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1人で生きる覚悟の人とそうじゃない人 「ねじれ女子の婚活物語」〜38歳OL マリエさんの場合
月曜日。
朝のミーティングには本社から山本部長が参加していました。
黒くて長い髪をうしろに結んで、縁無しのメガネをかけています。
ベージュのスーツを着て、できるオンナのオーラが漂っています。
「今日から3日間、パート社員の更新面接と、女性社員のキャリア面接を行います。今日の午後からパート社員の面接で、終わり次第女性社員の面接を行います。ヒアリング用のプリントがあるので、こちらに書き込んでもらって、面接の時に持ってきてくださいね」
山本部長はゆっくりとした口調で言いました。
(キャリア面接もあるんだ。そういえば会社的には女性の総合職を増やしていくって誰か言ってたな‥ ひゃー、たくさん項目あるなあ‥)
マリエさんは手渡されたプリントを読みながら思いました。
(私は、仕事だけ、じゃなくて、家庭があって仕事、がいいな。)
ランチの時間、いつものようにゆきこさんとマリエさんがお弁当を食べる用意をしていると、
山本部長がコンビニの袋を持ってカフェスペースに歩いてきます。
「あ、部長お帰りなさい。コンビニに行かれてたんですね」
ゆきこさんが奥の誰も座っていないテーブルから、椅子をひとつ持ってきました。
「椅子ありがとう。そうなのよ。いつも大体コンビニよ。家でも外食が多いし。」
山本部長は椅子の背もたれに体をあずけて、袋からチキンサラダとおにぎり、ヨーグルトを出して言いました。
「あんまり自炊しないんですか?」
ゆきこさんが結構失礼な質問を部長にすると、山本部長はちょっと苦笑いをして、
「ほとんどしないわよ。仕事が終わるのも遅いし、終わったらいきつけのバーみたいなお店で少しワインとおつまみたべるか、あとはコンビニかスーパーでお惣菜買って家で待ってるワンちゃんと一緒に夕食よ。」
「いきつけのバーでワインっていうのがお洒落ですね。」
マリエさんが言いました。
「おしゃれでもないのよ。狭いし古いし。でも長年通ってるから、私の好みも把握してくれてるの。夜はあんまり食べないようにしてるから、結構ちょうどいいのよ。」
「そうなんですね~。私、会社終わったら電車乗って家に直行です。
母の夕食出来上がるのをまって、父と3人で18時ぴったりぐらいにご飯開始ですよ。」
ゆきこさんは、はあ、っとちょっとためいきのようなものをつきながら言いました。
マリエさんは話を聞きながら、対照的な二人だな、と思いました。
自立していてバリバリのキャリアウーマンの山本部長。
一人っ子で困ることのない実家暮らしのゆきこさん。
(私はふたりの真ん中って感じかな)
そんなふうに思いました。
一人でいることにも、親元で生きるのもやめて、全くの他人と一緒に暮らすことを選択したマリエさんです。
(それぞれがそれぞれの生き方を持っていて、毎瞬の選択をしていって、そこでたどり着いた未来に今、いるってことだよね)
選んだのは一生仕事に頑張る独身だったり、実家ぐらしだったり、婚活スタートだったり‥
そんなことをぼんやりマリエさんが考えていると、
「ところで、マリエさんは彼氏とかいないの?」と、山本部長がマリエさんに話を振ってきました。
「えっ、彼氏ですか? いませんよー」
マリエさんが言うと、ゆきこさんが小さい声で
「マリエさん、婚活してるんですよ」
と山本部長にささやきました。
マリエさんはお弁当の唐揚げを喉につまらせそうになりながら、
「ゆきこさん、ちょっと!」
とゆきこさんをたしなめました。
山本部長はニコニコしながら、
「マリエさん、30代だよね。ぼちぼち一回はいっとかないとね。私も二十代最初で、一回結婚したのよ。」
「えー そうなんですか。じゃあ、バツイチですよね。」
バツイチ という言葉に山本部長はまた苦笑いし、
「そうなの。でも一回行ってるから、周りは何も言わないわよ。あ、でも42、3の時から2年くらい婚活したかな。あんまりいい思い出ないけど。」
と言いました。
「どうして婚活やめちゃったんですか?」
マリエさんはどうしても聞いてみたくなって質問してみました。
「そうねー。やっぱり、一人暮らしが長かったし、途中でめんどくさくなったのよね。でも、相談所の人が何度も、今しかないですよ、って言ってくれてたかな。年齢があがると、とても厳しくなりますってね。だから結婚相談所を退会する時に、一人で生きていくんだったらある程度自分で稼がなきゃって、そこからすごく仕事を頑張った気がする。そして今は犬が心のパートナーって感じかな。だから婚活するんだったら早くしておいて間違いはないわよ。」
ゆきこさんは真顔になっていて、だまって話を聞いていました。
マリエさんは、「一人で生きていく覚悟した女性」の強さと寂しさを山本部長に感じました。
(私は、一人で生きていく覚悟がない。だから、選択はこれしかないんだ)
と改めて思ったのでした。
その週の土曜日。
マリエさんは入会に必要なお金を持って、ハッピーウエディングクラブのドアインターフォンを鳴らしました。
ドアの向こうから、奥さんの豊子さんの「はーい どうぞー」という明るい声が聞こえてドアが開きました。
「お待ちしていました。どうぞどうぞ、お上がりください」
マリエさんは『今日から新しい私の、本当の第一歩なんだ』と、ちょっと緊張しながら中に入りました。