我が友 スノーボール
豚。
夜の森を駆ける。
豚。
巨大な眼のような月に追われながら。
豚。
その顔に浮かぶのは、まるで人間のような苦悩の表情。
怒り。悲しみ。驚き。そして恥。感情に揺れる心は脳を輝かせ、その輝きに豚の顔は歪む。
この豚は人語を解し、そして話す。本を読み、そして学ぶ。哲学、歴史、科学、数学を学ぶ。貪るように。豚には知性があり、それに伴う理性があった。
だが。
今この時。
それに何の意味があるだろう。
イギリス・ウィリンドン。動物たちが革命を起こし、人間から勝ち取った農場があった。
その名を「動物農場」
彼らの国。彼らの楽園。その場所から豚は追放された。9匹の犬に追い立てられ、無様に、哀れに、豚は逃走した。楽園の外では知性も理性も意味を成さず、彼は1匹の豚に過ぎない。蹄は泥に塗れ、傷つき、後ろ左脚からは出血している。姿の見えない犬の吐息が、耳元で聞こえた。木々は意思を持ったかのようにうねり、彼を導く。
どこへ。
そう考えた瞬間、身体が浮き上がった。道は途絶えていた。重力。落下。回転。加速。豚が斜面を落ちていく。全身に針葉樹の葉と泥をまとって。永遠に続くかと思われた回転は、突然止まった。同時に体から力が抜けていく。終点。我が生の終わり。
これが?
豚は閉じかけた目を必死にこじ開けて月を見た。なんと冷たい美しさなのか。豚は口を必死にこじ開けて叫んだ。友の名を。友だった者の名を。
ナポレオン!
夜の帳が下りて。
ナポレオン!
絶望的なまでに優しい眠り。
なぜだ、ナポレオン…!
おやすみなさい。哀れな豚。
「素晴らしい!」
豚。
手を(彼は自身の前脚をそう呼ぶ。)叩き、大声で笑う。その眼前には粗末な舞台(ステージ)があり、動物の被り物をした囚人たちが怯えた顔つきで立っている。
豚。
その名はナポレオン。人は彼を畏れ、嘲り、敬い、軽蔑し、こう呼ぶ。
「大きな兄弟(ビックブラザー)」
【続く】