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世界の裏側 2024/06/06 -2
本当はそっちが表側なのに、ずっと裏側だと思ってきていた。というかそもそも裏も表もないというのがこの世界だと思うが、それはその視点から見たらそうであるということであって、つまり世界はどこからどう見ているかによってその顕れを変えるものであるということらしい。
らしい、と書いたがこれは紛れもない真実で、この世界はそういうふうにできている。みんな本当の本当はそのことを知っていて、知っているからこそ、すっかり忘れさって、今ここにある世界が真実だと疑わないようになっている。つまりはそれもまた、この世界の仕組みであるということだ。
All roads lead to rome. つまり、どんな話も見方も視点も、必ずどこかで重なったり繋がったり、または独立したままで、この諺で表されているところの "Roma" にたどり着く。ある山に登ることにしたとして、そこにたくさんのルートがあるのも同じことだ。違うところを指摘するとすれば、実際の世界は、2次元ではなく多次元であること。1層ではなく、多層的に、何なら無尽蔵の方向からその層を観察することができて、それが同時に起こっているのがこの世界の仕組みだ。だから世界は粒で出来ており、カオスであり、そこに秩序が生まれるとコスモスになるのだ。
何を書いているのか分からない人もいるかもしれない。わたしも数年前まではわからなかった。わからなかったというか、自分の中で世界が繋がらなかった。見えているもの、掴めるもの/掴んだもの、触れられることができたものは全て断片でしかなく、その断片も繋がりが全く見えないものに過ぎなかった。だから、そのままにして集め続けた。わかって集めていたのでは無いものもある。だけど、その欠片たちは、必ずキラリと光っていて、自ずとわたしの中に入ってきてくれた。
世界はきっと、そういうふうにできている。3次元の意識をもってわたし(たち)がわかると思っていることなんて、この世界の何分の1にも満たない。でも、世界には裏側がある。些か乱暴であるが分かりやすいように思うのでこの言葉で紹介してみると、見える世界と見えない世界がある、ということだ。
その世界は、なんと意図の世界で、その糸の編まれ方を知ると自分の糸の編み方の何たるかがわかって、その何たるかがわかると現実の世界をいとも簡単に変えることができるのだ。それが現実創造の仕組みで、世界の裏側に触れることで、それはそもそも自分の内側にあったと知ること。
わたしが認識している世界の仕組みを分かち合う時間をもてることを、そしてそれがこの世界の主流になっていくまさにこのときに体験をしながら進んでいけることを、心から幸せに思っている。
2024/06/06 -2 (140/366)
本日よりはじまります。
終わりへ向かって。
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