『成功はゴミ箱の中に』 - レイ・A・クロック

 マクドナルド創業者であるマクドナルド兄弟から経営権を買い取り、世界規模のハンバーガーチェーンに成長させたレイ・クロックの自伝。
 前半はそれなりに興味深く読んでいたのだけど、事業が軌道に乗ってからはあまり面白くなかった。登場人物も多く名前が頭に入らない。最終盤の球団を買った話などいかにも70年代アメリカンドリームという感じだが、僕にはあまり興味が涌かなかった。
 原題は『GRINDING IT OUT』。レイ・クロックは元々ピアニストでもあったのでそれもかかっているのかも知れない。ハンバーガーの大量生産についてもかかっているのかも知れない。邦題はあまり良くないと思う。

密度がすごい

 とにかく出来事の密度が濃い。仕事のできる人はこれくらいの密度で重要な問題だけを見て、些事は積極的に切り捨てているのかも知れないと思って感心してしまった。
 あと激昂したシーンの多さ。あきらめ癖が付いてる人間ってそもそも何も感じないから怒りを覚えること自体がなくなってくる。この人は全く逆で、自分の人生や仕事を少しも諦めていないし、常に本気でやっているからこうなるんだろう。現代人がゲームやってる時にしか見せない本気の感情を、まさか仕事に向けるなんて……。

黎明期の陥穽

 マクドナルドを始める前、マルチミキサーの販売契約について上司だったジョン・クラークという人物に騙されていた件について。新しく事業を興して最も無防備になるその瞬間、こういう奸佞な小人物に好機とばかり足を引っ張られ、無念にも頓挫してしまうパターンも多いのではないのかと色々思うところがあった。誰も知らないところに転がっているであろう無数の失敗例について考えてしまう。
 月並みだがこの人はそこで諦めなかったのがすごい。生き残っているのは潰れなかった奴だけだ。才気と時運に恵まれながらも、あと一歩のところでレイ・クロックになれなかった無名の男たちが沢山いるのに違いない。

本当に読みたかった話

 ところで(現代では)飲食店の売り上げというのは立地だけで全て決まるものらしい。だから現代、マクドナルドのような大手企業は新規出店前の立地調査を徹底的にやるのだそうだ。
 日高屋がマクドナルドの近くに出店するコバンザメ戦略を執ってるのも有名な話だが、それが最適になるほど自力調査が高コスト・高難度なのだとすると、一流飲食店チェーンには門外不出の知見・ノウハウが相当にあるのではないか?
 本当に知りたかったのはこの辺の話で、創業者その人がこれに気付いて初期の頃から立地を最重要視していたのか、それが書いてあるかも知れないと期待してこの本を読み始めたのだった。しかし直接そうとは書いていなかった。当時はそれ以外の要因の方が大きかったのかも知れない。

 会社で飛行機を購入した当初は、地域の上空を飛んで学校や教会などを探して、店舗の候補地を決めるのに使っていた。上空から大まかな情報を得た後に、陸路で実際に現場へ向かっていた。
 いまはヘリコプターを使っている。社のヘリコプターを五台使い、不動産開拓をする地域を飛ぶと、それまでの方法では見つからなかった場所を見つけることができる。この方法で、たいてい一カ月以内に候補地が決まる。オークブルックにあるコンピュータには地域調査専門のプログラムが入っているが、これらの機械からはじき出されたデータ類は私には無用のものだ。候補地を見つけると、私は車で周辺を回り、角の店に入ったり、近所の人が行くスーパーに足を運んで、地元の人と交流し、彼らを観察する。それらのことで、マクドナルドがその地域でどう成長していくのかの予測がつく。

 レイ・クロックのパワフルでリーダーシップのある素晴らしい経営者ぶりが伝わってくる話だ。こういう人が自分の信念と直感に従って強力に物事を押し進め、(時に失敗しながらも)経営はうまく回っていたので、凡夫が再現性を求めて拠り所とする「科学」は必要なかったのだろう。

スポ根

 当初勝手に想像していたのとは違った。もっと理屈っぽい感じの人かと思っていた。だいぶオラオラでやっていてこれが60年代や70年代当時の成功の型なのだろうという気がした。

 善性に満ちた経営理念。地域社会、チャリティーへの貢献。自分一人儲けるのではなく従業員にも地域にも還元する。学歴なんかより現場を知っていることの方が重要だという昭和スポ根精神のような経営論。レイ・クロックの語る内容は本当にどこか聞き覚えがある……。まるで昭和だ。80年代あたりにどこかで誰かが語っていた夢そのもの。
 代わり映えのしない、陳腐な、言い方は悪いが今となっては古臭いと感じるほど人口に膾炙した、ありふれた退屈な理念。
 この人こそが本家本元なのではないか?

ドラクエ

 この手の話で思い出すのは「ドラクエやってみたけどこれの何がすごいの?」という話。最近の若者が過去の名作として必ず挙げられるドラクエを、一体どんなにすごいゲームなのかとプレイしてみたら、何もかも普通で別に何も凄くなかった、拍子抜けした、という話だ。

 ある時ブレイクスルーを起こした傑作はそれ以降の歴史を変えてしまう。徹底的にパクられ、ミームのように瞬く間に伝染し、それが当たり前のスタンダードとなるため、“それ以降”しか知らない人の目には全くの“普通”で何の面白みもないものと映ってしまう。文字通り画時代的な、歴史を変えるほどの大傑作なのに。自分自身が与えた甚大な影響それゆえに、相対化の中心地となり、事後的にその存在感を必ず失うことになる。

 レイ・クロックの自伝を読んでどこか目新しさのない陳腐な内容に感じたのは、この人がそれ以降のスタンダードとなるほどの革命を果たしたからだろう。その経営手法や理念があまりにも優れていたため、こぞってパクられ、時代の標準となり、海を渡って日本にまで伝播した。どこか「昭和っぽい」と感じるのはそのせいだ。ミームの本家に対して「陳腐だ」とは最高の褒め言葉なのかも知れない。

バーガーキング

 完全な余談だけど、バーガーキングのあの好戦的で挑発的なプロモーションについて、麻薬的な高カロリー食品を提供する企業としてブランドイメージにもマッチしてるし、首位を追い上げる二番手の戦略としても適当と言えるだろう。しかし業界の草分けかつ、ファーストフード業界に留まらない影響を与えたマクドナルドの功績を知っていたら、少々リスペクトに欠けるその態度に一抹の不快感を感じてしまう。大体お前らマクドナルドが敷いたレールの上を走ってきただけだろ、と。

日本語版の豪華過ぎるオマケ

 マクドナルドの日本法人、日本マクドナルドは藤田田が展開した。藤田に大きく影響を受けた孫正義がアメリカに渡り「どうしても面会したい」と頼み込んで15分だけ話す機会を得て、「これからはコンピュータの時代だ」と言われソフトバンクを創業したという有名過ぎる逸話がある。

 あとがきの後に孫正義その人と柳井正の対談が載っていた。あまりにも豪華過ぎる。ユニクロとソフトバンク、今日本を代表する経営者がどちらもレイ・クロック、それから藤田田の影響を受けているという事実。日本語版の巻末にこの対談を載せるというのは、これだけでレイに対する最大限の賛辞になっていると思う。

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