夢
真夏、炎天下の中、日差しが容赦なく照りつけている。
気がつくと私はとある学校の校庭にいた。丘の頂上に位置して居ることが周りの景色からみてとれる。私の記憶と擦り合わせると自身が通学した中学校に似たような景観だ。学校行事などで用いられるダイナテントが校庭を二分するように校門から昇降口の方まで一列に並べられていた。昇降口の方では教員と思しき人が、保護者を迎え入れている様子がみてとれる。学校にとって今日は何か卒業式のような大事な日なのだろう。おそらくこのダイナテントは来客される保護者が少しでも日差しを避けられるようにするため、並べられたものだと考える。なぜか私もテントの中に入り、陽を避けるようにして昇降口へと向かう。そこで、私の母が少し先を歩いている事に気がついた。私は母と少し間をあけるようにして後を追っていた。私たちの位置は昇降口から離れており、そこで待つ教員達に会釈するほどの距離ではない。「こんな真夏日に行事なんかやらなくても」と思い視線をテントの外に投げると、まばゆい光の中から一人ぽつんと女の子が現れた。その人は私の高校の制服、夏服を着ており、歳は17、18まさに芳紀の女性である。髪型、顔つきなどの容姿も当時と全く変わっていない。私はそれが誰なのか直ぐに理解した。と同時にそれが現実ではない事も悟り、喉の奥が少々締まる感覚を覚えた。その人が、テントの中を歩く母に向かって走って行く。母に少しの会釈をしたその人は、そのまま紹介を続ける。母もその人が誰なのかを認識すると喜んで会話をし始めた。私のよく知るその人は人見知りで、知らない人に対して無愛想だった。他人と打ち解けるまでにも時間の掛かるその人が、母に対して積極的に表情豊かに会話をしているのが、なんか不思議。二人が一通り会話を終えると、二人とも私に顔を向け早く来るよう促す。私はそこらにいる父親のように少々気怠そうな空返事をして近づく。ここらでこの夢がさめるような感覚を得た私は、最期にその人の肩をたたき顔を向けさせた。綺麗な顔をしたその人の目に私のギョロ目をじっと向けてみる。私は夢の中であるにも関わらず自身の記憶力の良さに正直感服した。化粧の細かい癖や枝毛になったところまで事細かに覚えていたのだ。こういう場面というのは普段の生活では思い出されず、アルコールで脳みそを溶かし物思いにふけた時のみ綺麗に映像がフラッシュされる事はあるように思う。そうやって少しづつ記憶を物理的に溶かしたつもりであったが、まだ私は脳みそを溶かしきれていないのだろう。私にとって他の想い出というのはアルコールごときで簡単に洗い流されるものであったが、その人だけはあまりにも情報が私の脳みそにべったりとこべりついていてアルコールごときでは洗い流されなかった。私は、それは他の想い出に関しては私よりも覚えていてあげるべき人間がいるから、私の脳みそを簡単に離れていけるからだと考えている。あれから何年も経ち私も表情がだいぶキツくなった。他人に対して、私が父から貰ったこの威圧的なギョロ目を向ける事に関して何にも思わなくなった。残念ながら僕はこれからも変わり続ける人生で、ギョロ目を向けられたにも関わらず、インターフェースを歪めない君は近視まなざしを読み取れない。つまり、君はこれからも永遠に変わる事はない。今となっては、私の知らない多くの人たちがその人の幸せを望んでいた事も容易に想像が付く。しかしながら、すっぽりと自身の記憶の中に収まり変わる事のない、その人が私は嬉しい。自身の人間としての歪みに気付かされて、夢から醒める。