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ウクライナ発NLPデカコーンGrammarlyの知られざる全貌

ウクライナ侵攻のニュースで度々目にする機会が増えたGrammarly。2月28日には2014年から2022年にロシアとベラルーシで得た全ての収益をウクライナの防衛と人道支援のために寄付すると発表して話題になりました。

Grammarlyを知らない方にざっくりとした説明をすると、クラウドベース上の英文の文法・スペル・スタイル等の添削ツールです。僕も2017年からメールや小論文の添削用に無料版を使いはじめ、昨年ついに(まんまと)プレミアムプランに変更しました。

2020年時点のDAUは全世界で3,000万人。2021年末には新たに2億ドルの資金調達を完了し、企業評価額は130億ドルと発表されています。

ウクライナやNLP(自然言語処理技術)を代表する企業Grammarlyの発祥地キエフでの意外な原点だったり、8年間資金調達なしでDAU800万人達成だったり、まだ世に知られていない新プロダクトの話だったり、、

恐らく日本語初公開のエピソードをたくさんまとめてみたので、是非お楽しみください!


Grammarlyとは?

Gramarlyの企業ミッションは、

To improve lives by improving communication.
コミュニケーションを向上させ、生活の質を上げる。

その機能はGoogleやMicrosoftが提供する基本的な文法チェックにとどまらない。例えばメールの文章が受信者にどれくらい好意的で、前向きで、自信を持った印象を与えるかなども計測してくれる。

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その他にも一文が長すぎないか、言葉選びは適切か、表現が重複していないかなど、様々な評価項目を元に文章のフィードバックをくれる事が特徴だ。

Grammarlyの創業者

Grammarlyの創業者はウクライナ出身のMax Lytvyn、Alex Shevchenko、Dmytro Liderの三人だ。

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現在の役職は左からCRO、開発統括、 言語技術統括。(Grammarly公式サイト)

Max Lytvynは十代で(90年代前半)テクノロジーに目覚め、ゼロからコンピューターやラヂオ装置を作ることに熱中した。2000年以降は物作りからテックビジネスに興味を移し、この時期に国際基督教キエフ大学でもう1人の創業者Alex Shevchenkoと出会う。

2000年初頭、ウクライナの学生の間でインターネットが流行り始め、大学の小論文でネット文献を盗用する学生が急増した。しかし大衆の間ではまだまだインターネットが普及していなかったため、学校側はその事に気がついていなかった。2人はこの状況を察知し、Grammarlyの原点となるあるプロダクトを開発する...

Grammarlyの原点

Max LytvynとAlex Shevchenkoは2004年に小論文の盗用を検知するMyDropBox Serviceを開発し、このサービスは2007年までに800以上の大学、約200万人の学生の間に広まった。

しかしサービスを展開する過程で多くの顧客(大学)からある要望を受け、2人はより本質的な課題に向き合うことになる;「なぜ学生達は盗用をするのか」。リサーチと思考の結果、2人は問題の原因を「学生達の言語化作業に対する苦手意識」であると仮定した。この気づきから監視ではなく文章作成のハードルを下げることこそがユーザーが本当に求めている機能であることに気がついた。これがGrammarlyの原点だった。

資金調達なしの8年間

2007年、Max LytvynとAlex Shevchenkoは当時EdTechプラットフォームで世界を牽引していたBlackboardにMyDrobox Serviceを売却した。売却額は明らかにされていないが、創業者は「最小限の金額」と発言している。

2009年にGrammarlyを設立するが、MyDropbox Serviceの売却で得た資金を別にすれば、8年後の2017年に1.1億ドルの資金調達を行うまで一切の外部資金を入れなかった。その間にもユーザー数は右肩上がりに増え続け、資金調達を受けた2017年にはDAUは800万人を記録していた。自己資金のみで一体どうやってこれだけの市場を開拓していったのか、詳しく見ていこう。

目先の利益を追求した1年間

現在のGrammarlyはフリーミアムモデルで知られているが、ローンチ当初はMyDropbox Serviceで構築したキエフの大学ネットワークを顧客対象とした買い切りモデルだった。Max Lytvynは初めの半年から1年間は会社の存続を第一に目先の利益を追求したと語る。会社のミッション、ビジョン、世界にどんなインパクトを与えたいか、さらには本格的なプロダクト開発やマーケティング戦略までも、深く考え始めたのは財政に余裕が生まれてからだという。

2012年までにGrammarlyは数百もの大学と約30万人の学生に愛用されるプロダクトに成長した。あるインタビューで最初の1万人のユーザを獲得する極意を聞かれたが、起業家の最大公約数的な回答しか得られず、インタビュアが困り果てる一幕があった。彼は慎重に言葉を選びながら「自己資金だからこそとても責任感のある成長戦略を取った」と述べた。その話し口からは一か八かの冒険的な戦略は取らず、責任を取れる範疇で定石を打ったという印象を受ける。

そして同年、その後の成長に直結する大きな変化が起きる;一部のユーザがアカデミック以外の用途にGrammarlyを利用し始めたのだ。この需要の変化を受けて、それまで「文法が苦手な学生」と想定していたターゲットを「英語を話す全てのビジネスパーソン」にまで大きく広げた。

ユーザの利便性を徹底的に追求

その後Grammarlyはユーザが感じるあらゆる不便性の改善を試みた。2015年、設立から6年目に晴れてフリーミアムプランを導入。多くのSaaS企業が中長期的なペイバックを念頭に資金を燃やし続ける中、Grammarlyは既に安定化させた財政の元余裕を持ってフリーミアムに移行することに成功した。同年、ChromeとSafariの拡張機能の提供を開始し、この年にDAUは100万人を突破した。

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Grammarlyの成長タイムライン(公式サイト)

その後もGrammarlyは発展を止めない。2016年にはオフラインでも利用できるようにデスクトップ版をリリース。2017年にはiOSとAndroidで利用できるスマホのキーボードに対応するモバイル版をリリース。2018年には組織向けのGrammarly Businessの提供を開始。2019年、フリーミアムプラン提供開始からわずか5年でDAUは20倍の2,000万人を突破した。2020年には3,000万人のDAUを記録し、2021年時点でGrammarly Business(1人あたりの月額約12ドル)は約3,000万のチームに利用されている。

これ程の発展をGrammarlyはサンフランシスコ、ニューヨーク、キエフの3つの拠点に点在する推定社員数800人で実現してきた。その顧客獲得戦略・組織作りにはどんな秘密があるのだろうか。

新しい挑戦を"野心的な"スケジュールで

Leveling UpのポッドキャストでMax Lytvynは顧客獲得の秘訣を問われると、「面白い質問だが、魔法の弾丸は存在しない。」と答えた。その上で「何か良い戦略を見つけたら、それが機能しなくなるまで(限界利益に達するまで)規模を拡大する。そしたら次は何をするのか?新しい戦略を見つけるだけだよ。」と述べた。つまり顧客獲得の秘訣は、このプロセスを実行できる組織を作ることなのだろう。彼はこの理想の組織を「新しい挑戦を"野心的な"スケジュールで実行可能にする組織」だと定義した。そして「難しい挑戦をより瞬間的により上手く取り組む事が出来る組織が、より速く成長を生み出せる」と説明した。

文章添削ツールの市場を開拓し、今や確固たる地位を築いたGrammarly。他にも類似サービスはあるものの、競合と呼べる企業は存在しない。GoogleやMicrosoftの文法・スペルチェック機能がこれからどう発展するかは不明だが、現状ではGrammarlyの独走状態だといえる。しかし企業ミッションは「コミュニケーションを向上させ、生活の質を上げる」であり、この表現からはこのまま単なる英文章添削ツールで終わるとはとても思えない。Grammarlyはこれから先どんなビジョンを描いているのか、最後に読み解いていこう。

Grammarlyの今後

Grammarlyは簡単なスペルや文法チェックに始まり、企業とNLP技術の発展と共に「口調、明晰度、流暢さへのフィードバック」や「文全体の書き換え」など、その役割を拡大させてきた。言い換えれば文章の「正しさ」から「意味」の添削へと移行したのだ。エンジニア部門の公式ブログによると、Grammarlyはこれから先、文章添削に留まらずコミュニケーションにおけるより広い役割を担うプロダクトになると発表している。以下は同ブログの説明の一部だ。

人々が自分の目標や考えを言葉で表現する手助けができないだろうか?あるいは言葉の裏に隠された意味を正しく理解する手助けができないだろうか?
これらの課題を解決するということは、既存のプロダクトの改善だけではなく、まったく新しいアプリケーションと研究の方向性を見定めていくことになる(もちろん既存のプロダクトも大切にするが)。

Grammarly公式ブログ(翻訳)

現在のGrammarlyの役割は書き終えた文章の添削に過ぎない。上記の説明からは近い将来、文章の作成そのもの、また「行間を読む」作業までも手助けする新たなプロダクトが開発される事が予想される。

一つ目の問いである「人々が自分の目標や考えを言葉で表現する手助けができるだろうか?」に関しては、彼らが15年前にGrammarlyを設立するきっかけとなった、学生たちが盗用をする原因に対する問題意識と根本的には変わらない。ここにGrammarlyの企業としての目的意識の強さが垣間見られる。

まとめ

『ウクライナ発NLPデカコーン企業Grammarlyの知られざる全貌』いかがだったでしょうか。個人的にはMyDropbox時代に顧客の真のペイン(言語化作業に対する苦手意識)を見極めたこと、そして15年経っても尚変わらずその問題意識を軸に次々と新しい戦略を立てる姿勢に強い感銘を受けました。僕が個人的に気になった情報を中心的にまとめたこともあり、情報がかなり偏ってしまったかもしれませんが、もし楽しんでいただけましたら幸いです。

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藤井 太一

Images: Grammarly



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