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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第10話
2 宵闇の義賊(承前)
呻き声の絶えた暗い廊下を直進する。先導は〈斥候のガル〉ことガルンシュだ。敵の気配を読むのに優れ、身ごなしも素早い。
そのすぐ背後を行くベヒオットは、解放軍一の剣術使いで素手での格闘も滅法強い。百獣の王たる獅子を単独で仕留めたなんて嘘みたいな逸話もある。本人は何も言わないが、そんな不可能事を可能と思わせるだけの働きは、今日に至るまで充分過ぎるほど眼にしていた。
残りの連中は能力的に大差ないものの、軍の頭脳ともいえるノヴェイヨンはやはり別格だろう。常に傍らに控え、ここぞというときには身を挺して護衛してくれる。健気なもんだ。ベヒオットとノヴェイヨンがいなければ、我が軍の戦力は誇張抜きで半減する。
「こちらです、仮面公」
「う、うむ」
そんなわけだから、俺が道順をてんで憶えていなくてもなんの問題もない。参謀ノヴェイヨンがちゃんと記憶しているのだから。はぐれたら困るが、まあそのときは誰かが見つけ出してくれるだろうし、問題ない問題ない。持つべきものは優秀な部下だよ、全く。
そこでふと鑑みる。どうしてこういう有能な人材が、宮廷にいない。使えない連中ばっかり取り揃えて、税金の無駄遣いだ。
何度目かの戦闘を難なく切り抜け、とうとうお目当ての部屋扉の前に辿り着いた。
「デル」
呼ばれた小男が身を乗り出し、幾つもの形状をした鍵束を取り出すと、その中の一本を錠前に突き刺し、器用に指先を動かし始めた。ガリガリガリと硬質な金属音が響く。
「どのくらいかかる?」
「そうだな、三分もあれば」
「二分でやれ」
「無茶言うなよ」
そう愚痴りつつ、〈疾風のデル〉は二分とかからずに錠前を開けてのけた。
注意深く周辺を窺い、半分ほどの人数が入室する。もう半数は廊下の見張り番だ。
手持ちの洋燈に火を灯し、室内を照らす。
そこには、種々雑多な金銀細工や宝石類が所狭しと棚の中に詰め込まれていたが、それらには眼もくれず、一行は部屋の奥に置かれた小箱を拾い上げた。またしても鍵がかかっている。小男はものの数秒で施錠を解いた。疾風のみならず〈解錠のデル〉と呼んでも差し支えない早業で。
中身を確認したのち、布袋に収めた小箱を受け取るベヒオット。
戸の向こうでは新たな小競り合いが発生していた。
「ちっ、また始まりやがった」
「何人いる?」
「判らん。とにかく行くぞ」
室内組が急いで加勢に入る。
たまには俺も男らしいところを見せてやらんとな。これでもかつての武力政変の折には、先陣を切って宮廷に乗り込んだこともあるんだ。剣の腕前はからっきしだから、実際は一合も刃を交えることなく、ゴルバンやロクサムみたいな強者の脇でワイワイはしゃいでいただけだが。
盛んに切り結んでいるところにびくびくしながら近づくと、ノヴェイヨンに押し止められた。
「仮面公、ここは我らにお任せを」
「む、そうか」参謀がそう言うなら仕方あるまい。「そうだな。そうしよう」
俺はあっさり引き下がった。
死んでしまっては元も子もない。戦場の荒っぽいぶつかり合いは大っ嫌いだし、何より頭領たるこの俺が斃れたら、有能だが曲者揃いの部下たちをまとめ上げる者がいなくなる。
決して臆病風に吹かれたわけではないからな。決して。
建物を離れた後は、総員散り散りになって隠れ家へ向かう。
団体行動をとらないのは、集団で人目につくのを避けるだけでなく、隠れ家までの経路を悟られないようにする意図もあった。
それでも俺にだけは腹心ノヴェイヨンが付き従っている。以前、独りで戻ろうとしてすっかり道に迷い、明け方近くになって捜しに来た同志に発見されるまで、橋の袂で膝を抱えていたことがあったからだ。あのときの辛さは、十の三倍近い生涯でも五指に入る。寒くて孤独でひもじくて。
「今回もうまくいきましたな」
雑草の生えるに任せた悪路を踏み締めながら、ノヴェイヨンが切り出した。
「まあな。毎度のことだが、お前の作戦には感服するほかない」
俺は素直に褒め称えた。
「さっきのクソ役人が貯め込んでやがった貴金属の一つでも、褒美に与えてやりたいところだ」
「それは受け取りかねます。軍の規律に反しますので」
ノヴェイヨンはやんわりと否定した。
「我らにとって最上の喜びは、全員の無事を〈戦と季節風の女神〉に感謝することと、こうして私腹を肥やす金満家や素封家から奪い取った紙幣や手形を、貧しい者たちに施すことではありませんか。わたしはそれ以外何も要りません」
憎いことを言ってくれる。策士でありながら無私の精神を持つ憂国の士。人間の鑑だな。俺としては奪った品は山分けでも全然構わないし、その他金品だって持ち帰るのに吝かでないんだが、その点が義賊たる我々解放軍と、凡百の盗賊どもを隔てる分水嶺なのだった。
一括りに〈夜盗〉で片付ける連中も世間にはいるようで、むろん俺が念頭に置いているのはあの第一秘書なのだが、こうした明確な相違は愛用の眼鏡でもってちゃんと見極めてほしいものだ。
あれは伊達眼鏡か何かじゃあるまいか。
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