遊行者たちの行方 【序文】
・序文
ある年の春。
桜の花びらは散り、夏へ向かって、街並みの景色は桜色から緑色へと塗り替えられていく頃でした。
私は、暁の時間帯に東側の窓の向こうに目をやりました。いつの間にか暗闇の空がだんだんと明るくなってきたのを確認できたので、部屋から外へ出てみました。
朱色に染まる空を見上げると、浮かぶ白雲が行き交うのでした。それは、朱色に染まる大海原を、一艘の小舟が揺られて進んで行くようでした。波に揺られながらも後ろを顧みずに真っ直ぐに進んで行くようでした。
私は、ふと、古代を生きた人々も、同じ気持ちで夜空の月を見上げたのだろうか?と思い馳せたのです。
古代の歌人の柿本人麻呂が詠んだという和歌に、月を一艘の小舟に見立て、空に浮かぶ雲を大海原の白波に見立てて、詠んだものがあったなと記憶を辿っていました。
その和歌を思い浮かべると、私たちは地球という大舟に乗せられていて、常に旅しているのだなと思えてくるのです。
世界中を旅するのは、大舟の船内を探索するようなものだと、ある意味、狭い世界だとも思えてきます。
しかし、その一方で、その旅を自由に実践しているように見える渡り鳥たちには、憧れの気持ちも浮かんでくるのです。
すると、血の色にも見える朱色の空の真ん中を、一羽の鳥が飛んで横切っていくのでした。
何処からか「塗り替えておくれ」との声がしたようでした。同時に、眼の前は、血の色から青空へと変化していくのでした。 そして、鳥は、西の彼方へと消えていくのです。
再び、戦場へと旅立っていくのです。「また帰ってこれますか?」と私は声をかけました。すると、私の足元の方から「さて、それは、どうだろうねぇ。道中は危険がいっぱいだからねぇ。」と声が聞こえてきたのです。
私は驚き、声のした方を見下ろすと、一匹のキジトラ猫が座って、こちらを見つめていました。
【続】