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遊行者たちの行方【第一話】
・第一話
それは、いつも夜中に訪問してくる野良猫でした。
人間の言葉を話すのは初めてだったので、私は少し驚きました。
しかし、すぐに気を取り直し、
「何でもお見通しなのですね。キラ様。なぜ分かるのですか? 」
と返しました。
私は、勝手に、そのキジトラ猫を略して「キラ」様と名付けていたので、つい、このときも「キラ」様と声に出して呼んでしまいました。
当のキラ様は、一瞬、私から顔を背け、明後日の方向を見ていたのですが、何事もなかったかのように、こちらを見つめて、また語りかけてきます。
「それに応えてやってもよいが、その前に見返りがいるなぁ!」
と少し声を張り、その大きな目で私をじっと見つめてくるのです。
私は、忘れていました、すみません、と頭を下げると、すぐに部屋に入り、昨夜の晩飯の残りであった、蒸したささみ肉の切り身を皿によそい、キラ様へと差し出したのです。
キラ様は、待っていましたと言わんばかりに、皿の肉にがっつき、早々に平らげました。
食後、しばらくは、また私から顔を背け、後ろ足で顔をかく仕草をして、寛いでいる様子でしたが、急に私の方に顔を向け「ついてこい」と声を発したのです。
すぐに後へと振り向き、軽々とその身体を上下に揺らしながら、また尻尾を左右に揺らしながら、とっとと歩き出しました。
「キラ様」の後を追って、数分くらい歩くと、雑木林で庭が覆われている御屋敷に到着しました。
その屋敷は、周囲の住宅街の中でも一際目立ち、他と比べても数倍の敷地の庭を持っていたのです。
正門には、瓦屋根のある立派な木戸門があり、両脇に目を向けると、信楽焼の狸が二体、こちらを見つめるように立っていたのです。
その信楽焼の狸は、二体とも、一升瓶ほどの背丈で、真ん丸としたお腹をしていたのです。
さらに、両手には酒瓶のようなものを抱えているのでした。
そういえば、最近、この近所で狸の親子がウロウロしているのを見かけたことがあるなあと、私は自分の記憶を辿りました。
すると、一方の「狸」が、元々大きく口を開けていたのですが、その口をパクパクと動かし始めたのです。
「何者だ? ここは簡単には通さんぞ!」
と喋りだしたのです。
私が驚いて立ちすくんでいると、私を睨むように、「狸」の目は鋭く変化していきました。
すると、その大きさが一気に何倍にも膨れ上がり、私の背丈も簡単に追い越していったのです。
気づくと、私は、顔を真上に向けなければ、「狸」の顔を拝むことはできなくなっていました。
しかも、それは「狸」ではなく、恐ろしい顔をした「仁王像」へと変わっていったのです。
もう一体の「狸」も同様の大きさの「仁王像」へと変化していました。
喋りだした方の「仁王像」の口は開いており、まさに「阿形(アギョウ)」のようであり、もう一方は、吽形(ウンギョウ)のように口を結んでおりました。
私が、それら二体の巨大化した仁王像に圧倒されていると、
「私だ。門を開けんか!バカ者め。」
と私の足元の陰から、キジトラ猫のキラ様が、ヌッと姿を現し、仁王像たちの前に立ちはだかりました。
すると、
「これは、キラの旦那様!すまねぇです。」
と「阿形(アギョウ)」の仁王像はその巨体をみるみる小さくさせて、気づくと私の背丈と同じくらいとなって私たちの前にひれ伏しました。
もう一方の「吽形(ウンギョウ)」の仁王像も、こちらは口を結んだままでしたが、身体を同様に小さくさせ、ひれ伏したのです。
私は、自身が勝手に名付けた「キラ」という呼び名を、「仁王像」たちも使っていることに驚きつつも、嬉しさを感じていると、「阿形」はキラ様へ向かって再び口を開きました。
「こちらは人間ではありませんか?旦那様がなぜご一緒なのですか?」と問いかけたのです。
キラ様が、
「カレは、私の生命の恩人だよ。まあ気にするな。」と答えると、
「そうでしたか。それではどうぞ。」
と、意外にもあっさりと「阿形」は納得した様子で、門を開放したのです。
私たちは門を潜ることができたのです。
門の奥には、竹林が生い茂っていました。
気づくと、キラ様は唐突に走り出し、静けさの中に溶け込むように竹林の中へと姿を消したのです。
【続】
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