『記憶冷凍』(毎週ショートショートnote)
「記憶冷凍?!」
おもわず声が大きくなってしまった。
辺りを見回すと
私以上に恥ずかしそうにしている妻の顔が見えた。
「何それ、知ってる?」
声を潜めて聞いてみると
妻が「知らないの?すごいって評判よ」と言った。
すると妻の隣にいた娘が
「テレビでやってるよねぇ~」と妻に笑いかけた。
最後のところは妻の声も重なっている。
2人から「ねぇ~」と言われても
普段からテレビを見ない私には
何のことやらさっぱりであったが、
実際は妻も娘もすごいってことは知っているが
何がすごいかまでは分かっていなかった。
「なんだ、けっきょく分かってないんじゃん」
私がネクタイ姿にメーカーのロゴが入ったハッピを着た
男性に声を掛け『記憶冷凍』と書かれた文字を指さすと、
彼はこちらが聞く前にテレビショッピングのように
すらすらと解説をはじめた・・・。
「記憶解凍、完了しました」
機械的な声が独り暮らしの部屋に響く。
私は2人分の記憶をそっと取り出すと
あの日に向かって目を閉じた。
<あとがき>
家電ショップに置かれた『記憶冷凍』装置の前で過ごした
妻と娘とのかけがえのない時間。
今はもう記憶でしかない、あの日々。
「やはり買っておいてよかった」
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