍手を贈ってきた。
「ありがとう、ありがとうみんな、私幸せになっちゃうからねー」
「ちがう、ち、ちがうー!!」
「もうヨッチーちゃんったらー照れ屋なんだから」
栄ちゃんはその怪力で僕の顔を鷲づかみすると、再び大きな顔をすりすり押し付けてきた。
「ぐおあー、痛いー、エラが~、エラが痛いですー!!」
お大師様の境内に、僕の悲痛の叫びがこだましたのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

前のお話はこちら↓

第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓

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