侠客鬼瓦興業 99話「素敵な恋」
西条さんとの死闘、それに火事場の大騒動、まるで嵐のようなあの一日から1ヶ月がたった。
テキヤの仕事にも少しなれてきた僕は、毎日の日課である事務所の掃除をすませ、与太郎こと親父さんの愛犬ヨーゼフと共に多摩川のほとりを歩いていた。そんな僕のもとに
「吉宗くーん!待ってー!」
めぐみちゃんが僕を追って笑顔で走って来た。
「あれ?めぐみちゃんどうして?大学は?」
「今日は三限目からだからまだ時間があるんだ。それより吉宗君、頭大丈夫?」
「えっ!ああ、ほらすっかりたんこぶも無くなったでしょ」
「本当だ、良かった」
「ははは、こう見えてもけっこう石頭だからね」
僕は額をぺしぺしと叩きながら、火事の夜の事を思い出していた。
保育園から無事救出された僕は、小さな病院のベッドの上で目をさました。
「あれ?ここは?」
キョロキョロとあたりを見渡しながら、手に伝わってくる暖かい温もりに気がついた。
「あっ、めぐみちゃん!」
そこには僕の手を両手でそっと握りながら、ベット脇の椅子で眠っている彼女の姿があったのだった。
「やっぱり、かわいいな~」
僕はめぐみちゃんの寝顔をじーっと見つめ鼻の下をでれーっと伸ばしていた。
そんな僕の気配に気づいたのか
「うーん・・・」
彼女は小さな声をあげながら、ふっと目をさました。
「あっ!気がついたのね吉宗君!」
「あっ、うん…、あの、いったいここは?」
「病院よ、吉宗君頭を強く打って気絶しちゃってたから」
「頭を!?あっ、痛たたた」
僕はめぐみちゃんの言葉で、頭に大きなたんこぶが出来ている事に気がつき、ふっと火事場に飛び込んだ時の事を思い出した。
「たしか、あの時、勢いよく建物に飛び込んで…、あっ!そういえば何かにつまづいて目の前に大きな白い柱が見えて、あれ?ダメだ、そこから先が思い出せない」
「うふふ」
めぐみちゃんは嬉しそうに微笑むと
「柱に思いっきり頭をぶつけて、そのまま気絶しちゃったんだよ、吉宗君」
「柱で気絶?」
「そう、それで燃えている建物の中に入ることが出来なかったの、お陰でこうして無事に助かったんだよ」
握った僕の手をそっと持ち上げ、やさしくその頬に近づけた。
「建物に入れなかった?」
「うん、入り口で眠っていたの」
「眠って、えっ、あっ!それじゃ、ユキちゃんは!」
「ユキちゃんだったら大丈夫よ、追島さんが無事に助け出したから」
「追島さんが?」
「うん、すすまみれの真っ黒い顔で、ユキちゃんと園長先生を火事の中から連れ出してくれたのよ」
「そっ、そうか、良かった~」
僕はほっとため息をついた。
と、その時
「良かったじゃないでしょ、みんなどれだけ心配したと思ってるの!」
お慶さんが怒った顔で、病室へ入ってきた。
「あっ、お慶さん!」
「あっじゃねえだろ、まったく無茶なことしやがって、このバカが」
見るとお慶さんの後ろには、小さなユキちゃんを抱いた追島さんの姿があった。
「追島さん!?あっ!」
僕は、追島さん家族がそろって立っている姿に、思わず目を輝かせた。
「あって、なんだお前急に嬉しそうに」
「だって、追島さんとお慶さんそれにユキちゃんも一緒に」
追島さんは僕の言葉に照れくさそうに天井に目を向けた。お慶さんはそんな追島さんの腕にそっと手をかけると
「吉宗君のおかげで、この人に許してもらえたのよ私」
「えっ、それじゃ!」
「また、よりを戻すことになったの、ね、あなた」
ニッコリ笑いながら追島さんの太い腕に顔をすり寄せた。
「おっ、おいバカ、人前でそんな事」
「いいじゃない、私は素直に嬉しいんだから」
「でっ、でも、バカ」
追島さんはまるで本物のゴリラのように真っ赤な顔で固まっていた。
「良かった…、本当に良かった」
気がつくと僕は、ポロポロと涙を流しながら微笑んでいた。追島さんはそんな僕に近づくと
「まったく、後先も考えないで無謀なことしやがって」
「すっ、すいません」
「すいませんじゃねえ、めぐみちゃんがどれだけ心配したと思ってるんだ」
「えっ!」
追島さんの言葉にそっと隣のめぐみちゃんを見た。そこには潤んだ瞳で僕を見ている彼女の姿があった。
「ご、ごめんね、めぐみちゃん」
「ううん」
めぐみちゃんは静かに首を振りながら、涙をぬぐっていた。
「ごめん…、本当にごめん」
しゅんとした顔でうなだれている僕の肩を追島さんはポンとたたくと
「解ったらこれからは無茶なことすんじゃねーぞ、吉宗」
「あっ、はい、すいません」
「ふふふ、無茶なことって、偉そうに言えないんじゃない、あなただって」
「あっ?何でだ」
「建物の中に先に飛び込んだのは、あなたでしょ」
お慶さんの言葉に追島さんは
「たしかに、そうだけどよ」
「ふふ、でも、そのおかげで、ユキも園長先生も助かったんだよね」
「おう、その通りだろうが」
頭を掻きながら照れくさそうに笑っていた。そしてその追島さんの腕の中には幸せそうに二人の様子を見つめているユキちゃんの姿があった。
(良かった…本当に良かった…)
僕は幸せそうな追島さん家族を見ていて嬉しくてたまらず、ただニコニコと微笑んでいたのだった。
「何や!目覚ましたんか吉宗」
追島さん家族の後ろから西条さんがぬっと顔を出した。追島さんは振り返ると
「何でえ、もう一人のバカが姿を見せやがって、寝てなくていいのか?竜一」
「ふん、こないな傷どうって事ないわい、ほんまやったら小便かけるだけで十分や」
西条さんは肩から腕にかけて、がちがちに包帯で覆われていた。
「西条さん、そっ、その包帯は?」
「吉宗君」
隣にいためぐみちゃんが、そっと僕の腕を引いた。
「西条さん肩に大怪我をしながら、追島さんや吉宗君を助けるために頑張ってくれたのよ」
「肩に大怪我!?」
「アホ、大怪我やない、小便傷やって言うとるやろが」
「ちょっと西条さん!あなたまた病室を抜け出して、何を考えているんですか!」
西条さんの後ろから恰幅のいい看護婦さんが姿を現した。
「何や、またあんたかいな」
「あんたじゃないでしょう、あなた出血多量でもう少しで死に掛けていたのよ、病室で安静にしていなければダメだって先生も言っていたでしょう」
「何いうとるんや姉ちゃん、自分の体は自分が一番しっとるや、その証拠に見てみい、こうしてピンピンと」
西条さんは大声で笑っていたが、突然ふっと白目を向くと恰幅のいい看護婦さんの大きな胸に向かって倒れてしまった。
「まーやだ、この人ったら、また貧血で気を失ってるわ、だから言わんこっちゃない!」
恰幅のいい看護婦さんは呆れ顔で笑うと、西条さんをひょいっと抱き上げ、そのまま部屋から出て行ってしまった。
「す、すごい、まるで女番の追島さんみたいな看護婦さんだ」
「女番の俺?バカ野郎!!」
僕の言葉に、お慶さんもめぐみちゃんも嬉しそうに笑っていた。
「吉宗くん、ねえ吉宗くんってば」
「えっ!?」
「さっきから何を笑ってるの?」
「ああ、病院で見た追島さんみたいな看護婦さんの事を思い出しちゃって」
多摩川の川辺を歩きながら、僕はめぐみちゃんに微笑んだ。
「ああ、あの看護婦さんね、ふふふ、すごい力持ちだったよねあの人」
「うん」
「あっそうだ吉宗くん、昨夜、栄ちゃんからメールが届いたんだ」
「栄二さんから?」
「うん、今北海道にいるんだって」
めぐみちゃんは嬉しそうに鞄から携帯を取り出すと、一枚の写真を僕に見せてくれた。
「ほら見てここ、栄ちゃんと一緒に西条さんも写ってるでしょ」
「あっ、本当だ、すごい元気そうだ…、あれ?」
僕は西条さんの隣で微笑んでいる、綺麗な女性に気がついた。
「この人はいったい?」
「西条さんの奥さん、君枝さんだって」
「西条さんの?」
「うん、西条さん、奥さんの事一人で迎えに行くのは嫌だって、栄ちゃんに駄々をこねたんだって、それで栄ちゃんたちもしかたなく、海の幸をご馳走してもらう約束で一緒に札幌ツアーに出かけたって」
「へえ、そんなことが」
「西条さん幸せそうでしょ」
「うん、西条さんも奥さんも、みんなすごく嬉しそうに笑ってる」
「そうだね、本当に嬉しそうだね」
僕とめぐみちゃんは、北の大地で微笑むみんなの写真に思わず目を潤ませていた。
「そうだ吉宗くん、栄ちゃんから実はもう一枚写真が送られてきたんだ、ほら見て」
「えっ?」
めぐみちゃんの携帯を再び覗くと、そこには女衒の栄二さんと同じような、ど派手なブラウスに白いパンタロン、そして奇妙な紫の角刈り姿の若い男が写っていた。
「ねえ、これ誰だと思う?」
「あれ?スタイルは栄二さんそっくりだけど…」
僕は首をかしげながらその写真を見ていたが、やがて
「うわー、こっ、こいつは!?」
思わず顔を引きつらせた。
「めぐみちゃん、この男!?」
「そう、三波先生」
「いっ、イケメン三波!なんで、まるで女衒の栄二さんそっくりだ」
「実はね、三波先生、栄ちゃんの弟子にされちゃったんだって」
「栄二さんの弟子!?」
「うん」
「それで栄二さんと同じかっこにさせられちゃったんだ…、ははは」
僕は変わり果てた三波の姿に、思わずケラケラ笑っていた。
「三波先生、一人前の女衒になるまで栄二さんと一緒に暮らすそうよ、女性と付き合うことも禁止だって」
「へえ、それじゃ三波の奴も当分悪さは出来ないね」
「うん」
めぐみちゃんは静かにうなずくと、いつの間にか真剣な顔で僕を見つめていた。
「吉宗くん…」
「えっ?」
「実は三波先生、栄二さんと約束をしたことがあるんだって」
「約束?」
「うん、真理絵さんに作らせた、借金を返すって約束」
「まりえさん?」
「そう…、吉宗くんも知ってる人よ」
「えっ、僕が知ってる人?」
「そう、よーく知ってる人」
めぐみちゃんは、いたずらな笑顔で僕を見た。
「よく知ってるって…???」
「吉宗君が廊下で豪快に滑った人よ」
「うげっー!?」
僕は思わず青ざめてしまった。
そして恐る恐るめぐみちゃんを見ると
「あっ、あの、めっ、めぐみちゃん…、まっ、まさか、まりえさんって、マッ、マッ、マッ…、マライアさんのことでは?」
「ピンポン、正解!!」
めぐみちゃんはニンマリと笑いながら指を立てた。
「そ、そうか…はは、ははは…、三波はマライアさんの借金を返すと事に…、ハハハ…、そうか、そうなったか」
「良かったでしょ吉宗くん、真理絵さんもきっと喜ぶよ、ねっ、ねっ」
「あっ、うん、そうだね、きっと喜ぶね、ハハ…、ハハハハ」
僕はそれからしばらく、まるでロボットのようにぎくしゃくとしながら川辺を歩き続けていた。そんな僕のことを、めぐみちゃんは再び悪戯な顔で見ると
「真理絵さんって美人でグラマーで、素敵な人だったね」
「えっ、あっ…、そうだね、はは、はははは」
「どうしたの?そんなに緊張しまくっちゃって」
「いや、あの…、僕…、あの…」
「・・・」
「ご、ごめん、僕めぐみちゃんとの約束を破ってしまって、あのお風呂屋さんに」
「・・・」
めぐみちゃんはしばらく無言で僕を見つめていたが、ふっとやさしく微笑むと
「吉宗君は約束を破ったりしてないよ」
そう言いながら、そっと僕の腕に手をまわしてくれた。
「えっ!だって僕、約束を破ってソープランドに」
「それはスケート場だと思ったんでしょ?」
「あ、うん、えっ?なんでそのこと?」
「実はね、真理絵さんから全部聞かせてもらったの」
「マッ、マライアさんから?」
「うん、お風呂屋さんの中で、吉宗君と真理絵さんに何があったか、ぜーんぶ……、あの夜真理絵さん、わざわざ私を探し出してくれて教えてくれたの」
「ええ!そうだったの?」
「うん…、吉宗君、私のために我慢してくれたんだよね」
めぐみちゃんは頬を染めながら僕を見つめた。
「我慢って…、あの」
「だって、吉宗君くらいの子だったら、みんなそういうのに興味一杯でしょ、なのに私のために我慢してくれて、それに相手はあんなに美人で素敵な人なのに」
「えっ、あっ・・・」
「嬉しかった、私そのことを真理絵さんから聞いて、すごーく嬉しかったんだ、やっぱり吉宗君は私が思ったとおりだったって、初めて出合った時、感じた風は本物だったって」
「めっ、めぐみちゃん…」
僕は彼女の言葉に、思わず目を潤ませていた。
めぐみちゃんはそんな僕を、頬をそめながら真剣に見つめると
「いいよ…、私、吉宗くんだったら」
「えっ!?」
「だって、私のために我慢してくれたんでしょ、吉宗君…、だから、いいよ私…」
「いいって、あの、めぐみちゃん」
めぐみちゃんの積極的な言葉に僕は顔を真っ赤にしながら、ガチガチに硬直していた。そしてふっとあたりを見渡すと僕達は人気の無い多摩川の生い茂った草むらの影にいることに気がついた。
「いいよ…、吉宗君」
めぐみちゃんは再びそう言うと、頬をピンクに染めながら僕の前でそっと目を閉じた。
(うおーー、この展開は…、つっ、ついに)
僕はドキドキしながらしばらく彼女の顔を見つめていたが、やがて心の中でヨシッと叫んだ。
(ぼっ、僕も男だ、ここはかっこよく決めなくては…)
心臓の鼓動がバックンバックン耳に響いていた。僕は勇気をふりしぼって彼女の肩にそっと手をかけた。
「めぐみちゃん…、いっ、いくよ…」
「うん」
彼女はそっとうなずいた。
僕はぐっと目を閉じると、ニューッと唇をとがらせ、彼女の唇に向かって顔を近づけていった。
(ついに、めぐみちゃんとキッスの時が…、そして結ばれる時がきたんだ)
僕の頭に彼女と出会ってから起こった、数々の出来事が走馬灯のように浮かんできた。
知り合ってからは短いけれど、でも僕と彼女の間に起こったことを振り返ると、そんな時間などまったく関係ない、まるで何十年も共に過ごしてきた・・・、そんな募る思いに感動しながら、僕は彼女の唇めがけてそのとがった口を近づけていった。
そしてあと数ミリで彼女のピンクの唇へ到達できる・・・、とその瞬間
「ウー、ワン!!」
突然僕の隣からドスのきいた犬の鳴き声が聞こえてきた。
それと同時に僕の体はまるでブラックホールに吸い込まれるように、めぐみちゃんの前から引き離されてしまったのだった。
「うわっ!?何だーーー!」
慌てて目を見開くと、そこには巨大なセントバーナードの姿が
「ぐおあー、ヨッ、ヨーゼフ!?」
僕は大切なことを忘れていた。それは今、与太郎ヨーゼフの散歩中だったという事、そして僕の左手にはヨーゼフをつないだリードが、がっちり巻きつけられていたことだった。
僕とめぐみちゃんの愛の姿を、恋敵のヨーゼフが面白いはずは無かった。
嫉妬した与太郎ヨーゼフは、僕を引きずったまま全力で走り出し、そのまま僕は西部劇のように引き回され、めぐみちゃんの下から引き離されてしまったのだった。
「うわー、やっ、やめれー、ヨーゼフーーー!!」
「ワン、ワワン…、ワンワン」
ヨーゼフは嫉妬に目を血走らせながら、僕を引きずり走り続けた。
「ヨーゼフ、やめなさい、ヨーゼフ!!」
めぐみちゃんも必死に僕達を追いかけてた。しかし与太郎ヨーゼフは一向に止まろうとはせず、僕を引きずったまま遥かかなたへと走りさってしまったのだった。
「ハア、ハア…、もうヨーゼフったら」
めぐみちゃんは息を切らせながら立ち止まると、あきれた顔で遠くを見ていた。
「あらら、今の、鬼瓦興業の吉宗くんかね?またヨーゼフと楽しそうに遊んでるだがね、はははは」
以前会った町内会のお楽さんが、嬉しそうにめぐみちゃんの下へ近づいて来た。
「あっ、お楽さんおはようございます」
「あら、神咲さんの所のめぐみちゃんじゃない、まあ相変わらず美人さんだがね」
「いやだ、お楽さんったら」
「いやいや本当だよー、前にも増してすっごく綺麗になったよー、何かいいことでもあったのかい?」
「えっ!いいこと?」
めぐみちゃんは、お楽さんの言葉に目をキラキラ輝かせると、僕が消えさった方角を見た。そして一言
「今、すっごく素敵な恋をしてるから・・・ 」
幸せ一杯に微笑んだのだった。
つづく
最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。
続き第一部最終話「侠客☆吉宗くん」はこちら↓
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