すがりたい日々
今、読んでいる『宿り木の星』にあったこの文章がなぜか頭に残っている。頭の中で何度もこの言葉を繰り返しながら文章を目で追っていく。
教室がざわついている。
でも一人。
「檸乃(れの)ちゃんまだ、小学4年生なの?なんだか大人びてるね~」
お母さんの友達、いわゆるママ友ってのに何度も言われるこの言葉。
褒め言葉なのか姑息な一声なのかはわからないがとにかくそう言われる。
そうやって大人びているせいか私は一人でいることが多分他の人よりも何倍も多い。他の子に比べておとなしいだけだと思うけど本当に大人びているのだろうか。それとも『おとなしい=大人びている』ということなのだろうか。
本を読んでいると、時々周りが本当にうるさくて集中できない時がある。そういう時は図書室に逃げるようにしている。
でも図書室も2時間目と3時間目の間と昼休みしか開いてないし、開いてても低学年の子でうるさい時があるからそういう時は誰もいない鍵のかかった屋上の扉の前の階段で本を読む。
でもこの前、そこに行ったら誰かがイチャイチャしていて使えなかった。だから仕方なく教室で我慢して読んだ。そうしてるうちに人の声が別に気にならなくなった。
私みたいに一人でいる子はあんまりいない。みんな、誰かと一緒につるんでいる。
私にはもちろんイチャイチャできる人なんていなかったし、気さくに話しかけられる人もいなかった。
これまでは。
「何読んでるの?」
本を読んでいると前の席の子から声をかけられた。手には今日の宿題だった漢字ドリル。前から回ってきたものを後ろに渡す。そのついでに声をかけられた。
「『宿り木の星』っていう本だよ」
「へぇ~どんな話なの?」
初めて話すのに質問攻めにあってすこしだけ戸惑う。
「え、えっと、その、なんか今まで星に興味のなかった主人公の中学生の子が色々あって天文部っていう部活に入ることになるんだけど、そこでその主人公の子が天体の、星の美しさに気づくっていう感じの話かな。ざっくりだけど」
私は漢字ドリルを受け取って言う。
「面白そう!さやか、小説好きで、結構読んでるんだよね」
「さやか...」
もしかして。
「そう。さやか。私の名前」
この子は自分のことを自分の名前で呼ぶタイプなんだな。
私は無意識にそう理解していた。
「私は檸乃。よろしく」
「檸乃!いい名前」
さやかはわかりやすく「はぁ~」と安心した様子で言った。
「席替えしたばっかでどうしようって思ってたけど、檸乃がいるならもう大丈夫そうだね」
それから私とさやかが仲良くなるのに時間はかからなかった。
一緒に帰って、
「今日、3組の子と先生が喧嘩したのって知ってる?」
「え?何それ?そんなのあったの?知らん」
一緒に勉強して、
「すごい!檸乃のおかげでテスト満点だよ!」
「そうね。私のおかげだね」
「ま、まぁさやかの頭がいいっていうのもあるとおもうけど」
「おっ?言ったな~?[こしょこしょこしょこしょ]」
「ハハハッ!やめてやめてwww」
一緒にゲームして。
「オッケーもうこのエリア安全。檸乃左のエリア取って」
「りょーかい」
運動会で一緒に二人三脚して。
「ちょ、さやか速すぎ!」
「檸乃遅いって、合わせて!」
「待て待て待て待ってってwwwうわあ!」
こたつに入ってみかん食べて。
お互いに好きな本とか漫画を読み合って。
そうして二年が過ぎた。六年生になってもこの関係は続く。
そう思っていた。
ある日いつものように一緒に学校から帰っていると突然、さやかに告げられた。
立ち止まったさやかは振り返った私から目を逸らして言う。
「うろたえる」「動揺する」とはこの時のことを指すんだなと私はこのあとで理解した。
そうやってうろたえていた私は
「…え?そ…そうなんだ…そっか...」
と力無く返すことしかできなかった。
あぁ、そっか。
また一人。
また一人になるんだ。
燦然って何て読むのかわからないけど、いい。すごくいい。この物語。『天空の覇者』略して『天覇(テンパ)』とネットで呼ばれているこの作品。何でだろう。上手く言えないけどこの物語にある何かが私の何かを動かそうとしてくるっていうか。その何かは知的好奇心?なのかな?無邪気な心が私の感情を突き動かしてくる。
「檸乃ちゃん!檸乃ちゃん!」
「…?」
私は声のする方を向いた。ああ、確かこの子は。
「裕子(ゆうこ)ちゃん」
私もみんなにならってちゃんと「ちゃん」付けする。でもなんだか赤ちゃんみたいで正直私は気に入っていない。
「話しかけても全然気づかないからびっくりしたよ。大丈夫?」
「ああ…ごめんごめん、ちょっと夢中になってて…」
裕子は周りを眺めて言う。
「また一緒のクラスになったね。けど六年生から一緒なのは檸乃ちゃんだけだよ」
「そっか。男子も同じクラスだった人いないんだ」
興味ないけどそれっぽいことを言っておく。
「そうそう。半分くらいはバラバラになっちゃったからね。まぁ、しょうがないけど」
突如ソールの言葉が頭に浮かんでくる。その念をかき消すかのように裕子が言う。
「檸乃ちゃん、部活なに入る?」
「ああ…私は特に決めてないかな…裕子ちゃんは?」
「私はバスケ部かな。やっぱ運動したいし」
「そっか...」
チャイムが鳴ってみんなが席に戻る。私は大体自分の席にいるからいちいち動かなくて済むことが多い。
朝のホームルームが始まる。大抵は先生の長々とした話。「1年生になってまだまだ慣れないと思うけど中学生としての自覚を―」みたいな。細かい内容は違うけど大体同じことを何回も言われている気がするのは私だけだろうか?
部活か。
先生の声をBGMにして考えていた。
文学部?文芸部だっけ?小説が好きだからそういうのがあるといいんだけどなぜかこの学校にはない。それ以外に入りたい部活なんてないからまぁいいかな、私は。本読も。
視線を本に移す。
あくる日。
裕子と一緒に帰ろうかと思った。
やっぱりたまには誰かと話したいし。放課中もずっと一人だし。
そう思って私は右後ろの机で帰る準備をしている裕子に話しかけようとした。
「ゆ――」
「ゆうこ~~~」
裕子ちゃんが教室の後ろの引き戸から入ってきた子に話しかけられる。
私の言葉は切断されてしまった。
「今日遊ばない?」
裕子の友達だろうか?
三人でどこかに行ってしまう。
多分、二人はバスケ部の子。
そっか。
帰りのホームルームで先生が話す。
「今日で一年生も終わり。みんなはもう二年生だ。みんな、二年生としての自覚をもって部活や勉強を頑張るように。それじゃあ挨拶。最後だから元気よく頼むぞ」
一人。
帰りのホームルームで先生が話す。
「これからみんなはいよいよ三年生だ。三年生は学校の顔だし、受験もいよいよ始まる。気を引き締めて…………」
今日も一人。
あくる日。
「それじゃあ、帰る前に教卓に志望校の紙を置いて帰るように」
さようならの形式的な挨拶をした後、私は教卓に紙を出しに行く。
ここから近すぎず遠すぎない通いやすい高校にした。見知った人がいるのも気まずいし遠すぎて行くのが面倒臭さいのも嫌だったから。
そして今日も一人で帰...
「か...風間さん!」
ん?
廊下にでた直後、三つ編みの女の子に話しかけられる。
「そ…その…風間さんもA高校に行くの?」
「え…う…うん」
「あ。いや、その、ごめんちょっと見えちゃって…」
『風間さんも』ということは…
「伊藤さんも同じなんだ…」
「そう!てゆうか塾一緒だよね?」
「え?そうだったっけ?」
「今日、一緒に行かない?」
一人じゃ……なくなる…
もう一人じゃ……ない…
「いいよ!行こ行こ!」
「ここのクレープ知ってる?めっちゃおいしいんだよ!」
「え?おいしい!すごい檸乃よく知ってるね!」
「檸乃、ここの問題わかんないんだけど」
「え?ああこれは…」
「さきは将来何になりたいとかあんの?今日の小論でそれでたじゃん?」
「あぁ、う~ん。弁護士、かな?」
「おぉ~すごい。エリートじゃん」
「檸乃は?」
「私はまだ考え中。小論はテキトーに書いといた。模試だしまぁ私小論使わないし」
「さき、ペンケース忘れてたよ」
「え?あぁ~、ありがとう!今ちょうど探してたんだ!」
「ふふっ…もう気を付けてよね」
「…檸乃」
「ん?」
「一緒に合格しようね」
「もちろん。私たちなら余裕でしょ」
雨が降っている。今日は合格発表日。
さきとは一緒に、来ていない。
万が一の気まずい雰囲気を、つまりどちらかが落ちたとき面倒だからお互い気を遣って一緒に行かなかったという理由と、
さきがあまりできなかったと落ち込んでいたことが原因だ。
少し遅めに来たが既にたくさんの人だかりができていた。
何とか傘をさしているせいで余計入りにくい。雨の中、なんとか人混みをかき分けて掲示板までたどり着く。なんでこの期におよんでまだ紙で発表するんだろうか。
そんなことを思いながらも内心私はドキドキしていた。心臓の鼓動が早まる。
「ええっと…」
私の番号は…
…………..
「あ」
………….あった。
あった…!!
え、やった!
正直手ごたえはあったけど不安は不安だった。けど良かった。受かっていた。私はちゃんとスマホで証拠を撮影をしてから人混みを抜ける。
あ。
少し遠くにさきがいる。
さきはどうだったんだろう。そう思って近づいて話しかけようとした。
でもさきの顔が見えてしまった。
見えてしまったらとてもそんなことはできなかった。
泣いていた。
肩をひくひくさせて、他人に目もくれずただただ泣いていた。
落ちたんだ。
私でなくともそれは見ればわかった。
私は踵を返して最寄り駅に向かう。
私がさきを励ましたところで何の励ましにもならないだろう。
雨の音がさっきよりも強まった気がする。
傘と雨の衝突音が耳の中に入ってくる。
私の眼は死んでいた。
走る電車の中、私は思わずため息をつく。
また一人。
なんで。
なんで。
女ねぇ…男性にとってそんなに女とは素晴らしいものなのだろうか。『地の国』162ページ。この物語は私にとってはすこしイマイチな感じがしたが、それでも一定の評価はあるから単に私がまだその面白さに気付けていないだけなんだろう。とはいえ、文体が独特でその文体に引き込まれている私がいることも否めない。となるともしかしたら私はすでに『地の国』の虜になっているのかもしれない。
「風間さん」
ん?
私は声のする方を見やる。
「これ、日直の日誌。昨日私当番だったから」
ああ。
私は前の黒板を見る。右下の方に私の名前が書かれたマグネットのネームプレートが貼られている。
そういえば今日は日直だった。
「ありがとう」
私は日誌を受け取る。
「それ…」
泉さんは私の手もとを見る。
「ああ、これ?ほら、国語の課題だよ」
「すごい、もう書いたの?しかもそんなに…!」
「結構私、小説が好きでさ。なんか、書いたら止まらなくなっちゃったっていうか...」
「そうなんだ」
泉さんは口に手を当てて何か考えた後、ためらいがちに言う。
「そ…その…私も小説が好きで、も…もしよかったら見てもいい?後で私のも見せるし…あ、嫌だったら別に」
「いいよ」
私は泉さんに原稿を渡す。
どうせ一人なんだ。泉さんもいつか離れてしまうんだろう。もうわかっていた。
わかっていた。
でも、たとえそうだったとしても、一時的な関係だったとしても、私は自分を閉ざしたくなかった。
泉さんは神妙な顔つきで原稿を見ていた。
あれ?
泉さん、息してる?集中しすぎでは?
私は泉さんが読んでいる間『地の国』を読もうと思って分厚い本を開いたが、不思議と集中できない。泉さんがどんな感想を抱くのかが気になって仕方が無かった。
数分経つと泉さんが大きく息を吐いて、伏し目がちにゆっくりとこちらを見る。
「面白い...」
気付けば私の心臓の鼓動が早まっていた。
はや、もう読んだの?
「え?ほんとに?」
「うん。え、これ、え、すごい、こんな設定どうやってって、ほんとにこれ風間さんが書いたのって言うのは失礼か…」
「うん。私が書いた」
やばい(語彙力)。なんか嬉しい。
「いや、ほんとすごい。てかめっちゃいいじゃん!」
泉さんも感動の余り語彙力を失っているみたいだった。
「じ…実はこの他にも趣味で色々書いてて…」
「え?」
何でだろう?初めて会ったのになんていうかそんな気がしないというか…
「よ…よかったら家に見に来る?小説じゃなくてもたくさん映画とかあるし...」
「行く、絶っっ対行く!!」
声が大きくて周りの視線を感じなくもなかったがそんな些末なことは私にとってどうでもよかった。
そうして私たちはすぐに仲良くなった。ここ最近、ストレスを感じることもかなり減ってきた気がする。人間とは単純な生き物なのだと友達ができる度に思わされる。
一緒に出掛けて、
クレープ食べて、
図書館行って、映画見て、ポテトとハンバーガー食べて、本屋さん行って、海行って、水族館行って、カフェ行って…
ゲームして、勉強して、遊んで、本読んで…
楽しくて…..
楽しくて、今度こそもう一人にならないって思って…
大学もたまたま同じところ志望してたから、一緒に頑張ろうってなった。
大丈夫。楽勝だよ。
二人なら。
私たちなら。
そうして迎えた合格発表日。
やっぱり人が多すぎたけど雨は降っていなかったからまだまし。
もうすぐ発表の時間だ。
「あぁー!もうだめかもぉ!檸乃私もうだめかもぉ!」
「だ…大丈夫だよ舞、だいじょうぶだよ」
「いや、ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん。てかあんた足ふるえてない?」
「いや、ちょっと緊張して…」
「へぇ。檸乃が緊張か…珍しい…」
「もう!見に行こう!」
「え?ちょっ…ちょっと待ってよ!…心の準備が!」
私は舞の手を握って走る。
番号を探す。
927,927…..927…..
あ。あった。
「あった!!檸乃は?」
「あった」
「うおーー!やった!やったね檸乃!」
「うん!」
気付けば私たちは手を握ってぴょんぴょんジャンプしていた。まるで子供のように。
周りに落ちた人はたくさんいるのに。さきのように泣いている人もたくさんいるだろうに。構わず跳ねていた。
でも、でもこれで本当に…もう一人じゃない。
舞がいる。舞が傍にいてくれる。
「ええー谷山–志村予想というのは円の三角関数による一意化が楕円曲線とモジュラー関数についても同じように…」
私は舞の方を見る。よだれを垂らして寝ている。
なんというか、ほほえましい光景だ。
私たちは大学生になってからより多くの時間を一緒に過ごすようになった。というかルームシェアのできる所に2人で住んでいたから、毎日ほとんど一緒にいることになる。
講義を受けて、
「檸乃頼みますテストの問題教えてくださいー」
「いや知らないよ。そんなの私もわかんないよ。てかあんたまた寝てたでしょ」
「え?ね……寝てないしぃ~」
「ふっ、なら証拠の写真待ち受けにするわ」
「な……!撮ったの?卑怯者っ!てか待ち受けにするのだけはやめて」
カラオケに行って、
「え、やばやっぱ檸乃歌上手いって」
「そう?まぁ知ってたけど。歌手にでもなろうかな」
「歌手か……歌って踊れる……」
「アイドルにはならないからね」
図書館に行って、
「歯車めっちゃいいよね!」
「え、あれ私めっちゃ眠たくなったんだけど。朗読音声聞いてて気づいたら寝てた」
「それ読む人の声がいい声だからでしょ」
「今度読んでみるよ。あと、檸乃の書いたやつ見たよ。やっぱおもろいね。でもほら。あのシーンってさ……」
キャンプ行って、星見て、
「舞見て。あれ、子犬座らしいよ」
「え?なんでわかんの?」
「ほら、あの二つの星つないでさ」
「いや、どうやったら子犬に見えるんだよ」
遊んで、
「はははっ!なにこれ面白!」
「いや、何このゲーム?」
「完全にバカゲーじゃん!」
笑って…
笑って………
電話をかけようとしてやめる。
携帯を軽く投げる。
深いため息をつく。
何も見たくない。目を腕で隠す。なんでこうなってしまうんだろう。
舞は...
舞は心を傷めてしまった。
大学を卒業してから私たちは離れた。
勿論喧嘩をしたわけではなく、お互いの職場が住んでいるところから少し遠くなってしまったのが理由だ。
親友でいることは変わりなかったし、卒業してもしばらくは頻繁に会っていた。
でも、舞の職場がかなりブラックだったらしく、しだいに会話のほとんどが舞の愚痴で終わるようになっていった。
いや、それだけならまだよかった。
舞は他人を傷つける発言をするようになっていった。あんなに優しかった舞がここまで変わってしまうとは想像ができなかった。私は何度も舞にその仕事を辞めるように促すと舞は
「あんたになにがわかんのよ。てかそれ何回も言ってきてるよね?自分がいい職場にいるからってさ。その助けてあげるみたいなのやめてくれない?腹立つから」
と返してきた。
そしてその数日後。舞が壊れた。自傷行為により数か月の入院。加えて、舞の居た会社は舞ではない誰かの内部告発により炎上、倒産を余儀なくされた。
やっぱり。一人だ。
あの時わかっていたはずだった。というか、ずっとわかっていたはずだった。舞との関係が長くは続かないことを。そして、実際にそうなった。
なんで。
なんで。
朝の目覚ましに起こされる。昨日コンビニで買ったものを口にぼそぼそと入れる。職場に行く。私は今、出版会社の広告の仕事を担当している。パソコンの光る画面と向き合いキーを叩き他人との円滑なコミュニケーションを図り、果てしない業務の一部が終了する。家に帰って自分でつくった料理を一人で食べる。味は確かにするが素直においしいと言えない。
一人だから。
大学生の時、舞はいつも私が作った料理を「おいしい」と言ってくれた。嘘偽りのない本心の言葉。舞の顔を見るとなぜか私も嬉しくなった。
寝る前に携帯を見る。気付けば通知を確認している。まるで機械のように確認作業を行っている。寝る前、起きた後、休み時間。来ないとわかっているのに。それでも期待してしまう。画面を開くまでの間という短い時間にどうしても期待してしまう。
日々が過ぎていく。
私はずっと一人。
夜中、何となくつけたテレビから嫌でも声が聞こえてくる。
すぐに消す。
沈黙が流れる。
時計の針の音だけが聞こえる。まるで時間を刻むように時計の針は音を立てている。
一人。
私は独り。
テーブルには缶ビールが並んでいた。いつまで経ってもそんなにおいしいとは思えない。でもつまみがその分美味しくなる。あともう酔いたい。酔ってしまいたい。
あれ?なんか目が潤んできた。
テーブルに伏す。
なんで。
頬が涙をつたう。
心が涙のあったかさと冷たさでぐちゃぐちゃになる。
涙が止まらない。
なんで。
「なんでみんな、離れていっちゃうんだよぉおーーーーーー!!」
私の悲痛でか弱い叫び声は無慈悲にも何事もなかったかのように部屋の壁に吸収されてしまう。きっと今の私は誰が見ても無様なんだろう。見るに堪えない体たらくをしているんだろう。
それでもやっぱり寂しい。
「ずっと一人はやっぱり…つらいよ…」
手元の画面を見る。
無意識の内に私は見知らぬ人のSNS投稿を上から下へと高速でスクロールしていた。
画面から手から離してまたテーブルに突っ伏す。
もうやめたい。
私もつかれたよ。
「舞……」
…目が覚める。しばらく寝てしまっていたらしい。
寒い。
そのままもう何もせずにベッドに入ってしまおうとしたその時、携帯の画面が光っているのに気付いた。
私は鼻水をティッシュでかんでテーブルを拭いて涙もまたティッシュでぬぐって携帯を見る。コンタクトをいれていないから少しだけ画面がぼやけて見える。
…!舞からだ。
離れていても……舞は……私は……
「ずっとそこにいたんだ……」
数か月後。
「よしっ!舞!じゃあそろそろ行ってくるね!」
「うん。あ、檸乃」
「ん?」
「わ……私も頑張ろうと思う」
「うん。ずっと応援してるっ!」
「うわあぁあ!いたいいたい!締めすぎ締めすぎ、おなか苦しいぃ……」
「あれ?舞まさか太っ―」
「そろそろ遅れちゃうよ檸乃。ほらあと5分で電車来ちゃうよ」
「え⁉やば!カギ閉めといて!行ってきまーす!」
「ふ……ふふっ……」
すがりたい日々 完