感想『ばくうどの悪夢』
『ばくうどの悪夢』を読みました。
少し前に短編集を読んだのと、映画『来る』を観返したのをきっかけに澤村伊智にすっかりハマってしまいました。で、文庫版で読み進めてた比嘉姉妹シリーズも残すところ『すみせごの贄』のみというところでまだ文庫化されてないタイトルがあるのを(遅まきながら)知って読んだのが本作。
これがまたホラー小説としても面白いわ他人事とは思えないイヤさもグサグサ刺さるわで非常に印象深い一冊になったので個別に感想を残しておこうと思った次第です。
なお、本作は構造上ネタバレを絶対に避けて欲しいタイプの物語なので、言ってもよさそうな部分とそうじゃない核心の部分の二部構成にします。
↓まずは重大なネタバレなしの部分↓
今回の相手”ばくうど”は「夢の怪」。
要するに夢を介して襲ってくる怪異なんですが、ということは襲われる人は当然眠ってるわけじゃないですか。そこにホラー的な仕掛けがあって、今読んでる部分が「僕」にとっての現実なのか、夢なのかが全く信用できないんですよね。それがものすごい不安。
これが映像なら切り替わりのタイミングも多少は分かりやすいと思う(というか映像で余りにもノーヒントな切り返しを多用すると「演出が下手」って印象になっちゃうと思う)んですけど、文字だとそれがインパクトとして効果的に使える。
その一方で澤村ホラーのもう一つの柱(?)、「嫌な人」のイヤさも今回は本当にヒドくて。勿論褒めてるんですよ?
「僕」を取り巻く田舎ヤンキーのイヤさが本当に生々しくて。僕自身もああいうヤンキーイズムがありふれてる田舎出身なんで「こういう先輩いっぱいいたなー……」って暗澹たる気持ちに。
嫌な怪異と嫌な人間が両輪で迫ってくるのが比嘉姉妹シリーズの、特に長編の特色だとするならば、今作はまさにその真骨頂だなと。怪異の格も高いし人間のお近づきになりたくなさもひどい。
でもこのシリーズは最初から嫌な奴は大体すぐに殺されるので、警戒すべきはむしろ良い人”っぽい”人なんですよね。もう『ぼぎわんが、来る』の田原秀樹(映画だと妻夫木聡さんが演じてた人)からずっとそう。家族想い”っぽい”、仕事ができる”っぽい”、賢い”っぽい”、そういう外面の良さが地の文からも台詞からも滲み出るのがまた澤村さんのキャラクター造形の上手さなんですよねー。今作においてそれは
※以下、ネタバレを含む感想に続きます※
↓ここからネタバレ↓
それは「僕」の父親、片桐孝朔だと思ってたわけですよ。
「僕」にも「僕」の母親にも尊敬されてて、インテリであるにも関わらずヤンキーだらけの旧友たちにも一目置かれてて、仕事も超順調。このシリーズでこんな人「怪しめ」って言われてるようなもんなんですよ(笑)
そこまでは当たってたけど、まさか「僕」の正体が片桐孝朔本人で、それまで読んでたパートが全て”ばくうど”が片桐に見せている夢の中の話だとは思わなかったんで本当に驚きました。
”ばくうど”が見せる夢はその人にとっての極楽、なので、ここで世界が今まで読んでたのとは180度真逆にひっくり返るわけですね。世界観の逆転ってこんなに引っ張ってもいいんだ……
で、「現実の」片桐孝朔のいたたまれなさが本当にヒドい。
現実では旧友たちは良い仕事に就いてて幸せな家庭を持ってて、自分だけが人生どん詰まり。なのにプライドだけはいっちょまえで、自分は尊敬されるべきで田舎者は底辺であるべきだと思い込んでる。
野崎達のオカルト談義の途中に出てきた「インキュベーション」って単語に「キュゥべえだ! 実質まどマギ!!」って全く関係ないアニメネタで割って入るところとかマジで勘弁してくれよ……って思ったし、その場でスマホでググった情報だけで野崎にディベートを仕掛けるけど本職ライターの野崎とは知識の量が圧倒的に違いすぎてまるで話にならないところなんかも本当に哀れ。ここは「夢」パートでは野崎に知識マウントで勝ててる(つもりでいる)のがまた効いてるんですよね。ヒィーーーッ!!
でも、このパートを読んでて澤村ホラーに出てくる「嫌な人」のイヤさって要するに「縋るものが〇〇(任意の何か)しかない」人の剥き出しの本性なんじゃないかと思ったんですよ。『ぼぎわん』の秀樹が”よき夫、よきパパ”の体面を取り繕い続けてたように、『ずうのめ人形』のあの人(ここは一応ネタバレ回避)が”普通の家庭”に固執し続けたように。
片桐にとってのそれは地元へのヘイトとその裏返しとしての都会への極端な憧れ、それと「昔は俺が仲間内で一番イケてた」っていう過去の栄光ですけど、これも僕自身が田舎から都会に出てきた(そして別にひとかどの人物になれたわけでもない)人間として分からなくもない、というか、どこかで歯車が違えてたら自分もこれに近いことになってたかもしれないな……っていうリアルな空寒さがあって。
かと言って片桐に同情できるかって言ったら全くそんなこともなくて。
だって身勝手な逆恨みで病院に乗り込んでって何十人も殺してるわけだし、夢の世界でも野崎を陥れて真琴を自殺に追い込んでるじゃないですか。自分にとっての極楽である夢の世界でそれをするってことは、同じく東京に出て自分とは違う成功を収めている野崎には破滅して欲しいと願ってるってことに他ならないわけで。やっぱダメだよコイツ!!
でも劉たちの夢の中に出てきた片桐(の振りをしたばくうど)が「さんをつけろよデコ助野郎」とか「どこへ行こうというのかね」って喋りかけてくるのは正直ちょっと面白かった。ばくうどにもネットミームで喋る奴だと思われてるんだな、あいつ……
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