第五話 私のココロの断捨離 「ねじれ女子の婚活物語」〜38歳OL マリエさんの場合
会社のランチタイム。
皆がパラパラとデスクからいなくなります。
マリエさんとゆきこさんは相変わらず二人でランチタイムです。
マリエさんの今日のランチは、早起きして作ったお弁当でした。
中身はごはんと卵焼きと鮭の塩焼き、キャベツのマリネ、ミートボールです。
キャベツのマリネはダイエット用に多めに作って冷蔵庫に常備するようにしました。
先週の土曜日に自分の体重の数字を見たときの、あの愕然さは、今もずっしりと心に残り、
スカートのファスナーがきついのもお尻がぱつんぱつんなのも、太ったのでもちろんのことだったのです。
ゆきこさんは相変わらずお母さんが作ってくれたハンバーグをもぐもぐと食べています。
「今日もマリエさん弁当作ってきたの?すごいね。私なんか、卵焼き作ると絶対焦げちゃう」
「体重がとんでもないことになってたからね。ゆきこさんは痩せてるから何食べても太んないよね」
いつもデザートとして食べていたコンビニスイーツもやめました。
コンビニスイーツに使っていたお金は、「スイーツを買ったつもりになって」貯金箱に入れていくようにしました。
(コンビニのお菓子を食べなくなったら、その分貯金することにしたし。
痩せたらコンビニじゃなくてホテルのアフタヌーンティに絶対行く!)
そんな決心をしたマリエさんのスマホが[ ポロン ]となりました。
ラインのメッセージが届いた音です。
ラインを見ると、よしこさんからでした。
「マリエさん こんにちは。今はお昼ご飯どきかなーと思ってラインしました。
先日は、おしえてもらうつもりがデータまで作成してもらって、本当にお世話になりました。
生徒さんにも早速見せたら、みんな良いですねーって喜んでいました。
ありがとうございました。
それでね、今日伝えたいことがあって、ラインしました。
あのね、娘が入会していた結婚相談所、すごく良かったらしいから、もしマリエさんが興味あったら行ってみればいいかもって思ってね。興味ある?」
(あ、娘の由美さんが結婚相手を見つけたところね‥ 興味はあるけど、なんか、気が乗れないな‥)
マリエさんはすごく乗り気 にはなれない気持ちがありました。
でも、興味はあります。
(素直に、それを返信しよう)
と思いました。
「よしこさん、こちらこそ、この間はごちそうさまでした。由美さんが入会していたところですよね。興味はあります。」
と、マリエさんはラインを返信しました。
「良かった! 女性はね、結婚したいって思ったときが行動するときだと思うの。あのとき、マリエさんは行動しそうだなって思ったわ。由美が入会していた結婚相談所は、ハッピーウェディングクラブさんといいます。ご夫婦二人でされていて、とてもアットホームな雰囲気らしいから、マリエさんも是非お話だけでも聞きに行ってみるといいんじゃないかと思うの。そして、素敵な旦那様ゲットよ!」
よしこさんから速攻で返事が返ってきました。
(ハッピーウェディングクラブかあ‥ そのまんまハッピーな感じのところな気がするなあ。帰ったらネットで調べてみようかな。)
「ありがとうございます。帰ってからネットで調べてみます。」
「うん、是非是非。由美は今、とっても幸せそうよ。マリエさんも頑張ってね ^^」
最後ににっこりマークを入れたよしこさんからの速効ラインを読んで、お昼休み時間は終了となりました。
(幸せ、かあ。どんな感じなんだろう。なんか、忘れちゃった気がする‥)
「午後、眠くなりそう~」とゆきこさんはアクビしながら席に戻っていきました。
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その日の夜。
「我ながら美味しくできたかも。簡単だけどー♪」
鼻歌のような独り言を呟きながら、お皿を用意して盛り付けます。
本日のメニューは魚の酒蒸しで、レモンと塩胡椒で食べるつもりです。
最近の夕食は自分で作るようになったマリエさん。
ご飯は玄米とお米を半分づつ。
先に朝からタイマーセットです。
玄米はお通じにも良いらしく、お腹もなんだかすっきりしてきました。
大好きなアルコールは三日に1本にしました。
本当は発泡酒よりビールのほうがもちろん好きなマリエさんです。
食べた後はたまーに散歩をして、体重は1キロ減りました。
魚を食べながら、さっき見たハッピーウェディングクラブのホームページを思い出していました。
ブログには、成婚の体験談が掲載されていて、入会して2ヶ月未満でで入籍した女性の紹介や、五年前に成婚退会した元会員さんからの感謝の手紙などが掲載されていました。
オーナー兼カウンセラーのご夫婦の写真もあって、よしこさんから聞いた通りのとても優しそうな雰囲気でした。
(優しそうなご夫婦だったなあ。旦那さんの方は元パイロットっていうのも、なんかすごいなあ)
(アドバイスもたくさん載ってたなあ。でも、3ヶ月の間に結婚とかできるのかしら。4年つきあっても結婚できなかったこの私が‥)
今日はアルコールの日ではないので、炭酸水をゴクゴクと飲み、もう一度スマホからハッピーウエディングクラブのホームページを見てみました。
(土日営業されているんだなあ。事務所の場所も、ここから車で30分ぐらいかー‥‥)
「行ってみる?」
頭の中に声が響きました。
黒うさぎのりーくんです。
「うーん 結婚したいのだったら行動しないといけないことわかってるんだけど‥」
「サインは人の口から来るって言うしね」
黒うさぎのりーくんの声が響きました。
(サインは人の口から、かあ。確かに‥)
「マリエさんにキャッチコピー考えた。38歳 崖っぷちガール。」
なんとも辛口なりーくんです。マリエさんはムカッとしましたが、上手いキャッチコピーだな、とも思いました。
「ひどいなあ。まあ、その通りですよ。出産とか考えると、焦ってるのは本当に事実だし」
ふと横をみると、黒うさぎのリーくんがちょこんと座っていました。
「マリエさんのいいところも、僕知ってるよ」
「辛口のりーくん、私のいいところってどこかしら?」
「行動できるところは、すぐ行動するよね。会社もそうだし、他もいろいろそうだし。」
黒うさぎのりーくんの顔が一瞬笑ったように見えました。
(よく知ってるのね。小さいけど何千年もたぶん生きてるから、仙人みたいなうさぎさんなのね。)
「仙人じゃないけど、まあ、マリエさんよりは年齢はずっと上だよ」
「そうだった。全部聞こえてるんだったね」
黒うさぎのリーくんはマリエさんの膝に飛び乗り、マリエさんを見上げました。
「うん。だから諦めて、心に思ってることは僕に話してね」
「うん、諦めて話すわ。ねえ、撫でてもいい?」
「いいよ」
マリエさんは、黒い毛で覆われたリーくんの背中をゆっくりと撫でました。
リーくんの毛は柔らかく、とても気持ちの良い手触りで、リーくん自身も気持ちよさそうにじっとしていました。
「ところで、いらないものの整理とかは進んでる?」
ふいにリーくんが言いました。
「進んでたんだけどね~ まだ途中かな。本とか、いらないものは結構捨てたんだけど」
部屋の中は前よりかはかなりすっきりとした感じです。
枯れた観葉植物は捨てて、ホコリを被った雑貨も処分して、カーテンも洗って、なんだか部屋が少し明るい感じです。
「部屋は明るくなってきたよね。クローゼットの中はどう?」
「洋服はね、まだ途中なの。」
「元彼に買ってもらったコートのところでストップした感じ?」
マリエさんはギクッとしました。
「うん‥ 結構素材がよくてね。だから、お悩み中」
「最近着たことがないのに?」
りーくんのするどいツッコミに、マリエさんは少し沈んだ気持ちになりました。
素材がいいから残してるんじゃないことも、うっすらとわかっていました。
「ううん、素材が良くて、とかじゃないこともわかってるのよね。捨てられないの。彼に買ってもらった物だから」
ちょっと間を置いてリーくんは言いました。
「その彼は、もう、マリエさんの彼、じゃないよ」
マリエさんは、胸の痛いとこを突かれたような気持ちになりました。
りーくんはマリエさんを見上げました。
黒い大きな目がマリエさんを見つめます。
「ここが結婚に向かうための大事なポイントのひとつなんだよ。
過去の恋愛を自分の中で昇華させること。
マリエさんの心の中に、まだ元彼は 生きているんだよ。
どこかで、また戻ってくると思ってないかい?」
マリエさんは何も言えませんでした。
心の奥の、深い部分にそんな気持ちがあったことに、自分でも少し気がついていたからです。
「心の中にまだ元彼が陣取ってることはわかった。とりあえずそれはそのままでいいよ。
でもまずは、一歩前に足を踏み出そうよ。
よしこさんが教えてくれた、ハッピーウェディングクラブさんに行ってみよう」
りーくんの声が力強く頭に響きました。
「でも、まだ入会するとか決めてないよ。そんな簡単に行くとか、できないよ。」
マリエさんのボソボソと言いました。
「まずは動いてみるんだよ。動かないと何も始まらない。君は実行できる人だ。
まずは電話してみて。はい、横のスマホを手にとって!」
まるで小さな先生だな‥と思いながらマリエさんはスマホを手に取りました。
「番号は、096-202-6553」
ピポピポと電話番号を入力し、しばらく呼び出し音が鳴り、おだやかな男性の声が聞こえました。
「はい ハッピーウエディングクラブです。」
「あの、入会とかじゃなくて、まずはお話だけ伺いにいきたいんですが。」
「どうそどうぞ! 是非お越しください。いつ来られますか?」
土日はいつも空いているマリエさんです。
「明後日の日曜日とかは空いていますか?」
「明後日の日曜日ですね。ちょっとお待ちください。‥お見合いが午後からありますので、午前中だと大丈夫ですが、ご都合はいかがでしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
「事務所は住所を車のナビに入れていただければ大丈夫です。駐車場もありますので、お気をつけてお越しくださいね。楽しみにお待ちしております」
男性の明るい声が、マリエさんの心を少し明るくしてくれたような気がしました。
(とりあえず、話をきくだけだし、予定もないし。まあ、いいか。)
ちょっとドキドキしてきましたが、少しだけワクワクした気持ちも湧いてきたマリエさんでした。