10月10日 ジンを空ける
アラヴェルディから1時間ちょっとのヴァナゾルという街。
バスを降りて、植物が植えられベンチも置かれた中央分離帯もある広々とした道路のドンツキには四階建てのいかにも市役所という感じの市役所がある。その前は小学校のプールよりも広い噴水のある、広々としたロータリーのようなT字路で、反対側まで渡るのもぐるりと回って行かねばならない。ここを中心に建物も人も集まっているが、何せ広々としていてガランドウのような街。
夕方。市役所の横のレストランで食事をとる。タブレとトルマというアルメニア料理を注文。19時。噴水が赤や青にライトアップされ、中央ロータリーに面した建物の外枠や窓枠につけられた電球が点き、よりガランとした感じが際立ち、この街に似合っている。
食事を終え、なんとか見つけた酒飲み屋。車の部品でも販売しているのかと勘違いしてしまうたたずまい。中にはいると、壁は全面緑色、中国っぽ装飾品がぶら下がっているが、モナリザの絵も掛けてある。カウンターのなかにビールサーバーのハンドルが3つある。左側にカーテンで仕切られた半個室が3席。そして、中からガヤガヤと声が聞こえる完全個室の部屋が一つ。
その個室の扉が横開きで開いたら、モクモクと立ち上るたばこの煙。それが消えると、真緑の壁と、男3人と女2人が、マフィアの会議でもしているのかという雰囲気で酒を飲んでいた。
一番奥の席にジージャンを着てドシッと構えているのが、アレン。「俺は軍隊にいてな、この前までナゴルノカラバフにいたんだぜ」と、AK銃を撃つジェスチャーを交え、軍隊の手帳まで広げて見せてくれる。翻訳機を使いたがらず、何をいっているかわからないけれども、良きにはからってくれるおじさんがレボン。サミュエルジャクソンをまろやかにした感じで、グラスがあけば嬉しそうに注いでくれるのがサミュエル。そして、ここのお店のボスと、ボスのボスだという大きな女の人ら。
テーブルの上には、いつくかの料理とビールと、ジンのボトルとショットグラス置かれていた。ジンで乾杯する。乾杯はアルメニア語で「ウラクチュン」とか言うらしい。そのグラスが開いたらまたジンが注がれウラクチュンする。盛り上がる。声がとにかく大きい。またジンでウラクチュンする。古風で陽気な音楽に乗って踊り出す。ボスと踊るとボスは前歯がなかった。踊りが一段落するとまたジンでウラクチュンする。サミュエルがマリファナを吸う。私にも吸わせたがる。ボスのボスが制止する。レボンが普通にジンを飲むのでは飽き足らず、肘にグラスを乗せて飲んでみたり、アゴにグラスを乗せて手を使わず飲んでみたり、ちょうど良い宴会芸を披露する。そうやってジンのボトルが開いたころ、お開きとなった。
アレンが帰るぞというから、一緒に店を出る。アレンは私以上に酔っ払っている。市役所の前のロータリーあたりで、「ブラザー、ブラザー」と虚ろな目つきで何度もいう。そしてスマホの翻訳アプリで文字を打ち込んで見せてくる。「誰があなたを殺しますか?」と表示されている。軍人が何を言っているの?という顔をするともう一度スマホをとって、今度は「ネギを切るのは誰ですか?」と書いてあった。
危なそうなアレンから離れて宿へ帰る。すると、野良犬の汚れたシーズーが道行く人に食べ物をねだって、あっちこっちいき、粗雑に追い払われている。シーズーは顔のつくりからそのままで笑っているように見える。蹴られても、ゴミをあさっても、他の犬に吠えられても、笑っているように見える。そしてまたトコトコと次へ行く。