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侠客鬼瓦興業98話「吉宗くんはたいした男・・・」

「おっ、おい、どうしてだ・・・、なんで吉宗のやつが?」
追島さんはススだらけの顔で、お慶さんに尋ねていた。
「ユキのことを助けようと、夢中で中へ」
「ユキを助けるって、ユキはもうここにいるだろうが!」
お慶さんは小さくうなずくと、青ざめた顔で燃え上がる建物に目を向けた。
「あの子、まだ何も知らずに、中でユキのことを探してるんじゃ」
「あっ、あの煙の中でか?」
「そうよ、きっと必死にユキのことを」
「だっ、だとしたら途中であきらめて引き返してくれてればいいんだが」
追島さんの言葉に、めぐみちゃんが小さく首を横に振った。
「吉宗君は引きかえす人じゃないです」
「えっ?」
「吉宗君は、吉宗君はユキちゃんを助けるまでは、絶対にあきらめたりしない・・・そういう人です」
そう言いながら立ち上がると
「知らせなきゃ、吉宗君にユキちゃんの事を知らせてあげなきゃ」
ふらふらとした足取りで、建物の入り口付近に向かって歩き始めていた。
「め、めぐみちゃん?」
「知らせるんです!!吉宗君に知らせるんです!!」
「知らせるって、中はすでに火の海なんだぞ!」
「それでも、知らせるんです!!」
めぐみちゃんは追島さんの制止を振りはらうと、夢中で燃え上がる建物の入り口に向かって走っていった。

「吉宗君!吉宗くーん!!」
「なっ、何!?」
叫びながら近づいてくるめぐみちゃんを、あわてて消防隊員たちがとり押さえた。
「コラ君、何を考えてるんだ、危険だから下がりなさい!!」
「知らせるんです!中にいる吉宗君にユキちゃんが無事だって知らせて、戻って来てもらうんです!!」
「なっ、何を無茶なことを、こんな中に飛び込んだりしたら君の命まで!」
「でも、このままじゃ吉宗君が・・・、吉宗君が・・・」
「しかし、もう火は玄関の近くまで来てるんだぞ」
「それでも知らせるんです!吉宗君に知らせるんです。だから放してください!」
「ダメだ!あのような危険な場所に君のような女性では無理だ!」
とその時だった。

「せやったら、ワイがいっちゃる」 
「えっ!?」 
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはいつの間に手に入れたのか消防隊のヘルメットをかぶった西条さんの姿があった。
「ええか、吉宗は死なせたらあかん男や、ワイの命にかえても吉宗は助け出しちゃる」
西条さんはそう叫ぶと同時に、めぐみちゃんと消防隊員の横をすり抜けそのまま燃え上がる保育園の中へ飛び込んでいってしまった。 
「なっ、何だ!?誰だ今の隊員は?」
消防隊員は慌てて顔を見合わせたが、スーツに消防ヘルメットという西条さんの奇妙ないでたちに気がつくと
「何だあの男はー、おいコラ!ちょっと待ちなさい!!」
口々に叫びながら西条さんの後を追いかけ建物の中へ突入していってた。
と、その直後、ガシャガシャガシャーーーン!
大きな音と共に、西条さん達が飛び込んだ入り口付近を残し、保育園の建物の大半が崩れ落ちてしまったのだ。
「キャーーーーー!!」
あたりいっせいに、悲鳴のような叫び声が響きわたった。

少しして、西条さんが呆然とした顔で、崩れ残った保育園の入り口から飛び出してきた。
「さっ、西条さん!」
めぐみちゃんは西条さんの青ざめた様子に唇をわなわなと震わせると
「よっ、吉宗くん!!」
大声で崩れ落ちた建物に向かって叫んでいた。
「あなた、吉宗君が、吉宗君が・・・」
お慶さんも泣きながら追島さんの胸に顔をうずめた。そして追島さんも
「あっ、あのバカが・・・、無駄死にしやがって、ぐおっ、ぐおー!」
すさまじい形相で泣き崩れていた。
「よっ、吉宗ー!!」
「吉宗の兄貴ー!!」
「ぐおー、吉宗ーーー!」
銀二さんも、鉄も熊井さんも、みんなが悲しみに泣きくずれていた。

「吉宗君、吉宗君のバカ・・・、バカ、みんなを残して死んじゃうなんて、バカ・・・」
めぐみちゃんはその場にしゃがみこむと、ぐしゃぐしゃの顔で泣きじゃくっていた。 
そんなめぐみちゃんの元へ、間一髪建物の下敷きにならずに助かった西条さんが、呆然とした顔で近づいてくると
「なっ、何て野郎や・・・、あの一条吉宗って男は」
そう言いながら肩口を押さえて、その場に崩れ落ちた。
「さっ、西条さん!!」
めぐみちゃんは慌てて西条さんの元へ近づいた。
「わっ、わいやったら大丈夫や、大丈夫や」
西条さんは肩の傷を押さえながら、うつろな目でめぐみちゃんを見ると
「めぐみちゃん、あんたの彼氏やが」
「あっ、はい」
「たっ、たいした男や」
「はいっ・・・、はいっ」
「ホンマにたいした男や」
西条さんの言葉にめぐみちゃんは泣きながら唇をゆがめると
「でも・・・、でもたとえたいした男でも、死んじゃったら何にもならないじゃないですか、たくさんの人に悲しみを残して死んじゃったら、何もならないじゃないですか!うっうううぇうぇ」
めぐみちゃんの言葉に西条さんは一瞬パチパチとまばたきをすると
「死ぬ?」
不思議そうな顔を向けた。
「めぐみちゃん、死ぬってあんた何を言うとるんや?」 
「えっ!?」
「ワイが言いたいのは、あの吉宗いう男はホンマに運の強いたいした男や、そういう意味でのたいした男やで」
「運の強い?」
めぐみちゃんはきょとんとした顔で西条さんを見た後、あわてて保育園の入り口に目を移した。そして
「あーーーー!?」
大きな声を上げながら、目をキラキラと輝かせた。


めぐみちゃんの目線の先には、消防隊員のタンカの上に大口をおっぴろげたバカづらで、仰向けに倒れながら救出されている僕の姿があったのだった。

「よっ、吉宗君!!」
めぐみちゃんは涙をいっぱいにためながら、僕のもとへ走りよった。
「あっ!君はたしかさっきの!?」
消防隊員の一人がめぐみちゃんに気がつくと、顔のススをぬぐいながら微笑んだ。
「あの、吉宗君は、吉宗君は!?…」
「ああ、彼だったら大丈夫、軽い脳振とうを起こして寝ているだけです」
「脳振とう?」
めぐみちゃんは目をパチパチしながら腰をおろすと、僕の頭に出来た巨大なたんこぶを見て思わず目を丸くした。
「なっ、何?この大きなたんこぶ!?」
「ああこれね、玄関を入ってすぐの所に大きな柱がありましてね、そこへおもいっきり頭をぶつけたようですね、君の彼氏は」
「玄関の柱に?」
めぐみちゃんはポカンと口を開け、消防隊員のことを見た。

「どうやら彼、火事場に飛び込んだのはいいものの、勢いあまって玄関入り口の段差につまずき、目の前の柱に頭をぶつけてそのままそこで気絶してしまったようです。お陰で燃え上がる建物の中には入れなかったようで」
消防隊員はそう話しながら、バカづらで気絶している僕を見て必死に笑いをこらえていた。
「それじゃ吉宗君は、玄関でつまづいたおかげで無事に?」
「はい、もしもあそこで転んで頭をぶつけていなかったら、きっと今頃は・・・」
消防隊員はそういいながら、無残に崩れ落ちてしまった保育園の建物に目をやった。
「西条さんが言っていた運が良いって、そういうことだったの」
めぐみちゃんは崩れ落ちた建物を見た後そっと目をとじると、はぁ~っと小さなため息を一つついた。そして再び視線を僕に向けると  
「吉宗くん!」
うれしそうに微笑みながら、そっと僕の手をにぎりしめた。 
「よかった・・・、本当によかった」
めぐみちゃんはポロポロと涙をこぼしながら、それからずっと僕のそばに寄り添っていた。
僕はそんな彼女の暖かい手のぬくもりを感じながら、大口を開けたバカ面で、いつまでも幸せそうに眠り続けていたのだったのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

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