第四話 体重という年月の重み
愕然としているマリエさんに気がついたのか、よしこさんが少し困った微妙な笑顔で
「ごめんね、ついつい嬉しくてこんな話しちゃった。マリエさんは最近はどう?」
「絶賛彼氏募集中です‥」
ぼそっと呟くマリエさんに、よしこさんはニッコリして言いました。
「仕事はいつでもできるけど、結婚は年齢もあるし、いつでもはなかなか難しいから、したいって思ったら即行動よ。
由美も腹括ってやってたわ。」
(そうなんだ‥ 私、自分のこと、まだまだいけるって思ってた。
結婚相談所はモテない人が行く最終な場所だと思ってた。)
頭の中はクラクラしているけど、まずはこのちらしデータを仕上げなきゃ‥
とにかく帰ってからいろいろ考えよう。
残りのコーヒーをグィッとのみほして、マリエさんは最後の確認の作業をはじめました。
無事、ワードで発表会開催のデータも出来上がり、よしこさんは何度もマリエさんにお礼をつたえ、赤いワンピースの裾をヒラヒラさせながら、笑顔で帰っていきました。
その夜。
マリエさんは[婚活]というキーワードで、インターネット情報収集をしていました。
婚活マッチングアプリ‥
婚活パーティ‥
結婚相談所‥
そして数多くの婚活活動ブログ。
婚活のブログを読むと、自分より若くて可愛い感じなのに大変そうな人が多くて、
マリエさんはとても憂鬱になりました。
「ようやく行動開始するの?」
頭の中に、昨日の黒うさぎの声が響きました。
マリエさんはびっくりしてパソコンから顔をあげました。
「どこにいるの?」
「寝室だよ」
ドキドキしながらそぉっと寝室の引き戸を開けると、
ベットの上に帽子をかぶった黒うさぎがちょこんと座っていました。
今日もまるでぬいぐるみみたいな可愛さです。
「夢じゃなかったのね」
「夢じゃないよ。ただし、僕の姿は、マリエさんにしか見えないけどね」
黒うさぎのリーくんは、ベットを飛び降りると、マリエさんの膝の上にやってきました。
「よしこさんの話、だいぶショック受けたみたいだね。なんかすごく疲れてる顔してる。」
家に帰ってパソコンをずーっとみてるのもあるかもしれませんが、夕食の買い出しを忘れるほど、
マリエさんはショックをうけていました。
「ショックっていうか、由美さんは30歳で苦戦してようやく結婚して、40歳目前の私なんか、どうしたら、って
思っちゃって‥ あ、スーパーにいかなきゃ、でもめんどくさいな。
お菓子ですましちゃおうかな。カップラーメンもあるし」
黒うさぎはマリエさんを見つめています。
「‥マリエさん、最近体重計った?」
黒うさぎが冷静な声で言いました。
「え? いいえ、測ってない」
「測ったほうがいいよ。とりあえず、カップラーメンもお菓子もやめなよ。最近制服のスカートきついでしょう?」
(なんでそんなことまで知ってるの?この黒うさぎは)
「りーくんだよ。黒うさぎじゃなくて、りーくんて呼んでね」
(心の中も全部お見通しなのね。ほんとにばーちゃんからのメッセンジャーなのね)
「そうだよ。メッセンジャーというよりも、伴走するコーチかな。とりあえず、夕食買うついでに体重計も買いに行こうよ。」
黒うさぎ もとい、リーくんに促され、マリエさんは重い腰をあげて買い物に出ることにしました。
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(夕食を食べる前に、まず測ってみよう)
マリエさんは、夕食のお惣菜と一緒に買ってきた体重計におそるおそる乗りました。
!!!!!!!
その数字を見て、頭が真っ白になりました。
デジタルの数字は56キロ を表示しています。
(えっ?え~~ ご、五キロも増えてる!!!)
マリエさんは、三年前と比べて、なんと体重が五キロも増えていたのです。
失恋のショックで食事が喉を通らなかったのはほんの1週間ぐらいで、
そのあとは太らないように我慢していた大好きなビールを食事と一緒に1日1本飲み、
我慢していたスィーツも、食事のあとに必ず食べるようになり、気がついたらこんな体重になっていたのでした。
ショックで仁王立ちになっているマリエさんの頭の中に、
「まずは、自分の現実と向き合う時間が必要かもしれないね。
体重もそうだけど、持ってるものとか、部屋の中とか、洋服とか、気持ちとかいらないもの、多くないかな?」
と、黒うさぎのりーくんの声が聞こえました。
気持ち、と言う言葉がなにかひっかかりましたが、
マリエさんはとりあえず部屋の中を見渡しました。
(部屋の中‥ なんとなく買った雑誌とか、へんな雑貨とか‥ あ、観葉植物枯れてるし‥)
(洋服って、何を持ってたっけ?)
クローゼットをあけると、一度も手を通していないワンピースや、何年も昔に買ったスカートや、
目につくついつい買ってしまう安物のバック‥そういったものがクローゼットの中にぎっしりとつまっていました。
でもすべて、色褪せて見えました。
足元に黒うさぎのりーくんがちょこんと座っていました。
「洋服たくさんあるね。でも、着てない服多くない?」
「なんか、捨てられなくて‥ セールとかあったら、ついつい買っちゃうし。バックとかも、安かったら買っちゃうし」
マリエさんは、ホコリの溜まったクローゼットの底を見ながらため息をつきました。
押し込むだけ押し込んで、掃除をしていなかったことにも気がつきました。
(クローゼットの中に洋服が溢れてるのに、着たい服がないなんて、悲しいなぁ)
その中に一着、元彼に買ってもらったコートがありました。
デザインはその当時の流行りで、マリエさんは自分にはあまり似合わないなぁ、と思ったのですが、
彼が買ってくれるというので彼のデートにだけ着て行ったコートです。
(あの人、元気かな‥)
マリエさんは3年前の付き合っていた彼のことを思い出していました。