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見知らぬ街の喫茶店

先日、友人のアート個展を母と見に行く予定があった。15時に会場到着予定だったが、その前に時間ができたので会場に向かいがてらどこかでお茶しようということに。

駅から会場までの道を歩いていると、小さな喫茶店があった。
古そうな外観。店の前の看板には珈琲が何種類かとチーズケーキの文字。値段も普通だ。
小さな窓から覗いてみるとマスターらしき中年男性と常連らしき中年女性が椅子に座って話していた。
常連さんしか来ないんじゃないか…正直入るのを少しためらったが、土地勘のない街。ほかにお店もなさそう。
母をチラッと見ると頷いていた。腹を決めて恐る恐る、なぜか中腰になりながらドアを押した。

思いのほかマスターが気さくに歓迎してくれて、窓側のテーブル席に座った。
「タバコは吸いますか?」と聞かれ、咄嗟に笑顔で「いえ大丈夫です」と答えた。反射で答えてしまったけど、たしかに店内が少したばこ臭い。
今時珍しくたばこOKのお店のようだ。

メニュー表とは別にテーブルの上には手書きで「限定パンナコッタ」と書かれた紙があった。
私たちはブレンド珈琲とチーズケーキを注文。

注文が入るとマスターがカウンターの中で珈琲を豆から淹れてくれる。
すぐに珈琲とチーズケーキが運ばれてきた。
珈琲カップには少し濃いめの色をした良い香りの珈琲。モダンで綺麗なデザインのお皿の上にはレアチーズケーキかと思われる白色のチーズケーキ。ケーキの上に生のブルーベリー2つ飾られていた。

珈琲を一口飲んで、カップを置く。ふーっと一息ついたけど「ん?待てよ…」と思ってもう一口飲む。
なんだか分かんないけれど、この珈琲、異様に美味しい気がする。
私は正直、珈琲の味とか分からない。どの珈琲を飲んでも美味しいと感じるような平凡な味覚の持ち主だ。
けれど、この珈琲はなんだかとても美味しい。どこがどう美味しいのか全然分からないし表現もできないけれど、できることなら毎日この珈琲を飲みたいと思うほどに美味しい。「安心感」「愛情」「温かみ」そんなような目に見えないものを飲んでいるような。

向かいに座っている母も「珈琲すっごく美味しいね」と言っている。
普段どこかのカフェで珈琲を飲んでも、珈琲の感想をわざわざ言うことのない私たち。正直どこで飲んでも同じ味と思ってしまう舌を持っているからだ。でもこの珈琲は確かに美味しい。

ふと、昔何かで読んだか聞いたか、そういうドラマのワンシーンを観たか定かではない記憶を思い出した。

『珈琲を淹れる人によって同じ珈琲豆でも味が変わる』

もしかしたら本当にそうなのではないかと確信してしまうほどの珈琲とマスターに出会ってしまった。

「美味しいねー」「素敵な喫茶店だね」なんて話しながら珈琲とチーズケーキを楽しんでいると、窓の外には喫茶店の看板を見ながらお店に入ろうか迷っているちょっと前の私たちと同じような挙動のご夫婦が。
店内の様子を伺って窓際に座っている私たちを見るなりお店のドアが開く。
わかる。すごくわかる。初めて入るお店では中にお客さんが見えると安心するよね。

その後も2組ほど同じように店内に入ってきてあっという間に満席に。
たばこを吸うお客さんには灰皿を出してくれるようだ。


友人があの街で個展を開かなければ一生入っていないであろう喫茶店。
縁もゆかりもないアートの世界に関わる機会をくれた友人が、縁もゆかりもない珈琲の世界にも連れて行ってくれた。





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