「みんなを遊ばせる仕事してます」というメッセージを辞めます!!
2023年ももうすぐ10月。僕が遊び学者と名乗り始めてたぶんちょうど2年が経とうとしてる頃だと思います。
これまで一貫して自分の仕事を言い表す時「みんなを遊ばせる仕事をしてます!」と言ってきました。
でも最近この言葉に違和感を持つようになってきました。
気になってるのは「遊ばせる」というフレーズ。僕が一生懸命にみんなを遊ばせるとその先の未来に何が生まれるのか?
遊び学者原田光に遊ばせて欲しい人が増えるだけではないのか?
テーマパークやゲームに遊ばせてもらってるのが、遊び学者に変わっただけで、その「遊ばせてもらう」という受動的な姿勢は変わらないんじゃないのか?
それって「色んなゲームが欲しい!」「テーマパークが近くで安くであればいいのに」「誰かうちの子と遊んでくれる人いないかな」「なんか面白いことに誘ってくれないかな」そうゆうことだよね。これって遊び心あるかな?
遊びに価値を感じて、日常に遊びが必要だと感じて、自ら暮らしに遊びを増やそうとしている人の所作は恐らくこんなんではないと思う。
昨年ビッグイベントとして遊びの祭典DEPOPICを開催した頃から感じていた違和感。終わったあとの記事にも確かそれっぽいことを書いてました。
つまり、僕が目指しているのは原田光というパフォーマーが「みんなを遊ばせてあげること」ではないんですよね。
みんなが遊べる世の中を作ること
遊び心をもって毎日楽しく生きていける世の中を作ること
たぶんそこなんだと思います。
その為には僕がいつまでも「みんなを遊ばせる仕事してます」って言ってたらダメですよね。
僕の仕事はみんなが遊べる世の中を作ることです。
あれ?政治家みたいになってない?
で?何してんの?みたいにならないかな?
てか、みんなを遊ばせる仕事も十分「で?何してんの?」案件ですけどね。
そんなんどうでもいいからともかくやれよ。
これが正解ですね。ゴメンナサイ。
10月は登壇、出演の依頼が過去イチ来てますが、同時に楽しいこともやっていきますんで!お楽しみに!
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