見出し画像

侠客鬼瓦興業100話最終話「侠客☆吉宗くん」

就職した先は、なんと関東でも名のあるテキヤの一家だった。
超天然素材の僕、一条吉宗は、それまで喧嘩もしたことのない、ごく普通の超平和的な若者だった。
しかし、そんな僕がこれまでは近づくことなど想像もできない、その筋の怖ーい方々とともに生活することになってしまった。
おまけに入社そうそう、おでんのようなチンピラとの喧嘩に巻き込まれたり、鉄という奇妙な弟分まで誕生しちゃったり、さらには何も知らずにソープランドという所にに連れて行かれてしまったり・・・。
その後も僕は、数々の怖い事件に巻き込まれ、終わって見れば、この怖ーい業界の中でも、その名と轟かせてしまったのだった。

とにもかくにも、この物語は、そんなごく普通の僕が何の間違いか真の侠客を目指して突き進んでしまうという、奇妙な悲劇…、でなくって喜劇だったのだったった。


「あの、銀二さん?」
鬼瓦興業へ就職してから一ヶ月、僕は日課の事務所そうじをしながら先輩の銀二さんに声をかけた。
「あー?」
「あの…、鬼瓦興業の正社員になると、茶碗がもらえるって本当ですか?」
「茶碗?」
「はい、親父さんから茶碗が貰えるって、さっき鉄が話してたんです、それをもらえると一人前の社員になれた証だって」
「茶碗で社員の証?」
銀二さんはしばらく不思議そうに考えていたが、急にプーッと噴出した。
「お前、それって茶碗じゃなくて盃の事だろ」
「盃?」
「ああ、親子の盃だよ」
「親子の盃?正社員になるとそれがもらえるんですか?」
「ああ、正社員って言うか、親父さんに認められて正式な若衆になれた時にな」
「わかしゅう?」
僕は首をかしげると
「あの、銀二さんはその茶碗、じゃなった盃は頂いた事があるんですか?」
「ああ、二年前にな」
「へえ、すごいですね」
「お前も頑張ってればそのうち親父さんから貰えるだろ、まあ頑張れや!」
「はっ、はい!!」
僕は目を輝かせながら返事すると、キラキラ輝く黄金の盃を頭にうかべた。
(正社員の盃か…、いったいどんな素敵な盃なんだろう、何だか知らないけれどわくわくするな~)
そんな奇妙な勘違いをしながら、僕はせっせと掃除を続けた。

「おう、頑張ってるかお前ら!」
「追島の兄い、おはようございます!!」
「あっ!」
鬼軍曹、追島さんの登場に僕達はあわてて立ち上がると、両ひざに手を置いて深く頭をあげた。
「おっ、おはようございまーす!!」
「おう、おめえもやっと、びっとした挨拶ができるようになったじゃねーか、どうだしっかり隅々まで綺麗にしてんだろうな」
「はい、ばっちりです」
「ほう、えらい自信じゃねーか」
追島さんはそう言うと、あたりをキョロキョロと見渡しはじめた。

そうそう、追島さんといえばお慶さんと無事によりを戻し、この寮から離れ、今は近くのアパートで暮らしていた。
やはりお慶さんと復縁し家族そろって暮らせているせいか、追島さんはどことなく優しくなったような……、

「おい、この神農像磨いたのはだれだ?」

「あっ、それ僕ですけど」
「吉宗、お前か!」
「はい…、さっき念入りに」
その直後、追島さんは目をギラっと光らせると腰に携えていた伝家の宝刀、高尾山の孫の手でいきなり僕のお尻を打ち据えてきた。
ビシー!!
「うぐあ、痛あーーーーー!!」
「てめでどこが念入りだ、この野郎!!この隅にまだ埃がついてるだろうが!!」
「えっ、そんなバカな」
僕はお尻を押さえながら神農像を覗きこんだ、見るとそこにはほんの数ミリ程度のわずかな埃が
「埃って、これだけ?」

僕の言葉に再び追島さんの孫の手が唸った。
ビシーーー!!
「ぶわーーーーーー!!」
「これだけだー?念入りってのはな埃一つ無いくらいピカピカにすることを言うんだ、このバカヤロウ!!」
「はっ、はいー!すいませーん!!」
僕は慌てて雑巾を握ると神農像の埃をふきはじめた。とその直後、再び追島さんの孫の手が僕のお尻に!!
ビシーーー!
「ぐうぇあー、なっ、何でですかー?」
「何じゃねえ、てめえこの野郎、神農さんをそんな汚ねえ雑巾で拭くやつがあるか!」
追島さんはそう怒鳴ると、僕の手から雑巾を奪い取った。そしてその真っ黒い雑巾を僕の顔に押し付けると
「どうだこらー、嬉しいか?てめえはこんな汚え雑巾で顔ふかれて嬉しいかー、この野郎!!」
「うれひふなひへふー!すいません、すいませーん」
僕は雑巾を押し付けられながら必死に謝り続けた。

「いいかこら、神農さんは俺達テキヤの守り神だ、必ず綺麗なタオルで拭く事、よーく覚えとけこのタコ!!」
「はい!」
僕は大慌てで綺麗なタオルを取りに走った。
追島さんはムッとした顔で銀二さんを見ると
「おい銀二、便所は終わったのか?」
「あっ、いやまだです」
追島さんはそれを聞くと、僕の方を振り返った。
「吉宗ー、神農さんはもういい、お前は便所掃除だ!!」
「はっ、はい!」
僕は慌てて返事すると、バケツを片手に事務所を出た。
「いいかコラー、隅々までピカピカに磨けよ!すこしでも汚れが残ってやがったら後で便器なめさせるからなー!!」
僕の背後から追島さんのどなり声が響き渡っていた。
「便器なめさすって、そんな冗談じゃない」 
追島さんは家族がそろって優しくなった?
・・・とっ、とんでもない、あれから追島さんの厳しさは更にパワーアップしてしまったのだった。

「あ~、痛たたた」
僕は廊下を歩きながら腫れ上がったお尻を押さえると
「まったく追島さんときたら、ゴリラ並のパワーだからな、痛すぎるよ」
ぶつぶつ呟いていた。その時
「だれが、ゴリラ並なの?」
「えっ!?」
背後からの聞き覚えのある声に僕は恐る恐る振り返ると、そこにはエプロン姿で腕組みをしている追島さんの奥さん、お慶さんが立っていた。
「ちょっと吉宗くん、仮にも私の愛する人の事をゴリラは無いんじゃない?」
「うわー、お慶さん!いや、あの、今のは…」
お慶さんは追島さんと復縁したのと、あの保育園での火事を機にお店をたたんだ。そして現在は鬼瓦興業で姐さんのお手伝いを兼ねて働いていたのだった。

「さあて、どうしようかな、今の言葉うちの人に言いつけちゃおうかな」
「いや、お慶さん…、それだけは」
「ふふふ、冗談よ冗談、それにしても相変わらず厳しくやられてるみたいね、吉宗君」
「はい…、あっ、でも、失敗ばっかりしてる僕が悪いから」
「失敗ばっかりね」
「はい、さっきも汚い雑巾で神農さんをふいちゃったり」
「あら、それは怒られるわね」
「はい」
僕はうなだれながら静かにうなずいた。お慶さんはそんな僕に
「何しょぼくれてんのよ吉宗君らしくない、元気出しなさい元気を」
「はい」
「それに、そんな顔めぐみちゃんに見られたら嫌われちゃうぞ」
「めぐみちゃんに?」
僕は恋するめぐみちゃんの笑顔を思い浮かべて、ぱっと目を輝かせた。

「そうそう、その顔よ吉宗君、明るく楽しく、君はいつでもそうでないとね」
「はいっ!お慶さん、ありがとうございます」
僕はグッと胸を張ると
「それじゃお慶さん、トイレ掃除、頑張って行って来ます」
トイレに向かって振り返った。お慶さんはそんな僕に
「そうだ吉宗君、いつか君に伝えようと思ってたんだけど」
「えっ?」
「うちの人が、この間、私にそっと話した事なんだけどね」
「?」
「吉宗のやつ、あいつはおとなしそうに見えるが半端じゃねえ根性がある、あいつは絶対にものになる、そう話してたのよ」
「えっ!?追島さんが、そんな事を?」
「うん、だから余計に厳しくしてるんじゃないかな、君に対して、すごーく期待してるから」
お慶さんのその言葉で、僕は目をより一層キラキラと輝かせた。
「追島さんが…、追島さんが僕に期待を」
「そうよ、だから頑張んなさい」
「はっ、はい!!」
「さあ、私も姐さんのお手伝い頑張らないと、それじゃ美味しい朝食作っておくからね」
「はい、ありがとうございます!!」
僕は元気一杯に挨拶をすると、意気揚々とトイレに向かって走った。

(期待されているんだ…、僕は追島さんに期待してもらってるんだ)
単純な僕は、お慶さんの言葉でお尻の痛みなどすっかり忘れていた、そしてぐっと拳を握りしめると
「よーし、やってやるぞー!僕は追島さんの期待に絶対に答えて、いつの日か親父さんから黄金の茶碗をもらってやるんだー!!」
気合いっぱいにトイレのドアに手をかけた。
ガチャガチャ
「あれ?開かない・・・」
と同時にトイレの中から、ジャーッと勢いよく水の流れる音が響いて、やがて中からスウェット姿の親父さんが姿を現した。

「あっ、親父さん、おはようございまーす!!」
「おう吉宗か、おはようさん」
親父さんはごそごそとスウェットのズボンをズリあげながら、こわもての顔で僕を見た。僕はそんな親父さんの様子に一瞬顔を曇らせると、恐る恐るトイレのドアを指さし
「あっ、あの親父さん…、今のもしかして大の方ですか?」
「んっ?おう、大だぞ」
「ほっ、本当に大だったんですか?」
「おうっ!たんまりと出たぞー!」
「うぇー!!」
僕は思わず顔をゆがませた。
「何だ?どうした、しょっぱいツラして?」
「あっ、いや、何でもないです」
「そうか、まあ頑張れや、若人よ!」
「はいっ!!」
親父さんは嬉しそうに振り返ると
「今日も快便、快便~、いい朝だー、がはははははー!」
得意の豪快な笑い声と共に、その場から遠ざかって行った。

「かっ、快便って…、それじゃ…」
僕は恐る恐るトイレのドアを開いた。
ドムオワァ~~~~!!
中からこの世の物とは思えない、それはすさまじい香りが襲いかかってきた。
「ぶおわー!なっ、何という~!!」
そのすさまじい香りに僕は一瞬気を失いかけた。しかしその時、お慶さんの言葉が脳裏に 
(君に対して、すごーく期待してる見たいだから・・・)
「そっ、そうだ、僕は期待されてるんだ」
そう言いうと僕は決死の覚悟で、すさまじい香りが立ち込めるのトイレの中に向かって入って行った。

「ぶわー臭い、すんごく臭い、でも僕は期待されてるんだ!期待されてるから臭くないんだー!!でもすんごく臭い!!いや、臭くなんかないぞー!!」
訳の解らない言葉を発しながら、ゴシゴシとトイレを磨き続けていた。
そんな僕の耳に、ワンワン、外から大きな犬の鳴き声が聞こえてきた。
「何だ与太郎のやつ、そうだ、あいつめ」
僕は川原での悲惨な引きずり回し事件を思い出した。

(もう少しでめぐみちゃんと、愛のチュウが出来たのに、あいつめ邪魔しやがってー!)
僕はムッとした顔でトイレの小窓から顔を出すと
「うるさいぞ与太郎!!」
昨日の恨みをこめて叫んだ。
「ワン、ワン、ワン、ワン」
与太郎はそんな僕などお構い無しに、なぜか隣の家の二階に向かってうれしそうに吼え続けていた。
「何だあいつ、めぐみちゃんの家の方を見て?」
そう言いながら与太郎の目線の先、隣の二階のバルコニーに目をうつし思わずハッと幸せの笑みを浮かべた。
そこには愛しのめぐみちゃんが、パジャマ姿で立っていたのだった。

「あっ、おはよう吉宗くん!」
めぐみちゃんはトイレの小窓から顔を出した僕に気がつくと、うれしそうに手を振ってきた。
「めぐみちゃん、おっ、おはよう~」
僕はデレーっと鼻の下を伸ばしながら笑顔で手を振りかえした。

「吉宗君、大丈夫だった、昨日の怪我?…」
「あっ、うん、大丈夫、大丈夫…、僕は丈夫だけが取り柄だからね、はははは」
「良かったー」
めぐみちゃんは嬉しそうに微笑んだあと、ハッと恥ずかしそうに横を向いた。
「吉宗君、そこってトイレの中じゃないの?やだ、ごめん」
「えっ!?」
「だって、トイレ中でしょ?」
「いや、違う違う、今掃除中だから」
「何だ、びっくりした」
めぐみちゃんは照れくさそうに小さく舌を出した。

(きゃ、キャワユイ~、やっぱりめぐみちゃんは、世界ナンバーワン、可愛いよー!ああこんな可愛い子と相思相愛になれるなんて、なんて幸せ者なんだろう)
僕はトイレの窓から、めぐみちゃんの素敵な笑顔を見て、幸せ一杯の気持ちに浸っていた。
と、その時だった。
  
パタパタパタパタパタパタパタパタ
何処からともなく不思議な物音が響いてきた。
パタパタパタパタパタパタパタパタパタ…
やがてその音は、めぐみちゃんがいるバルコニーの下まで近づいてくると、パタパタ音と同時に大きながなり声を響かせた。
「おーい、めぐみー!わしの新しい育毛剤知らんかー?先週買って来たやつ」
声の主、それは育毛ブラシで禿げた頭を小気味よく打ち鳴らしている、めぐみちゃんのお父さん閻魔のハゲ虎だった。
「おーい、ワシの育毛剤?」
ハゲ虎こと閻魔の虎三はバルコニーのめぐみちゃんの様子にハッと表情を変えると、あわてて垣根越しの僕の方に振り向いた。

「うおっ、お前は!?」
パタパタパタパタパタパタパタパタ…
「あっ、ハゲ虎!じゃなかった、めぐみちゃんのお父さん!おっ、おはようございます」
僕はトイレの小窓から作り笑いを浮かべた。
ハゲ虎は育毛ブラシで頭をパタパタと叩きながら顔を真っ赤にさせると
「何がおはようだ、この小僧が!!お前のお陰でめぐみがどんな危ない目にあったと思ってるんだ」
「すっ、すいません」
「すいませんで済んだら警察はいらん、このバカタレが!!」
「ちょっとパパ、吉宗君に何てこと言うのよ!吉宗君は私の危機を助けてくれたのよ、命がけで闘ってくれたのよ!!」
めぐみちゃんはバルコニーから体を乗り出し僕をかばってくれた。 
「何を言うとるんだー、その危ない思いも元を正せばこの男が原因だろうが!!」
「だから、何度も説明したでしょ!そうじゃないって!!」
「馬鹿者が、お前は何も解っておらんのだ!いいかこの男とは、金輪際話す事も目をあわすことも許さん!ぜーったいに許さん!!」
ハゲ虎はトイレから顔を出した僕を指差しながら叫んだ。

「そんなこと私は絶対に聞きませんよー!私と吉宗君は運命の赤い糸で結ばれてるんだから!!ねっ、そうでしょ吉宗君」
めぐみちゃんはバルコニーから体を乗り出し僕を見た。僕は彼女のその言葉に思わず顔をポッと赤く染めながら
「うん…」
幸せそうにうなずいた

「何がうん…だコラ、嬉しそうに笑いやがって!!ワシは許さんぞー、ぜーッ体に許さんからなー!!」
「うぐ!」
ハゲ虎に睨まれ、僕は幸せの赤い顔から恐怖の青ざめた顔へとかわった。

「パパが許さなくたって私は吉宗君とぜったいに離れないから!私の大切な人なんだから」
(たっ、大切な人!)
僕の顔は再びポッと赤くなった。
しかし垣根越しにまるで閻魔大王のように睨んでいるハゲ虎の視線に気づくと再びぞっと青ざめた。
そうなのだ、愛するめぐみちゃんには、この警視庁捜査四課、閻魔のハゲ虎という恐ろしい父親がいたのだ。
「吉宗くん、だ~い好き!」
「大好きってめぐみちゃん・・・^^」ポッ!
「なにがポッだこのガキ」

「ひえ~」ゾ~!
僕は愛するめぐみちゃんと恐怖のハゲ虎との間で、トイレから突き出した顔を、上を見ては赤く、下を見ては青く、赤、青、赤、青、まるで壊れた信号機のように点滅させつづけていた。

「あ~吉宗の兄貴!赤くなったり青くなったりカメレオン見たいっすね!そんな技まであったなんて感動っす、まじすげえっす~」
どこから現れたか、与太郎のお散歩バックを肩にかけた鉄が、壊れた信号状態の僕を見て感動の涙をながしていたのだった。

テキ屋稼業で男を磨く・・・、僕と怖いけれど暖かくて楽しい面々のお話は、ここで一度終わらせていただきます。
どこかのお祭りで、どう見ても似合わないな~といったパンチパーマのテキ屋のお兄さんを見かけたら、もしかしたら僕かもしれません。
気軽に声をかけてみてくださいね、何かおまけしてくれるかも・・・^^

侠客鬼瓦興業、ご愛読いただきありがとうございました。
いつか再開出来る日をたのしみに、いったんペンをおかせていただきます。

あとりえのぶ 松田のぶお・・・^-^


前のお話はこちら↓

最初から読んでくださる方はこちら↓

侠客鬼瓦興業その他のお話(目次)「マガジン」

あとりえのぶWEBサイト

あとりえのぶLINEスタンプ
鬼瓦興業めぐみちゃんスタンプ他、楽しく作って公開しています。


いいなと思ったら応援しよう!