エリヴェットと白鳥のドレス
第四章 愛しい家族 ‐後編‐
この場所にはその時、王様とお妃様と王子、それから限られた数人の大臣や召使しかいなかったのですが、不思議なことに、その日のお昼には、光の国の王子がもうすぐ処刑されるかもしれないということを、鏡の国のほとんどの住人たちが知っていました。というのも、鏡の国の烏たちが、王様たちの会話の一部始終を聞いて、皆に広めたのです。この烏たちは本当に鏡でできていて、周りの風景に完全に溶け込むことができるので、誰にも気づかれずに情報を集めては、皆に伝えるのが大好きでした。烏は耳が早いとよく言われるのは、鏡の国の烏たちのせいです。ほら、今このお話を聞いている皆さんのすぐ隣にも、鏡の烏がいるかもしれません。
それはともかく、ちょうどその日エリヴェットは鏡の国を訪れていました。両親からもらった大切な贈り物の手鏡が割れてしまったので、直してもらっていたのです。鏡の国は、エリヴェットが想像していたよりも、どんよりとくすんでしまっていました。空気が濁っている感じがして、道や建物の表面は鈍く膜のようなものが張り、輝きを封じ込められているように見えます。どこか遠くの方で突然大きな悲鳴が聞こえると、鏡が割れる音がして、道端には破片が散らかりました。
そんな大変な状況の中でも、いいえ、そんな大変な状況だからこそ、恋人たちは愛の誓いを立てるものです。エリヴェットの手鏡を直してくれた鏡屋は言いました。
「この村で近々、結婚式を挙げる若い恋人がいるそうでな。花嫁は結婚式で着る婚礼衣裳に、自分だけの特別なものを注文したいらしいのだが、なんでもこの鏡の国には花嫁が気に入るドレスが見つからずに、たいそう困っているのだと」
気がつくと手鏡は新品のようにきれいに直っていて、エリヴェットはお礼を言うと、その若い恋人たちの所へ行きました。
花嫁はとてもしっかりした人で、端麗な顔立ち、正しい姿勢、上品な立ち居振る舞いの女性でした。
「美しい幸せな花嫁様、どうぞこのわたくしに、婚礼衣裳を作らせてくださいませ。貴女様のお気に召すような、すばらしいドレスをきっと仕立てておみせしますわ」
次の日からエリヴェットはまるまる三日間かけて、とても美しい花嫁のドレスと、揃いの新郎のジャケットを作り上げました。
ドレスには布もたくさん使ったのですが、一枚一枚の布の間に、鏡の布を入れることで、ドレスを実際の何倍も豪華に見せることができました。まっすぐに大きく広がる裾と、ぴしっときれいに立った襟のシルエットは、まるで女王様のように堂々とした厳かな美しさがありました。銀色のティアラには雫の形の飾りが揺れ、滑らかに磨き上げた鏡の靴には、一つの傷もありませんでした。
結婚式には村じゅうの人が集まりました。お祝いの最中に黒い霧が立ち込めたり、突然道が割れたりしないようにお祈りしながら、式は小さな教会で行われました。皆は美しいドレスを着た花嫁から目が離せませんでした。式が終わった後、盛大なお祝いの宴が開かれましたが、エリヴェットはそこで、皆が二人の結婚のほかにもう一つ、あることをお祝いしているということに気がつきました。エリヴェットが耳をそばだてていると、あるご婦人方が、
「これでやっと恐ろしい霧から解放されるわね」とか、
「光の国の王子は素顔が見えないように黒い霧をつけて魔術を使っていたそうよ」
「なんて恐ろしいんでしょう!処刑されるのも当然の報いね」
と話しているのが聞こえてきました。エリヴェットはとても驚きました。というのも、三日間ずっと部屋にこもってドレスを仕立てていたエリヴェットは、王子が処刑されるという噂をこの時初めて聞いたのです。
「王子が悪い魔法を?そんなはずはないわ」
と、彼女は心の中でつぶやきました。
宴が終わると、花嫁は美しいドレスのお礼として、エリヴェットに鏡の花のブーケをくれました。それは、どんなことをしても割れないほどに強い特別な鏡でできていて、まっすぐに見ていられないほど明るく輝いていました。その輝きの中には、何か不思議な力が隠れているように見えました。エリヴェットはお礼を言うと、大切な宝物を持って家に帰りました。
仕立屋に帰ってきたエリヴェットは、王子の噂のことを考えていました。毎晩見る夢のことや、その中で流れる子守唄のことも。エリヴェットは王子の素顔を夢の中ですら見たことはありませんでしたが、それでもどうしてか、王子が悪い魔法を使ったりする人ではないと確信していました。そうして、賢いエリヴェットは良い計画を思いつきました。今までで一番美しい白いドレスと、もう一つ、こちらはまた見たことのないほどみすぼらしい、ぼろぼろの服を作り始めたのです。