サーバント日記「シンデレラの家で」
もうひとつ、シンデレラに仕えた仮想のサーバントのお話です。当時の劇的な様子をつづったサーバントの日記を読んでみることにしましょう。
X月XX日 シンデレラの家
今日から新しい家に来た。ここの家庭事情は複雑だ。母親は後妻さんで、連れ子の姉が二人、それに前妻の残した女の子がシンデレラという名前で末っ子になる。シンデレラは、まるで女中みたいな扱いだ。何かとひどくいじめられている。
私のふるまいも難しい。よく仕事をすると、シンデレラへの風当たりが強くなる。「まったくシンデレラは仕事ができないんだから、役立たず」とののしられていた。賢くふるまわないと、ますますこの家を複雑にしてしまいそうだ。
まずは、一人ひとりをよく観察することから始めよう。母親は、とにかく自分と自分の子どもたちが新しい夫との生活で幸せになれるように必死のようだ。前妻のことも、そうとう意識しているように見える。一番上の姉は何でも自分の思うとおりにならないと気がすまない。仕切りたがりでもある。ていねいに状況を報告してあげるのがよさそうだ。下の妹は背が低く太り気味なことを気にしている。姉に同調してシンデレラにつらくあたっているが根は優しいようだ。ケーキがあればいつも笑顔でいられる。シンデレラは、もうちょっと空気が読めたら、あそこまでいじめられることもない。助けになってあげられることも少しはありそうだ。
X月XX日 舞踏会への招待
この地方を治める王様から、街の人たちに舞踏会への招待状が届いた。二人の姉たちはとても楽しみにしている。さっそく、あれやこれやと注文だ。ドレスの色、靴のサイズ、バッグのデザイン、ヘアメイクなどなど。一つひとつのリクエストに応えるのがサーバントの仕事だ。
姉には、報告、相談、確認しながら進めていこう。妹には、ちょっとでもスリムに見える服と背が高くなる靴を用意することにしよう。
母親は、この舞踏会で年頃の娘たちにふさわしい結婚相手が見つかるように願っている。お嬢さんたちも、素敵な出会いを期待している。他の使用人たちは、冷ややかな目で無理だろうと言っている。私はそうは思わない。 それぞれいいところもある。素直で単純なところもある。ご主人の願うことを、しもべも願わずにどうするのか。お嬢さん方が素敵な出会いに恵まれますように。
X月XX日 みんなが舞踏会へ
今朝、母親とともにお嬢さんたちが舞踏会へ出かけて行った。準備はあれこれ大変だったが、とりあえず送り出すことができてホッとした。
おいてきぼりのシンデレラを、このままにするわけにはいかない。シンデレラは、山のような仕事を押し付けられて、泣いている。「私だって舞踏会に行きたい」それはそうだろうよ。
仲間と相談して、急いでシンデレラを送り出す準備を始めた。いつも洋服屋とやりとりをしている使用人は、無理してシンデレラにぴったりのドレスを用意してくれた。 靴屋に出入りしている使用人は、ショーウィンドウに飾ってあるガラスの靴を借りてきてくれた。別の使用人は、近所からぼろぼろの馬車を一日限りの約束で借りてきて、見違えるようにきれいに仕立ててくれた。ここのみんなはすばらしい仲間だ。ふびんなシンデレラのことを気にかけている。シンデレラは「魔法みたいっ!」と無邪気に喜んでいるけれど、魔法なんかじゃない。シンデレラのために、一生懸命仕えてくれるサーバントたちのおかげだ。
さぁ、準備は整った。明日の朝にはシンデレラを送り出すことができそうだ。私は、シンデレラに代わって、山のような仕事をとっとと終わらせることにしよう。
X月XX日 シンデレラも舞踏会へ
今朝、シンデレラを舞踏会に送り出した。馬車が出て行って見えなくなったとき、仲間の使用人たちと喜んだ。自分たちのやるべきことをやったという満足感が広がった。
ひとつだけ心配なのは馬車のことだ。明日の朝には持ち主に返さなければいけない。だから、今晩十二時にはお城を出てこなければいけない。時間をきちんと守れないと、借りた人に迷惑がかかる。私たちにとって約束を守ることは何より大事なことだ。シンデレラは約束を守れるだろうか。
ただ、心配しても始まらない。何度も繰り返し念を押したし、お供の使用人もわかっているはずだ。心配するのはサーバントの仕事ではない。心配しなくていいように精一杯準備したら、後は結果を受け入れるだけ。もし馬車が帰って来なければ、そのときはそのときだ。
サーバントはサーバントであって、主人ではない。自分の権限で動かせないこともある。若い頃は、これが受け入れられなくてずいぶん苦労した。でも、自分なりの線の引き方、責任範囲を明確にすることを身につけて救われてきた。私が今日すべきだったのは、シンデレラに押しつけられた仕事を全部終わらせること。ちゃんとやった自分を褒めてあげよう。
X月XX日 シンデレラが帰ってきた
今朝早く、シンデレラは無事に帰ってきた。とても楽しかったようだ。舞踏会の様子をいきいきと喜んで話す笑顔がすてきだ。私がここに来て以来、決して見せることのなかった笑顔だ。なんて嬉しいことだろう。仲間で協力し合ったかいがあった。
馬車も無事に返せた。みんなが喜ぶ中、一人だけ浮かない顔でいたのが靴を借りてきた使用人だった。十二時の鐘が鳴ったとき、急いで階段を駆け下りる途中、なんとシンデレラはガラスの靴を脱ぎ捨ててきてしまったのだ。主人に代わって靴屋さんに謝ること、これも使用人の仕事だ。ただし、主人とのいい関係があれば、こんなこともさほど苦にならない。不思議なものだ。
X月XX日 姉たちの帰宅
母親と姉たちも帰ってきた。お母様にとっては、初のお城の舞踏会で、とてもお疲れの様子。娘たちが大満足でホッとしているようだ。姉たちは、舞踏会の様子を話し始めたら止まらない。素敵なお城だったこと、トータルのコーディネートを褒められたこと、おいしい料理があったこと、気の合う男性と出会えたこと。
一番の話題は、あのガラスの靴に足が合っていれば、ということだった。シンデレラが置いてきたガラスの靴を王子が拾い上げ、この靴の持ち主を探し出すように命じたのだという。姉たちも挑戦してみたのだが、残念ながら入らなかった。他の誰も合わなかった。姉たちはその話をしているとだんだん不機嫌になってくる。
「これはいかん」ということで、楽しめたことの話題をさらに聞き出す。これからもステキな関係が続くといいですね、と水を向ける。姉たちは明るい表情を取り戻して、「そうね、次もまたいろいろ助けてね」と。信頼されて仕事ができている証拠だ。
X月XX日 シンデレラとの別れ
今日、本当に突然シンデレラが家からいなくなった。お城から使いの者が一軒一軒ガラスの靴が合う女性を探していた。ついに、シンデレラを探し当てた。お見事だ。この仕事ぶりはすごい、並じゃない。同じ立場だからよく分かる。
「シンデレラを城にお連れしたい。準備を整えてほしい」
もともとあまり多くないシンデレラの荷物をまとめ、必要と思われるものをあちこちからかき集め、シンデレラを送り出した。悲しくても、それを隠してでさえ一生懸命に働かなくてはいけない。
シンデレラは「ついてきてほしい。城でも仕えてほしい」としきりに頼んできた。光栄なことだった。でも、応じるわけにはいかない。別れるのは寂しい。いつまでもシンデレラといっしょにいたい。城で仕えるのも名誉だ。でも、呼ばれたのはシンデレラだ。私は自分の場所ですべきことをするだけ。まだここでやるべきことがある。
二人の姉たちは、シンデレラが城に迎えられることを嫉妬するだろう。でも、姉たちにもそれぞれ素敵な恋人ができたのだ。その関係がうまくいくように努めるのが、これからの私の仕事だ。それが叶ったら、もうこの家にいることもあるまい。また次に必要とされるところに、出かけていくことにしよう。
シンデレラよ、お幸せに。あなたにお仕えできたことは、私の一生の宝です。
二つの物語から、サーバントの姿を理解することができたでしょうか。次の章では、サーバントはどんな人なのか、本質的な特長をまとめます。サーバントの旅はどこへ向かうのでしょうか。