『両京十五日』馬伯庸(著)齊藤正高(訳)泊功(訳)
エンタメ超傑作!! 漢詩の世界で大冒険がめちゃくちゃ楽しい。さらに、バカがいないので展開が早く、ピンチに次ぐピンチで息もつかせない。それでいてギャグも多く、結構不意打ちで吹いた。なのにラストは渋い余韻が素晴らしい。万人におすすめ!
お話は明初期、北京から南京への遷都のため、太子である朱瞻基が南京へ赴任するも、いきなり爆破テロ。呉定縁に救われるも下手人扱いされ…と出だしから最高。(ここまで試し読み可能)
味方はおらず、誰が敵かもわからぬ状況で、呉定縁、科挙に受かるも頭が硬すぎて左遷されてる役人于謙、謎の女医蘇荊渓だけを頼りに、なんとか北京を目指す。政敵と白蓮教徒の追手を振り切り、果たして期限までに北京にだどりつけるのか? その距離約1100km!
上級のハラハラドキドキ、頭脳戦は言わずもがななので、それ以外の魅力を語ろう。
まず文章が良い。当然漢字が多い。名前だけでなく、地名、役職、等名詞が聞き慣れないし、日本の漢字を当てずに、ルビだけで訳したりしてるが、これが実に良い。詩情に溢れてる。断頭飯(死刑囚最期の食事)とか、郷勇(志願兵)とか、本当に漢字の素晴らしさが出てる。
粉骨砕身を物理的な意味で使ってるのも笑えた。ひょっとして元々はそうだったのだろうか。
言い回しも慣用句然としており、”虎に追われなきゃ深い谷は跳びこせねえ”とか、”ご利益がなければ早起きはしない”はいつか使ってみたい。
朱瞻基の境遇が酷すぎて笑える。踏んだり蹴ったり、という比喩が生ぬるすぎて使えない程。生きてるが、死体蹴りに近い。皇太子へのこの仕打ち(笑)と暗い笑いが止まらない。
この不敬は延々続き、下巻の葬儀シーンなどは不敬の極地で唖然としちゃったよ。
また、朱瞻基が若干迂闊なのも親近感が湧く。人並みなのだが、周りが賢いので阿呆にみえてしまう。人知れず赤面してたりと、ギャグにもなってるので、一石二鳥のキャラ。
そして全キャラが同様に最高。敵たちも素晴らしく、梁興甫、漢王の顛末には目頭が熱くなった。
構成も素晴らしい。ハラハラドキドキの合間の観光、蘊蓄が、ちゃんと内容の土台になっており、実に無駄がない。運河をゆく中、朱瞻基が物流、経済、人々の生活を心で理解してゆくのが読んでいて爽快。
そして、4人で死線を越え、仲を深めてゆくのも鉄板で最高だし(ほのかなラブロマンスも!)、これこそがラストへの伏線でぐうの音も出ない。若干ネタバレすると、北京で事件が解決しても終わらない。呉定縁、蘇荊渓二人の過去と決着をつけることとなる。
壮大すぎる運河、香炉の誓いとか、もっといろいろ語りたいがきりがないのでやめる。
映画なんて10年以上行ってないが、これが映画化されたら絶対行くほどの傑作だった。不満は地図が付いてない事だけだよ。
ちなみに、どこまで史実なのかが気になる所だが、著者本人があとがきで解説してくれており、非常に助かる。
作中、朱瞻基が、助けてくれた船乗りに対し”後世の史書に書き入れられるだろう”と言っていたのに、書かれてないのが一番ウケた。
ちなみに、馬伯庸は中華アンソロの短編で既読。「始皇帝の休日」がギャグとして至高なので、そちらもオススメ。
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