第八話 サクラ色の新しい未来を「ねじれ女子の婚活物語」〜38歳OL マリエさんの場合
「話を聞きながら、その人の特徴を把握してお見合いの相手を探してくれるって、そんな結婚相談所があるの?」
「うん。それが明日行く、ハッピーウェディングクラブっていう結婚相談所」
「そうなんだ」
リーくんがマリエさんの膝の上に乗ってきました。
マリエさんはその背中を優しく撫でました。
りーくんは気持ちよさそうに目をつぶってじっとしています。
黒くて柔らかな りーくんの毛はふんわりとしていて、マリエさんの心を癒してくれました。
「いきなりうさぎさんが話しかけてきたり、この3年間すれ違ったこともなかったタカシを偶然見たりとか不思議なことばっかりだけど、本当に、明日は何が起こるかわからない だね」
「そうだよ。人生は奇跡の連続で成り立っているんだよ。自分にとって、良い選択をし続けることが、奇跡のポイントかもしれないね。あと、良い環境に身を置くこと。マリエさんだったら、独身の人と一緒にいるんじゃなくて、結婚して幸せそうな友人とかと遊んでみたり話してみたりするのもいいと思うよ」
りーくんの声が聞こえました。
マリエさんはふと、ゆきこさんの顔が浮かびました。
(ゆきこさんみたいに白馬の王子様を待って40歳すぎたくはないなあ‥ゆきこさんには申し訳ないけど)
そんなことを思いながら窓を見ると、外がかなり暗くなっていました。
膝の上のりーくんと部屋の暗さもだんだん同化しています。
気がつけば、長い時間、床に座り込んでいたようでした。
(夕食買ってこよう。今日はビールたっぷり飲んじゃうわ。今日ぐらい、いいよね。)
リーくんは膝の上で気持ちよさそうに丸くなっていました。
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夕食を食べ、500ミリリットルのビールを2本飲んだマリエさんは、
最近は我慢していたせいか結構酔っ払っていました。
「あんまり頭にきたから、タカシにライン送ろうかな。でも‥」
「いんじゃない?もう関係ない相手だし。それでマリエさんの気持ちが終わりになるなら、やったほうがすっきりするかもだよ」
横で丸くなっているリーくんの声が響きました。
「今まで、そんな抗議のライン、したことなかったでしょ?」
「うん、ない」
「やっちゃえー」
というどこかの野次馬のようなリーくんの声を聞きながら、
マリエさんはタカシとのラインやりとりのことを思い出していました。
タカシ『明日は急に残業になっちゃってさ』
マリエ『いつも大変だね お疲れ様』
(今日は残業、だったらわかるけど、明日が急に残業って、なんか変だったよね‥
でも内容が変なことに気づいていながら、聞き分けが良い彼女をつくっていたのは私だったんだ‥)
マリエさんは、思い切って3年ぶりにラインを送ってみることにしました。
『お久しぶり。結婚したんだね。ひょっとして二股かけてた?』
と文字入力をしました。
(こんな攻撃的な文章、つきあってた時は送ったこともなかった。
きっと、返事なんかないかもね‥)
(でも、私は、前に進むって決めたんだ。だから、もう、自分の気持ちを終わりにするために送ろう)
マリエさんは送信ボタンをピッと押しました。
ラインの文章は瞬時で元彼、いえ今は既婚者であるタカシのところへとんでいきました。
夜の12時。
マリエさんは布団の中で、明日のハッピーウェディングクラブとタカシのことを考えて眠れなくなっていました。
タカシへのラインは、送信して1時間後ぐらいで既読になりましたが、そのあと返信はありません。
(まあ、返信ないってわかっちゃいたけど‥明日は、新しい私の第一歩かな‥)
そんなことを考えていると、
ポロン とライン着信の音が鳴りました。
スマホをみるとタカシからの返信です。
ドキドキしながらラインアプリを開くと、
『言えなかったんだ。ごめんね。
今日、モールで見かけました。お元気で。』
と、そっけない二行の文字がありました。
その文字は、なんともいえない気持ちを、マリエさんの中に沸かせました。
4年間のやりとり。
タカシの後ろ姿。
最初の頃の笑顔と、終わりの頃の無表情な顔。
必死な私。
ラインの返事を待って、一日中スマホが手放せなかった私。
遠いな、と感じるのにそれを言い出せない私。
(悲しかったことしか、浮かばない‥)
ラインの文字は、マリエさんの涙でみるみる滲んで見えなくなっていきました。
マリエさんは布団の中でたくさん泣きました。
でもそれは、何かを洗い流しているような、そんな感じもしていました。
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「ああ、腫れまくり‥」
翌朝洗面所で自分の顔を見たマリエさんは独り言を呟き、ため息をつきました。
昨夜、大泣きしたせいで、目が大仏さんのようになっています。
しかしながら、気持ちはなんだかすっきりしていました。
『私は、前に進むって決めたんだ。』
マリエさんは鏡に映った自分の顔をみながら言いました。
昨晩は、この自分へのコミットで行動をすると決めて、今までタカシにラインで送ったことのない文章のメッセージを送りました。
でもよくよく考えてみると、既読スルーのままではなくてちゃんと本当のことをおしえてくれたなあ、とマリエさんは思いました。
とりあえず髪をセットして、いつものようにジーパンと上着を‥と思いクローセットを開けた時、奥の方のハンガーにかかっていた淡いピンク色のセーターが目に入りました。
(今日はこれを着て行こう)
手にとって淡いピンク色のセーターを眺めていると、なんだか心が少し、ワクワクしているような気持ちになりました。
外に出ると、アパート前にある公園の桜が美しく咲いています。
この公園の桜は一本だけで、
マリエさんはその桜の枝が風に吹かれて揺れるのを、しばらく眺めていました。