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10月1日 メスティア ワインバーの窓際で

朝、8時20分トビリシの駅から電車でスグディディという街へゆく。14時半に到着。駅前に停まっていた乗り合いバスに乗り、メスティアを目指す。メスティアはコーカサス山脈の標高1500mにある2000人ほどの町で、ジョージア人とは言葉も文化も異なるスヴァン人が住み、独自の文化を守っているのだそう。くねくね道を4時間登り、18時半にようやく到着した。

山の斜面に作られた小さな町で、1000年前に建てられたという見張りの塔がいくつも立っていた。町は大雨で寒さが遙か下方から這い上がってくるよう。吐く息が真っ白だった。

雨よけのポンチョをかぶり、宿を取り、晩ご飯を食べに出かける。町の中心には観光客向けのおしゃれなレストランが点在している。どこの店も一杯で入ることができない。雨に濡れ白い息を吐きながら入れる店を探す。通り面したお店の窓は温度差で曇り、窓の向こうではカップルや家族がテーブルに温かな料理とワインボトルを置いて、グラスを回しながら楽しげに話している。私は妬むことも忘れ、次の窓ではどんな人たちが飲んでいるのだろうかと絵画でも見るかのように楽しみに雨の町を歩く。4軒目でようやく開いているレストランに入れた。

このレストランはログハウスのような造りで、入り口のすぐとなりには軒下にぶら下げられたcoffeの看板がオレンジに光り可愛かった。窓際で飲んでいたのは日本人のカップルだった。

お互い少し驚いて会釈だけ交わす。私は彼らの三つ隣りの席に案内され、赤のドライワインをグラスとヒンカリとビーフシチューみたいな郷土料理をもらい、ポメラという小さいワープロを開いて、日記を書いたりしていた。

3つ隣の席の日本人のカップルは二人ともすらっとしていて、黒髪で、落ち着いた大人の雰囲気。いかにも仕事ができるという感じで、お似合いだった。歳は私より少し下の30前半といったところか。女性の左手の薬指には指輪がキラキラしていた。シルバーの指輪ではないようだから婚約指輪かもしれない。男性はそこまで酔ってなさそうだったけれども、女性の方は赤くなって愉快に話していた。テーブルには赤のボトルと白のボトルが置いてあり、今は赤を飲んでいた。

1時間くらい時間がすぎて、その3つ隣の席から会話が聞こえてきた。
「一生に一度くらいは、大好きな友達に囲まれてチヤホヤされてみたいのよ。別に大きい式じゃなくていいから。」
「800万?そんなにはいらないわよ。青山とか表参道じゃなくてもいいし、300万くらいで」
「ハワイ旅行も諦めるから」
「ちょっとこれ見て、友達の式なんだけど、これすごく素敵でしょ」

という彼女の会話に彼は相づちを一つ一つ打ちながら、2度「それは前向きに検討しよう」と言った。その物言いは、結婚式にあまり乗り気ではないながらも彼女の結婚式への憧れを愛おしく思って、丁寧にくみ取っている様子だった。

しばらくして、彼らのワインが赤から白に変わった頃、「子どもは3人ほしいかな」と彼の方が言い出した。彼女は「3人!?」と少し驚いたようだったけれども、幸せを押さえ込みながら「いいわね」といい、その後も会話は続いていった。

メスティアという素朴な町の、小さなワインバーの窓際での会話である。

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