幸多いからんことを
「この3人の中で一番最初に恋人ができた人に、他の2人はケーキを驕るなんて、どう?」
私と古賀は顔を見合わせた。発言した当の本人、笹村はじっとスマホを見つめている。笹村の好きなアイドルが熱愛報道だって。学校帰りの、いつもの喫茶店。私はなんてことのない情報提供のつもりだったが、笹村はそうではなかったらしい。恐ろしい勢いでスマホの上で指を躍らせては、数多のニュースを食い入るように眺めて15分。私も古賀もとりあえず笹村を放っておいて、紅茶のポットを空にしたところだった。
ケーキの提案にあっけにとられて、何も返事を返さない私たち。笹村はようやく私たちに視線を向けては、スマホをテーブルの上に置いた。笑いもしない。いたって真面目な顔をしている。
「あたしら、今まで誰も恋人いなかったじゃない。だから好きな人ができて、ちゃんと告白して、両想いになった人にお祝いとして、好きなケーキを贈るの」
なんでそんなこと思いついたのと、口を開きかけた私を遮って、古賀が私と自分を指し示した
「こことここが付き合ってる場合、どうすんの」
「うわ、今言う?」
しまったと思った時には遅かった。何冗談言ってるのと一蹴するか、例えばの話ねと流したら、笹村は誤魔化されたかもしれないのに。恐る恐る笹村を見れば、あんぐりと大きな口を開けたままだった。今にもえー!と叫びだしそうだ。
笹村が気まずくなるだろうし、根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃない。だから内緒にしたいという私のお願いごとに、古賀は首をかしげながらも了承してくれた。笹村は大丈夫だと思うけどな、という言葉を残して。了承してくれたと、思ってたのに。私は恨みがましい目で古賀を見るが、そんなことはお構いなしと笹村はぐっと身を乗り出した。笹村は叫ばなかった代わりに、エネルギーを内に溜めた。その溜めた熱量で、目が爛々と輝いている。
「お祝いしなきゃじゃん!!でもあたし今お金持ってない!あ、裏の公園行こ!!確か鐘があったよね?!」
全部の言葉にビックリマークをつけながら、伝票をもって颯爽と席を離れる笹村。すでにお金はちょうど出し合ってたから、簡単にレジが済むと笹村は駆け出した。風の子だ。お腹の中で暴れる紅茶を気にしながら、笹村を追いかける私と古賀。何しに行くの?と比較的余裕そうな古賀が尋ねると、笹村はこちらを一切振り向かずに、結婚式!と返した。いやいや気が早すぎないかいと呆れる私の横で、古賀は肩を揺らして笑っている。
公演は海に面していて、なぜだか知らないが鐘が設置されていた。恋人がその鐘を鳴らすと幸せになれるらしい。独り身が鐘を鳴らしても何も起こらないのだろうか。それはなんか、寂しいねと言っていた笹村を思い出す。そんな笹村は今や鐘の前でしゃがみこみ、あーでもないこーでもないとカバンをひっくり返していた。何をしたいのかわからないが、とりあえず私は笹村の正面に座って、放り出される筆記用具やら教科書やらをまとめておく。
「笹村はもっと騒ぐかと思ってたわ。いつ付き合ったのとか、なんで言わなかったの、とか。いろいろ聞かれると思ってたし」
まあそれも聞きたいけどね。いまだに何かを探しながら、笹村ははにかんだ。
「さっきさ。あたしの推しの熱愛ニュースを見てさ、思ったわけ。推しが付き合ってます!って発表してないのに、勝手に写真を撮られて、暴露されるのってどんな気持ちなんだろって」
はにかんでた笑顔が少しずつ落ちていって、笹村はいたって真面目な顔になっていった。ケーキの話を持ち出した時と、まったく同じ顔だ。つい手を止めて、笹村の話を聞く。いつの間にか古賀も私の隣にしゃがんでいた。2人で、笹村の話を聞く。
「それで関連ニュースにさ、誰が亡くなったとか、誰が失言したとかさ。そんなニュースばっかりで。そりゃ推しが亡くなったら知りたいし、人を嫌な気持ちにさせちゃいけませんってニュースもさ、大事だよ?でも圧倒的に多いの」
ふう、と息を吐いて、笹村は額の汗を拭うと顔を上げた。私たちに注目されてることに目を丸くし、照れたような笑顔を浮かべる。うん、私も古賀も、あんたが笑顔の方が好きだよ。
「誰かが幸せなことがありました!って発表して、喜ばれる。そういうニュースがさ、いっぱいいっぱい、せめてあたしの周りでぐらいいっぱいさ、聞けるようになって、その幸せを素直に喜びたい。幸せを隠さなくてもいいよって、安心させてあげたい。そんでその幸せをさ、めいっぱいお祝いしたい。そういう人になりたいなって思ったわけですよ、あたしは」
笹村は早口で、でも最後までちゃんと言い切った。けど言葉尻の余韻が消える前に、あった!これウエディングベールっぽくない?と、奥の奥に仕舞われていたレースのハンカチ取り出し、笑う。私はこみあげてくる何かをぐっとこらえた。
結婚式が始まる。
熱量高めのエッセイを続々更新予定です。お仕事の依頼はなんでも受けます。なんでも書きます。ただただ誠実に書く、それだけをモットーに筆を執ります。それはそれとしてパソコンが壊れかけなので新しいパソコンが欲しい。