映画『蜜蜂と遠雷』とピアノ・コンプレックス
※映画の感想はほとんどありません。
コンクール出場者の風間塵に滅茶苦茶腹が立った。というかキレてた。風間塵は天真爛漫な天才タイプで、ピアノが大好きと公言しており、コンクールでも本当に楽しそうにピアノを弾く。
ピアノに対して迷いのある主人公亜夜ちゃんに出番直前に話しかけたり、即興を思い付いたっぽい亜夜ちゃんの後をつけていって亜夜ちゃんが弾く予定だったピアノを勝手に弾き始めたり、浜辺の砂に足跡を付けて「モーツァルト!」と叫んだり、海を見て「世界が鳴ってる」とか言い始める。正直な所感を述べるとぶん殴りたかった。
その全ての行動に全く悪意がない所もまた本当に嫌だった。コンクールの出番直前なんかに話しかけられたら当然に邪魔だしせっかく即興を思い付いたのに目の前のピアノを勝手に弾かれたら本当に邪魔だし、挙げ句無邪気に「モーツァルト!」とか言われたら音楽家としての前に人間として神経を疑う。
でも、亜夜ちゃんは風間塵をぶん殴らなかった。むしろ、風間塵から大事なものを学びさえしたのだ。
私は思った。どうして私はこんなにも風間塵に腹が立つのか?亜夜ちゃんよりも心が狭いから?
多分そういうことでも無いのだと思う。私は大学で4年間ピアノを専攻してきた。大学にも、風間塵のような無邪気な天才タイプの人間はいて、私はそういった人達にそれなりに振り回されてきた。だから風間塵と大学の天才達を重ね合わせて腹が立ったのだと思う。
私はピアノが好きかと聞かれると、自由に弾けるなら好き、と答えると思う。大学でピアノを専攻していたとはいえそれは自分で望んだ道では無かった。私にとってピアノは楽しむため、気持ちを吐き出すための面白い道具であって、決してピアノを使って戦ったり仕事にしたりする対象では無かった。物理的にピアノで殴り合うとかなら…楽しいと思うけど。
その上幼い頃から有名な先生に教わったり音楽家一家だったりいわゆる「英才教育」を受けてきた"風間塵スタイル"とは違い、私は高校まで地元の音楽教室に通いながら電子ピアノでポロポロ練習するような「ピアノが弾ける普通の人」だった。風間塵スタイル組と私のピアノの腕前には歴然としたレベルの差があった。
そして大学で私はピアノ科一実力のある研究室に入ってしまったので、毎日毎日私のピアノの実力と他の生徒の実力の差を感じずにはいられなかった。あまり練習してこなかった私だけれど、負けず嫌いの性格から風間塵スタイル組に追い付こうとものすごく練習した。レッスンがある前の日は徹夜で弾き続けたりもした。2年くらいは本気で頑張っていたと思う。でもどうやったって2年くらいじゃ努力してきた天才達には勝てなかった。多分4年かけても無理だろうなと思った。
勿論、風間塵スタイル組だって生まれつきの天才だって努力しているのは知っている。苦労だってしただろう。そこを否定するつもりはない。ただ、風間塵スタイル組にはあまりにもお嬢様お坊っちゃまが多かった。言い換えると、あまりにも経済的にも精神的にも余裕があって、音楽しか知らなくて、悪気なく天真爛漫な世間知らずが多かった。
才能に嫉妬していたのかもしれないし単純に性格が相容れなかったのかもしれない。私は風間塵スタイル組とは仲良くできなかった。それでも、コンサートやなんやで関わらなければいけないこともある。音楽専攻には本当にコンサートが多い。しかし、風間塵スタイル組とコンサートを構えるとしょっちゅうエラいことになるのだ。
無邪気にあれもやりたいこれもやりたい、あ~やっぱり変更!直前になってまた変更!事務仕事は苦手なのでお願いします!チラシとプログラム作ってね~!あれ~時間に間に合わない!ねえ君ピアノそこ下手くそだから練習してくれる?やっぱこの曲いいや!こっちにしよう!
………いい加減にしろ!あと本番直前に消えるな!
とまあこんな具合で随分振り回された。ピアノが下手は私が悪いが、こっちもこっちで相当練習してのこの言われようなのでもうどうすればいいか分からない。無邪気で可愛い?天真爛漫は明るくて癒される?そんなもん私は信じない。勝つのは知性と思考力だ。ふざけるな。
……ちょっと熱がこもり過ぎた上に暴論も出しましたが、こういう訳で私は風間塵が嫌いです。正確には風間塵スタイルの人間が嫌いなだけなので塵くんはとばっちりかもしれません。こういうドロドロした音楽界の嫌~な感覚を思い出させてくれただけでも『蜜蜂と遠雷』は本格派の魅せる音楽映画だと思います。
また、ステージ裏の感じとか出番直前の緊張感とかもリアルではっきりと自分の記憶が思い起こされて個人的にありがたかったです。思い出したかったけれど正確には思い出せない世界だったから。私はまたあの厳粛なステージに上がることはあるのか。スポットライトを浴びることはあるのか。たまにステージが懐かしくなるけれど、私は自由にクラシックピアノを弾くのがどうも下手なのでもう引退でいいやとも思います。お酒飲んで自由に弾く方が楽しい。
うーん、生まれ持った才能が違うから~とか育ってきた環境が違うから~とかはあんまり言いたくないんです。格好悪いもん。でも私の4年間のピアノとの格闘はそれにとらわれたものでした。いえ格闘自体は18年くらいですね。初めての発表会でトトロを弾く前にゲロ吐いてたあの時から闘いは始まっていた。
風間塵スタイルの呪いから解放された今、私は音楽との関わり方を変えられるかもしれません。純粋に面白がったり、自分の好きだけを追求してみたり。ピアノで闘う気がないのなら、尚更好きにやればいい。最近は聴く専門になってはしまいましたが、疎遠になっていた鍵盤と仲直りしてもいいのかな、と思うこの頃です。