小寺の論壇:年齢とともに変化した、SNSに対する考え方
知財、IT産業、ネット、放送、買ったもの、ライフハックなど、コデラの気になるところを語ります。
みんな大好きTwitterがイーロン・マスクに買収されたのは2022年10月のことだった。もうずいぶん前だったような気がするが、まだも2年経っていないのだ。
「バカに見つかった」とも揶揄され、肥大化しすぎて完全に自浄作用を失っていたTwitterは、イーロン・マスクの手腕によりかつての輝きを取り戻すかと期待されたが、実際に輝いたのは本社ビルの「X」の看板だけで、近隣から苦情は出るわちゃんと許可は取ってないわで、あっという間に撤収することとなったのも記憶に新しいところである。
これを期にポストTwitterとしてThreadsやBlueSkyが台頭したが、もはやTwitterの次はどれだ的な記事は陳腐化を極め、ほとんど話題にもならなくなった。
そんなTwitterはXとなり、未だ日本では人気のあるSNSだが、その中身はというと、140字のテキストで勝負する世界はすでに過去のものとなり、写真や動画を貼り付けた投稿が主力となっている。競合を意識しすぎるあまり、いつのまにかInstagram化およびThreads化が起こっている。
考えてみれば、パソコン通信にしろ旧mixiにしろ、過去に人気を博したコミュニティは、自分の中で付き合い方の変化が起こる前に、次のプラットフォームが勃興して主役の座を奪われていった。時代の流れ、というヤツである。
Xの奇妙なところは、有力な次のプラットフォームも登場してきているのに、人が移動せず並列で存続してしまっているところにある。時代は、もう流れなくなったということか。
TwitterはXと名前を変えても、やはり魅力あるSNSとしては失速し、その失速を我々はもう10年以上現在進行形で体験し続けている。「SNS」という神通力も賞味期限切れとなり、その付き合い方も変わらざるを得ない状況が起こっている。
■あまりにも人が増えすぎた
Twitterが米国で産声を上げたのは2006年の事で、2007年にはすでに日本でも利用され始めた。Twitterが社会現象と言われ出したのが2008年頃の話で、津田大介がTwitter上で展開したリアルタイムのテキスト実況は、すぐに「tsudaる」として知られるようになる。津田が「Twitter社会論」を書いたのが2009年のことで、Twitterが生んだ最初のスター選手となるまで、2年程度しかかからなかった。
当時Twitterで論客と呼ばれる人達は、みな津田のような影響力というか、ポジションに憧れたはずである。そこはちゃんと文章が読めて書ける人達の自己表現の場であり、ある意味フォロワー数や、著名なフォロワーがついていることで自己顕示欲も満たされるという世界だった。誰ともなく日常をつぶやく一般人と、多くのフォロワーを持つ著名人との間には、簡単に超えられない一線が存在した。
だがときおりその一線を越えて、一般人の意見が著名人に届くという「マジック」が起こったから、大騒ぎとなった。今にして思えばTwitterは、フラットなインターネットの構造や関係を可視化したものでは全然ない。圧倒的なヒエラルキーが存在したが、時にそれを飛び越える奇跡が起こったからこそ、人々はいつか宝くじが当たるかもしれないという幸運を願うことになったに過ぎない。
勢いがあった時代のTwitterには、議論をしてなんらかの合意形成ができるのではないかといった雰囲気があった。かつてのパソコン通信では、そうした実績があったからだ。だが140字でいったん切れ目を入れなければならないという制限と、中途半端にリアルタイムだったことから、議論には不向きなプラットフォームだった。
政治家やタレント、企業が公式アカウントを開設、メディアも情報発信に使うようになるころには、Twitterはネット上の重要プラットフォームとなった。つまり、メディア化したのである。
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