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侠客鬼瓦興業 91話「吉宗くん曇り無き剣」

「よくもめぐみちゃんを・・・、許さん、貴様は絶対に許さん」
僕は怒りにパンチパーマを逆立てながら、角材を上段に構えぐっと西条を睨みすえた。
「ほう上段とはのう、我も棒振りの経験があるようやの」
西条は不気味に笑いながら、手にしていた木刀の先を再び僕に向けた。

「許さない・・・、絶対に許さない!!」
「きえぇーーーっ!」
叫ぶと同時に僕は、力いっぱい西条めがけて打ちかかった。
しかし西条は僕の気合の打ち込みにまったく動じる様子を見せず
「フン!!」
鼻で笑いながら、手にしていた木刀で軽く僕の一の太刀を交わすと、すさまじいスピードの返しで、僕の喉元めがけて強烈な突きを打ち込んで来た。
「うぐぁー!」
あまりに速い突きに完全にやられた!そう思った時、なぜか僕の体が無意識に反応し間一髪でその突きを交わした。
あわてて西条の間合いから飛びのいた僕の耳に、桃さんの野太い声が響いてきた。
(気をつけよ、この者、そうとうの使い手であるぞ・・・)
「えっ?」

「ほう、今のワイの突きを交わすとは、我もなかなかやるやないか」
西条は一瞬うれしそうに笑うと、今度は木刀を両手で握り僕に向け正眼の構えを見せた。
(構えにまったく隙が無い、この人本当に強い!どっ、どこから攻めれば・・・、桃さん、桃太郎侍さん・・・)
僕はとっさに憑依している桃さんに訴えかけた。すると再び僕の頭に野太い声が
(倅殿、まずは落ち着かれよ・・・、気を鎮め無の境地になるのじゃ)
「無の境地?」
(そうじゃ、あの者は強い、まずそなたの心の雑念を振り払い無になるのじゃ)
「僕の雑念?」

「何をごちゃごちゃ一人でしゃべっとるんや?ワイを倒してお前の女を助けるんやなかったんか?」
「!?」
「そうや、考えてみたら、あの女はもうお前の女とちゃうのう、ワイの女やはははは」
「うぐぉ、おのれー!」
僕は西条の言葉に再び怒りの炎を燃え上がらせた。 
(この男がめぐみちゃんを・・・めぐみちゃんを!)
僕の脳裏に、この悪鬼西条によって美しい体をメチャメチャにいたぶられている彼女の光景が浮かんで来た。
(めぐみちゃんがこの悪魔によって汚されてしまった・・・、汚されてしまった)
そう思ううちに僕の西条に対する怒りは、真っ赤に燃えあがる憎しみへと変わっていった。
(いかん!邪念を捨てよ!)
桃さんの声がかすかに届いていた。しかし僕は
「よくも…よくも、めぐみちゃんを…きえぁー!!」
憎しみを抑えきれず、西条に向かって再び打ちかかっていた。
「きえぁー!」
「うおぉー!」
ガツッ!
僕の角材と西条の木刀が力いっぱい激突、二人はそのままつばぜり合いとなって顔を突きつけあった。そんな最中、西条は不適な笑みを見せながら 
「悔しいか?ワイは我の女を犯した男やで、悔しやろ、悔しかったらもっと怒り狂ってみい」
「ぐおー、絶対に許さない!!」
僕は目を血走らせながら、力任せに角材を押し付けた。 
(いかん!力で勝てる相手では無い、邪念を捨てよー!!邪念を捨てよーー!!) 
「はっ!?」
桃さんの大きな声に僕は一瞬我にかえった。と同時に今度は目の前の西条が
「ぐおぉー!」
大声を発しながらすごい力で僕の事を突き飛ばし、すさまじい速さの打ち込みを僕の脳天めがけて仕掛けてきた。
「うわっ!」
脳天への一撃、今度こそ終わった・・・そう思った時、再び無意識に僕の体が紙一重でその剛剣を交わした。
ブーン
西条の剣がすさまじい音を立てて空を切った。 
「ほう、またしても交わしたか」

(馬鹿者!あと半歩踏み込んでいたら、そなたの脳天はパックリ割られて脳みそが四方八方飛び散っていた所じゃ)
「はあ、はあ」
僕は桃さんの声に、思わず青ざめていた。
(よいか、まずは邪念を捨て去るのじゃ、でないとわしも働くことができぬ)
「桃さんが働く?」
(なんじゃ、それでは御主、今までの紙一重で交わしていたのが、ワシの力だと気づかなかったのか?)
「あっ!?」 
(良いか、そなたの純粋に愛するものを守りたい、その心がワシを現世に呼び出すという奇跡を生み出しているのじゃ・・・、その御主が邪念に満ち溢れ、憎しみまみれになっていてはワシも動けんのじゃ)
「邪念?憎しみ?」
(そうじゃ、恨み憎しみの心を捨て無の境地になるのじゃ)
「でも、あの男は愛するめぐみちゃんを・・・」
僕は再びぐっと西条を睨んだ。

「何や?さっきから我は何をべちゃくちゃしゃべっとるんや?」
「うぐぉ」
「そうそう、一つおもろいこと教えたるは、我の女な、あれは処女やったで、くっくく」
「ぐおーっ!!」
僕の心に再び憎しみの炎が
(馬鹿者!相手の言葉に心乱すでない、邪念をすてよ!!)
「でっ、でも…めぐみちゃんが!めぐみちゃんの美しい純潔が・・・」
(それがどうしたというのじゃ?)
「えっ!?」
桃さんの吐き捨てるような声に僕はハッとした。
(美しい純潔がどうしたというのじゃ?そなたの愛の心はその程度のものだったのか?)
「!?」
(その程度のことで心乱すほど、そなたの愛は薄っぺらだったのか?んっ?)
桃さんの心の声に僕は目を大きく見開いた。同時にめぐみちゃんとの面接での出会いから縁日での涙の告白、仕事を終えて戻った時の彼女の優しい笑顔・・・、幸せな一コマ一コマが僕の脳裏にほんわか~っと蘇って来た。

「そうだ、そうだよ・・・、たとえ目の前の狼にひどい目に合わされたって、めぐみちゃんは、めぐみちゃんじゃないか」
(分かったか?倅殿よ)
「そう、めぐみちゃんは、めぐみちゃんなんだ・・・、何があったって僕の彼女への愛の深さは絶対に変わらないんだ!」
(そうだっ!天に誓って絶対に変わらないんだ!!)
そう思った瞬間、今まで逆立っていた僕のパンチパーマが、すーっともとの6ミリ4ミリへと戻っていった。そして気がつくと僕は澄み切った青空のように清らかな表情で、じっと目の前の西条を見つめていた。

「何や我、急に、おいワイは我の女を犯した男なんやで」
西条は不適に笑いながら僕を挑発してきた。しかし、僕はキラキラ輝く瞳のまま
「そんな事は、たいした問題ではありません」 
「なっ、なんやと!?」
「たとへ貴方が彼女にどんな事をしたとしても、僕のめぐみちゃんに対する真実の愛は変わらないんです」
「あー?」 
「それに、桃さんに気づかせてもらったんです。大切なことは憎しみではなく真実の愛だということを・・・、だから僕は真実の愛のため、彼女を助けるためだけを考えて、あなたと闘います!!」
僕はそう言うと角材を正眼に構え、その剣先を静かに揺らしながら、じっと西条を見た。

「なっ、何を綺麗ごとを・・・、そんな物嘘や!自分の女を犯された相手に、憎しみを持たないなんて出来る訳が無い、我は嘘つき野郎や!!」
どうしたことか僕のキラキラ輝く瞳に、西条は異常なくらい動揺し始めていた。僕はゆっくりと剣先を揺らしながら
「真実の愛の力には憎しみなど適わない・・・、そう適わないんです」
「何!?ぐっ・・・」
西条はその直後ふっと悲しげな目を僕に向けた。s

「やはり、あなたは悪い人では無い、あなたの目は本当の悪い人の目ではありません」
僕は静かに西条に向かって語りかけていた。

(うむ、見事じゃ倅殿よ、これぞ無の境地、後はこのワシに任せよ!!)
桃さんの声に僕はそっとうなずいた。

西条は首をぶるぶると横に振ると、手にしていた木刀をぶんぶんと振り回した。そして再び鬼のような顔で僕を見ると
「ワイが悪い人か、そうでないか・・・、我のようなガキに解ってたまるか」
ぐっと眉間にしわを寄せると、今度は上段にその木刀を構えた。
「遊びは終わりや、次の一撃で今度こそ我を地獄に送ったるわい」 
「めぐみちゃんを救うため、僕はあなたを倒す」  
「こっ、このガキがー!!」
西条は大声で怒鳴りながら襲い掛かって来た。そしてその上段からすさまじい速さの剛剣が僕の頭めがけて振り下ろされた。
ガツッ!!
鈍い木刀の音が倉庫街の夜空に響いたあと、一瞬あたりはシーンと静まり返った。

「なっ、何っ!?」
完全に僕の脳天に直撃したと思われた西条の剣先は、気がつくと地面に向かって打ちつけられ、そしてそこに居たはずの僕の姿が消えていたのだ。
「そんなアホな、ワイの渾身の一撃が!?ぐおっ!?」
西条はあわてて振り返った、その一瞬だった。
「きえぁーーーーーーーーーーーーー!!」
夜空に響きわたる奇声と共に、電光のような速さの僕の突きが西条の胸元をめがけて襲い掛かっていた。
グヴァシッ!!
「うぐあぁーーー!」
夜空に西条の唸り声が響いた。


「兄貴ーーー!!」
離れた所から金髪の鉄の歓喜の雄たけびが、僕の耳に飛び込んできた。
「兄貴、兄貴~、やったー、すげえ、すげえよ兄貴!!」
「えっ!?」
僕は鉄の声にハッと我に返るとあたりをキョロキョロ見渡し、そこで信じられない光景を目にした。
「えっ?えっ?えーっ?」
何と目線の先には、無意識に打ち出した僕の突きによって白目を向いて気を失っている西条竜一の体が無言で横たわっていたのだった。
「なっ、何ー!?」
僕は突きの構えのまま大声で驚きの声を上げていた。
何と僕は無の境地に入った直後、あのスキンヘッドの熊井さんですら適わなかった悪鬼西条竜一を、一撃で倒してしまっていたのだったのだった。

「兄貴ーすげえ!すごすぎる・・・やっぱ俺の兄貴だー!!」
鉄が涙と鼻水まみれの顔で僕に擦り寄ってきた。 
「か、勝った・・・、僕は勝ったのか?」
「勝ったんすよ兄貴・・・、勝ったんっすよ~」
「勝った!本当に勝った!」
僕は張り詰めていた緊張からその場にしゃがみこんでしまった。そして 
「あっ!?めぐみちゃん・・・めぐみちゃんは?」
あわててひばり保育園のバスに目を向け
「あっ!?」
驚きの顔を浮かべた。

「・・・よしむね、くん・・・」
そこにはバスの入り口で泣きながら僕を見つめている、めぐみちゃんの姿があったのだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

続き「めぐみちゃんの唇・・・」はこちら↓


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