◆陶芸家 渋谷英一さんの事。
※当記事は「渋谷英一 陶展 4月10日 Start!」のリライト記事です。
こんにちは、のぶちかです!
さて、4月は渋谷英一(萩焼)さんの個展を開催致します。
意外にもJIBITAでの個展はこれが初めてとなる訳ですが、本記事ではそれに先駆けて少しだけ渋谷さんに関して綴っていきますので宜しくお願い致します。
渋谷さん(1979年生まれ)は萩焼の陶工であられたお爺様に25歳から29歳まで師事し、粉引きや白萩をベースとした基本的な萩焼作りを学ばれます。
その後、
「自分の作りたいものだけに集中したい」
という思いから、それまで手伝われていたお爺様の仕事から手を放し独立。
無給の状態に身を置いた一方で、
「さぁどうやって陶芸家と生活を成り立たせるか?」
という不安にさいなまれたそうですが、独立を切望したきっかけとなった「自分の作りたいものだけに集中」する事を胸に、必死に制作と向き合われたそうです。
それから1年後、
陶芸作家の登竜門とも言われる「長三賞」にて、第30回記念大賞を受賞される快挙を成し遂げられたのですが、
「独立1年で公募展大賞受賞って早いですね!」
とお聞きすると、
「小さい時から粘土には触ってきたし、中学校からは土練りしたりして(祖父の下で)バイトしてました。土の湿度や硬い、柔らかいはその頃からもう分かってましたし、物は作れなくても萩焼が焼き上がるまでの全工程を小さい頃から分かっていたのは強みだったかもしれません」
とのお返事。
そう伺えば確かに1年という短期間での受賞も納得できるところがある訳ですが、とは言え受賞作品はそれまでお爺様の下で手掛けられてきた伝統的なものとは打って変わって…、
⇧「黒彩器 」
参考:LIXIL ギャラリー 「渋谷英一 展 -陶 モノクローム モノローグ-」https://www1.lixil.co.jp/gallery/ceramic/detail/d_002197.html
この様な仕上がりになっています。
この作品を観ると伝統的な萩焼とのギャップがかなり大きい事が分かるのですが、通常、人が4年間(幼少期から触れてきた期間で言えば約30年)培ってきた感覚を表現として全く出さない(あるいは出ない様にする)事は決して容易な事ではない気がするのです。
しかし、
この表現に1年という短期間で辿り着いたという事は、具現化できる技量習得は言うまでも無く、長く「自分のやりたい事」というものを温め続けてきたという事なのだろうと鑑みています。
余談ですが、
少なくとも萩焼の多くの作り手がアカデミックな表現を継承・継続(悪いという意味ではなく実情として)し続けている状況を長く萩の地で観てきたのぶちかにとって、幼少期から伝統的な萩焼に触れ続けてきた渋谷さんの「自分の作りたいもの」というものが、伝統的なものから大きく離れ新しく洗練された表現として発露したという現象に良い意味で異色さを感じますし、またある種の快活ささえ感じてしまうのです。
話を元に戻します。
その後も渋谷さんは多数の公募展入選の実績を積み上げられますが、中でも特筆すべきは
◆2016年 「現在形の陶芸」萩大賞Ⅳ 大賞 受賞
参考:山口県立萩美術館
◆2018年 第5回陶美展 最高賞(日本陶芸美術協会賞) 受賞
参考:日本陶芸美術協会
の2件と言えるでしょう。
さてここ数年の陶芸界隈は、器作家の台頭が目立ち鑑賞陶芸系作家がやや影を潜めている雰囲気もある気がしますが(良い悪いではなく)、渋谷さんのこれまではどちらかと言えば後者の鑑賞陶芸系作家と観ています。
そんな中、
2020年1月に満を持して登場したのが、渋谷さんの本格的な器への挑戦となる「地ノ器」シリーズ。
⇧「地ノ器」
このシリーズが生まれたきっかけは、萩大賞Ⅳにて大賞を受賞された後、萩美術館にて受賞記念として開催された「渋谷英一 展」における展示風景を渋谷さんが御覧になった際、美術館の静謐な空間と御自身の作品のシャープさがとてもマッチしていると感じた一方で、それ故に次はもっと土感や素材感、質感を感じられるもの作りをしたいという、シャープなもの作りが好きだったこれまでと対極の感情がうごめき始めたから、と渋谷さんは語られます。
⇧「渋谷英一 展」展示風景
多くの作家がこの場所での展示に憧れを持つと言われる萩美術館。
什器、照明、展示方法等、全ての設えに鋭敏さと静謐さが流れています。
では、その素材感や質感に注目して「地ノ器」を観てみると…、
確かにこれまでのある種ドライなモノトーン表現に比べると、テクスチャーに質感や色の奥行の向上が認められます。
しかし、
「地ノ器」の注目すべきはこのテクスチャーとそれを支えるボディとの一体感やバランス感だと観ています。
つまり、
渋谷さんのボディの作りこみの基礎は、これまで鑑賞陶芸の領域(例えば公募展)において識者の客観的尺度の下に晒されながら培われてきたものなのですが、その様な緊張感の中で練り上げられた造形力、バランス感覚を基礎にボディ形成がなされ、その表層にこのテクスチャーをまとう事によって生まれているのが「地ノ器」であるという事を知って頂きたいのです。
また上記を前提とする為か、「地ノ器」には視覚的な軽さをあまり感じません。
重厚で気位の高さすら漂っています。
正にそれはこれまで鑑賞陶芸において積み重ねてきた仕事を、器という領域においても分断する事なく活かす事に成功した例だと観ており、それ故に「地ノ器」は「鑑賞陶芸作家」により生まれた鑑賞陶芸作家らしい「器」だと感じています。
そして今更ですが実は渋谷さんはのぶちかのひとつ下の後輩にあたる存在なのですが、これまで公募展でどんなに受賞をしても「器作って」とお願いし続けて来たのです。しかしなかなか満足のいく器があがってこないまま何年と時が過ぎていったのですが、2019年半ば頃、渋谷さんがふとJIBITAに現れ、
「僕、器作り、苦手なんかもしれません…。」
と打ち明けられた時がありました。
そこには今まで我々に見せてきた自信と虚栄の間を行き来する様な幼さは無く、じっくりと自身と向き合った者が見せる潔さがあるだけでしたが、その姿を見てのぶちかは逆に
『これからきっと良い器を作ってくるだろう』
と、確信の様な祈りの様な思いが芽生えたのを覚えています。
それから半年後の2019年12月末、渋谷さんが半ば神妙な面持ちでJIBITAに持って来られた器が後の「地ノ器」となる訳ですが、その完成度やクオリティにのぶちかもこーすけ(←妻のあだ名)も感動し、3人で肩を組んで渋谷さんを祝福したのでした。
これまでのぶちかは中学時代の先輩だったという事だけで渋谷さんに制作に関する事からその他まで、随分と苦言を浴びせてきてしまった事があるのですが、それにもかかわらず渋谷さんにはらわたの煮えくり返る思いも乗り越えて頂き、これまで縁が切れる事なく続いて参りました。
地元ですし関係性的にも個展をするだけならいつでも開催できたのですが、のぶちかなりに渋谷さんに関してはしっかりと良いタイミングが訪れてから自然に開催したいという思いがあり、随分と時間が経ってしまったのですが、この度、ようやくその時を迎えられます。
その意味で本展は非常に感慨深く、今回を皮切りに今後更に渋谷さんの魅力を皆様にお伝えし続けていきたいと考えております。
これまでに無い新たな萩焼表現「地ノ器」を、ぜひ多くの皆様に御覧頂けると幸いです。
◆「渋谷英一 陶展」
会期:2021年4月10日(土)~18日(日)
※会期中の金曜日はお休みです
会場:JIBITA
作家在廊日:会期中の土日
作品ラインナップ:「地ノ器」を中心に一部、オブジェ、茶道具関連も出品致します。
◆渋谷英一 紹介動画