Junya Shuto

大好きな本のことを書いていきます。

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    ノンフィクション書評サイトHONZ(2011−2024)のアーカイブ

最近の記事

『再生』加害者を赦せるか

読み終えたあとも、まだ消化できないものが残っている。こと読書では、これはマイナス評価ではない。たやすく消化できるものばかりが良い本とは限らないからだ。 この本の消化しづらい感じをどう説明すればいいだろう。とても大切なことが書かれているのに、それを著者と同じように理解するのは難しい、とでも言えばいいか。あるいはもっとわかりやすくするなら、次のような問いに言い換えることもできるかもしれない。 〈愛する人が傷つけられたとき、加害者を赦すことができるか〉 著者は「西鉄バスジャッ

    • 『評伝クリスチャン・ラッセン』なぜ日本で人気なのか

      まだ学生だった頃の話である。その日、山手線のある駅で待ちぼうけを食っていた。ふと周りをみるとギャラリーがある。ガラス張りで見通しがきくし、これなら待ち人と行き違うこともなさそうだ。それに暇つぶしに絵画鑑賞なんてしゃれてるじゃないか。そう考えて足を踏み入れたのが間違いだった。 入ると、若い女性が満面の笑みで寄ってきて絵の説明をはじめた。熱心だなと好印象を抱いたが、途中からやけにボディタッチが多いのが気になった。そのうち話がおかしな方向に向かっていることに気づいた。彼女は作品の

      • 『本屋のない人生なんて』本屋だからできることがある

        近所に夜中まで開いている小さな本屋がある。開いているといっても、頑張って遅くまで営業しているという感じではない。店先に並べられた雑誌はかろうじて最新号だが、棚にある書籍は、すべて背表紙が日に焼けて色褪せている。そして店の奥では、本の山に寄りかかるように、おじいさんがひとり眠っているのである。 終電近い時間に前を通ることが多いが、老店主はいつも眠っている。客の姿も見たことがない。まるで時が止まっているかのようだ。書店が危機に瀕しているというニュースを目にするたびに、くたびれた

        • 『トヨタ 中国の怪物』トヨタの中国進出と創業家世襲に秘められた歴史

          一見関係のないものを掛け合わせると、思いもよらない新しいものが生まれることがある。本書は「中国現代史」と「トヨタ創業家の歴史」を組み合わせることで、これまでにない角度からトヨタの核心部分を描くことに成功している。 異質なものを掛け合わせるには触媒が必要だが、本書では、ひとりの男性がその役割を務める。男の名は、服部悦雄。”低迷していたトヨタの中国市場を大転換させた立役者”であり、”トヨタを世界一にした元社長、奥田碩を誰よりも知る男”であり、”創業家の御曹司、豊田章男を社長にし

        『再生』加害者を赦せるか

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          『劇的再建』新しい「希望の物語」を提示する一冊

          熱量の高い一冊だ。読みながらなんども胸が熱くなった。だがこの熱は、著者が抱く強い危機感から発せられたものでもある。 著者は大阪市の中小企業支援拠点「大阪産業創造館」に創業メンバーとして参画しつつ、ビジネス情報誌「Bplatz」初代編集長として多くの経営者を取材してきた経歴を持つ。なぜ、資源もない島国の日本が経済大国になれたのか。この事実がかねてより著者には謎だった。取材を重ねるうちに著者は、日本の競争力の源泉は、長寿企業が数多く存在していることにあるのではないかと気づく。

          『劇的再建』新しい「希望の物語」を提示する一冊

          『虎の血』岸一郎って、誰やねん?

          プロ野球がキャンプインし、いよいよ開幕がみえてきた。そんな心躍るタイミングで、抜群に面白いスポーツノンフィクションが出版された。 昨年のプロ野球は、阪神タイガースの38年ぶりの日本一で盛り上がった。優勝を意味する隠語である岡田彰布監督の「アレ」は、「A.R.E.」というチームスローガンになり、年末の新語・流行語大賞にも選ばれた。大阪の街は虎一色に染まり、優勝記念セールに客が押し寄せた。 熱狂ぶりを目の当たりにして、やはり阪神タイガースは特別なチームなのだと思った。通常モー

          『虎の血』岸一郎って、誰やねん?

          『狼煙を見よ』東アジア反日武装戦線とは何だったのか

          警視庁を担当する記者からの一報に驚いた。 「『東アジア反日武装戦線』のメンバー身柄確保との情報」 1974年から75年にかけて起きた連続企業爆破事件に関わった東アジア反日武装戦線のメンバーで重要指名手配犯の桐島聡(70)とみられる男が、警視庁に身柄を確保された。男は末期がんで、別の名前で鎌倉の病院に入院していたが、「桐島聡です」と名乗り出たという。本人と確認されれば、半世紀近く逃亡生活を送っていたことになる。 ところが、その3日後に男は死亡してしまった。「最期は本名で迎

          『狼煙を見よ』東アジア反日武装戦線とは何だったのか

          『隆明だもの』父親は「戦後最大の思想家」

          全集は月報が面白い。月報とは、全集の各巻が刊行されるごとに差しはさまれる小冊子のこと。ようするに附録である。著者ゆかりの人物がエッセイでとっておきのエピソードを明かしていたり、著者の素顔について語られた座談会があったり、附録とはいえ内容は充実している。文学研究者のあいだでも、月報は作家の人となりを知ることができる貴重な資料とされる。講談社文芸文庫には月報だけを集めたラインナップもあるほどだ。 本書は『吉本隆明全集』(晶文社)の月報の連載をもとにしている。著者は吉本家の長女で

          『隆明だもの』父親は「戦後最大の思想家」

          『五輪汚職』巨大イベントの裏で行われていたこと

          「東京五輪の招致は、僕でなければできなかった」 東京五輪・パラリンピックが閉幕して1年後の2022年7月、男は若い記者にそう胸を張った。男の名は高橋治之。世界的な広告会社「電通」で専務まで務めた後、コンサルタント会社代表に転じ、東京招致委員会では「スペシャルアドバイザー」の肩書を持っていた。「スポーツビジネスの第一人者」との呼び声も高い人物だ。 「まず僕が数社へトップ外交を仕掛けた。その後に電通がほかのスポンサーを集めていった。大成功だった」 自慢話は止まらない。自身が

          『五輪汚職』巨大イベントの裏で行われていたこと

          『八ヶ岳南麓から』山暮らしのリアル

          これまでたくさんの本やエッセイを書いてきた著者だが、意外にもプライベートな暮らしについては、ほとんど書いたことがないという。本書はここ20年余りの二拠点生活について書かれた一冊だ。 著者は50代で八ヶ岳南麓に土地を買った。八ヶ岳には東麓と西麓もあるが(北側は霧ヶ峰へと続くため北麓はない)、東麓には夕陽がなく、西麓には朝日がない。一方、八ヶ岳南麓は年間日照時間が全国1、2位を争うほど日当たりが良いうえに、掘れば水が出ると言われるほど伏流水が豊かな土地だ。 そもそもは、定住し

          『八ヶ岳南麓から』山暮らしのリアル

          『あのとき売った本、売れた本』永遠に読んでいたい「本屋の裏話」

          人生でもっとも長いおつきあいの書店は、紀伊國屋書店新宿本店である。かれこれ35年。つきあいが長くなれば倦怠期だってありそうなものだが、半日滞在しようが、週に何度も通おうが、いまだに飽きることがない。行くたびに発見や刺激があるのだ。こんな素晴らしい場所、他にあるだろうか。 本書は新宿本店で25年間にわたり文学書売り場に立ち続けた名物書店員の回想録である。とにかく楽しい本だ。読んでこれほど多幸感に浸れる本も珍しい。趣味の合う友人と愛読書について夜通しおしゃべりしているような楽し

          『あのとき売った本、売れた本』永遠に読んでいたい「本屋の裏話」

          『n番部屋を燃やし尽くせ』デジタル性犯罪を暴け!

          本書を読み始めてすぐ、これは映画やドラマ化のオファーが殺到するのではないかと思った。映像化された際の宣伝文句はおそらく次のようなものだろう。 「韓国社会を震撼させた『n番部屋事件』。前代未聞のデジタル性犯罪の実態を暴いたのは2人の女子学生だった!」 卑劣な犯罪に立ち向かう女子学生のバディもの。さぞや痛快な物語に仕上がるのではないか。 だが、読み進むうちに考えが変わった。これはなまじの映像化に向くテーマではない。犯罪の内容があまりにひどすぎるからだ。吐き気を催すような鬼畜の

          『n番部屋を燃やし尽くせ』デジタル性犯罪を暴け!

          『怪物に出会った日』敗北が持つ豊かな可能性

          彼の強さを確認するのは容易い。たとえば「井上尚弥 パヤノ」で検索してみよう。それだけで何本もの動画を見つけることができる。 2018年10月7日、横浜アリーナで行われたこの試合は、バンタム級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」の一回戦であるとともに、WBA世界バンタム級タイトルマッチでもあった。 勝負は一瞬でついた。王者の井上尚弥は元世界王者で挑戦者のファンカルロス・パヤノを、ゴングからわずか1分10秒でリングに這わせた。ワンツーの右ストレ

          『怪物に出会った日』敗北が持つ豊かな可能性

          『触法精神障害者』精神障害者の犯罪について考える

          4年前、東京・霞が関の家庭裁判所で、離婚調停のために訪れた女性が男にナイフで切りつけられ殺害された。逮捕された男は米国籍で、亡くなった女性の夫だった。 検察は鑑定留置の結果、責任能力に問題はないと判断し、殺人などの罪で男を起訴、懲役22年を求刑する。一方、弁護側は統合失調症による心神喪失を主張した。2023年10月20日、東京地方裁判所は、妄想や幻聴の影響で責任能力はなかったと判断し、男に無罪判決を言い渡した――。 本書は「医療観察法」をめぐるルポルタージュである。 医療

          『触法精神障害者』精神障害者の犯罪について考える

          『焼き芋とドーナツ』「わたし」でつながる女性史

          初めてフェミニズムに触れたのは10代の頃、上野千鶴子氏の『セクシィ・ギャルの大研究』がきっかけだった。もちろん現在の岩波現代文庫版ではなく光文社のカッパ・サイエンス版で、タイトルだけ見てそそくさとレジに持って行ったのをおぼえている。 ところが読みはじめて面食らった。そこには10代男子が期待していたようなスケベな話は一切なく、むしろこちらのスケベな視線そのものが俎上に載せられ分析されていたからだ。丸裸にされたのはこちらの方だった。 ただ読後感は不思議と清々しかった。その時感

          『焼き芋とドーナツ』「わたし」でつながる女性史

          面白すぎてヤバい!『イーロン・マスク』

          こんなに面白い伝記を読んだのは初めてかもしれない。「面白い」という言葉には、「ワクワクする」「興味深い」「楽しい」「目が離せない」「胸が熱くなる」「笑える」などいろいろなニュアンスが含まれるが、本書にはそのすべてが詰まっている(実際、声をあげて笑った箇所もあった)。間違いなく今年を代表するノンフィクションだ。 イーロン・マスクを知らない人はおそらく少数派だろう。世界有数の起業家として、あるいは世界一の大金持ちとして、彼が次に挑む分野から下世話なゴシップに至るまで、その動向が

          面白すぎてヤバい!『イーロン・マスク』