シュライフェのこと②
調教師の打開策
絶望の一戦から約3カ月後、所属クラブを介して和田調教師から次戦について思わぬ連絡が入った。「交流戦も視野に入れるつもりです」。
交流戦???
競馬ファンとして、JRAの華やかなレースばかりを追いかけてきた私にとって交流戦は重賞を除き、ほとんど馴染みのない舞台だった。そこに我が馬が出走する。調べるとその名の通り、中央の馬と力が劣ることの多い地方所属の馬たちが一緒に競い合うのだという。しかも、賞金は補助金を含めると中央並み。勝ち馬は中央で勝ったのと同じ扱いで、未勝利クラスを脱することができる。比較的レベルの低いレースながら、待遇はJRAのそれとほとんど変わらないのだ。
こんな抜け道があったのか。何とか事態を打開しようと考えてくれた和田調教師の策に感動すら覚えた。
6月28日、北海道・門別での「フェルカド特別」。わずか7頭しか出走しなかった一戦でシュライフェは健闘した。大きく飛ばす2頭を見ながら3番手につけ、着実に差を詰める。500キロの大型馬には似合わないチョコチョコした足取りで懸命に走った。決してレベルが高くない相手関係とはいえ、2着である。前走から考えれば、信じられないほどの進歩だ。そして、賞金ゼロのまま引退するのではという懸念は杞憂に終わった。
芽生えた自信
馬にも自信というものがあるのか、専門的なところは分からない。日々の調教で単純に地力がついたのかもしれない。とにかく、フェルカド特別を境にシュライフェは大きく変わった。
キャリア第3戦は8月13日、札幌での未勝利戦だった。スピードがない分、後方からの追走にはなる。しかし、底力が問われるダート2400mの長丁場で黛騎手がいち早く仕掛けると、それに応えてじわじわと差を詰めて先頭の3頭に並びかけた。「これはもしかすると」。そう思った瞬間、急ブレーキを踏んだように失速した。
「トモをすべらせてしまった」というのがレース後の騎手の弁だった。
とはいえ、いったん外したアクセルを踏み直して5着入線。10番人気の低評価を覆し、初めてJRAで本賞金を得た。何より、中央でもやれるとの手応えがうれしかった。
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