
論理がすべてではない。
この世はすべて「理論で説明がつく」と思っている人が多いと思いますが、それは実は間違っています。
量子学の世界に入ると、ニュートン力学が意味をなさないように、理論で説明がつくのは、ある次元までの限られた範囲です。
この世は、説明がつくもの、説明がつくけど今の人間では無理なもの、理論で説明がつかなないもの、が入り混じっています。
この現実を踏まえずに、例えば「科学で証明できないものはウソだ」という風潮があるのはとても危険です。ハナから科学的証明なんて絶対にできない分野が存在するのです。
例えば、この宇宙の仕組みを理解していくときにも、ある段階までは論理の先導で理解していくことができます。
ただ、論理がリードできるのは、そこまで。それ以上先の世界を、論理がリードして、理解していくことは不可能です。感覚や体感というもののリードで、その先は理解していくしかありません。
こんな話もまた、理論で説明することが難しく、ギリギリまで理論を考えた経験、それ以上進めなかった経験、その先を感覚でつかめた経験などを体感していくしかないのです。
そもそもですが、すべてのことに当てはまるのは、「理論でわかったということは、理解の第1ステップに過ぎない」ということです。本当に理解するということは、なにごとも、「経験して体感する」以外にないのです。
そういう意味では、単純に「理解する」という言葉すら、論理なんて、きっかけ程度の役にしかたたない訳です。
論理や理屈をこね回しすぎて、穴に入り込んでいるような人をたまに見かけます。そんな時間があったら、体験した方が早いですし、体験していないことは、理解できてないとイコールですので、早くその事実に気付いた方が良いと思います。
私たちは、地球に考え事をするために来たんではありません。体験をするために来たのです。
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