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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第2話

2 〈円卓の間〉にて(承前)


 これ以上ずるずると議論していてもらちが明かない。持てる限りの力を注ぎ込み、適当に片づけてやる。

「お互いの言い分はよーく判った。けどな、今ここで結論を下すのは性急だと思う。第一、具体的な税率を定めるには、どうしたって時間がなさすぎる。予算案も然り。増税云々の決着後でなければ固めようがない」

 しばし間を置く。後の言葉をより効果的なものにするためだ。刹那の沈黙に、森閑と静まり返る〈円卓の間〉。
 それにしても。
 常々思っているのだが、なんなんだこの部屋の不必要な広さは。今の面積の半分に切り詰めてもまだ広い。出入り口からこの円卓までだってかなり歩くし。ていうか俺の席が一番遠いのも釈然としない。真っ先に退席したいのは、多分この俺なんだぞ。
 四年前まで、護民卿ごみんきょうはこの広い部屋を独占していたのか。おおかた重臣を集めてお茶会でも開いてたんだろうな。優雅なこった。
 誰かの咳払いで、横道に逸れていた意識を会議に戻した。そうだ、早く片づけないと。

「では、三重に偉大な我が共和国の象徴、この円卓の座に懸けて」

 机に両手を乗せ、故意に声色を変える。まあ単に雰囲気の問題だ。他意はない。

「民意の代表として集いし諸君らに問う」
「おう!」

 残りの議員たちも気勢を上げる。

「増税案並びに予算審議に関し、二週間後に臨時評議を行いその場にて結論を出すことを、評議会議長ライアはここに提案する」

 それから腕を組み、椅子に反り返る。威厳の見せ所だ。

「異のある者はそこを動くな、そして賛同する者は立ち上がりて賛意を示せ!」
「おう!」

 更に声を重ね、幾人かがすっくと席を立つ。
 慣例として書記官がいちいち数え上げるが、そのくらいぱっと見で判る。賛成が四に反対が三。

「賛成四名、反対三名です」
「裁定はここに下った。賛成多数により本案は可決とする」

 あ、あぶねー。
 辛くも可決に持ち込めたか。いや、僅差だろうがなんだろうが可決は可決。その価値にいかほどの差異もない。評議会の決定は絶対にして不変、覆すこと能わずなのだから。

「議題は尽きた。これにて三重に偉大なる議会を解散する!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 議員らは思い思いの様子で円卓より離れていった。これで俺もようやく一息吐ける。今日は特にしんどかった。
 さて、野暮用も済んだことだし。
 残務処理に追われる書記らを残し、そそくさと〈円卓の間〉を出る。そのまま私室で休憩を、というささやかな目論見は、戸口の陰からひょっこり現れた姫君にあっさり破られたのだけれども。

「ゲッ、これはこれは姫君。いかがなされた」
「ゲッとは何よ、ゲッとは」

 豪奢な巻き毛に彩られた金色の頭部を揺すりながら、神官長猊下しんかんちょうげいかのご令嬢であらせられるマリミ姫は形のいい唇を尖らせた。

「会議って、どうしてこうも長引くの? わたくしもうすっかり待ちくたびれたわ」
「くたびれたのは俺も一緒ですがね。一刻も早く誰もいない別室でゆっくり休憩したいわけで。独りで」
「まあライア。あなたずっと柔らかい椅子に腰かけてらしたんでしょう? わたくしなんか一時間以上立ち通しよ。わたくしほど疲れていないはずだわ」

 なんつー暴論だよ。そりゃそっちが勝手に突っ立ってただけの話じゃないか。それに座りっ放しだって充分疲れる。
 と、廊下にいた文部相ピートが、

「おやおや、議長に姫様ではございませんか。こいつはどうも。大変仲のよろしいことで」

 ここぞとばかりに冷やかしてきた。隣にいる労働相フィオまでもが、控え目にではあるが口許に含みのある笑いを浮かべている。

「議長殿、ここは一つこのピート様の顔に免じて、姫様の望み通りにして差し上げてはいかがかな」
「なんだよ望み通りって」
「そいつは姫様自身にお尋ねすべきだね。恐らくは俺如きの想像なんて遥かに超えるものだろうけれど」
「あら文部相殿」姫君は気分を害したように頬を膨らませ、すぐに言葉を継いで、「そこいらのワガママ女どもとわたくしを、一緒くたにされては困るわ。わたくしはただ、話を聞いてもらいたいだけ。些細な身の上話よ」

 嘘だ。何が身の上話なもんか。俺は一番の被害者だからいやというほどよく知っている。
 確かに身の上に起きた話であることは間違いないが、それはもっと否定的な感情に溢れたものだ。側近がうるさいだのお爺様が厳しいだの、口を開けば自分が属する神官団の愚痴ばかり。心身共に疲弊しきった状態で不平不満をぶつけられるのは、たとえそれが自分に直接関わりない事柄であってもなかなかに堪えるものだということを、この温室育ちのお嬢さんは理解できないらしい。
 政府を叩く民衆。神官団を叩く姫君。満足できない現状に、身分の差はさほど関係ない。人という生き物は、愚痴をこぼさずにはいられないように創られているようだ。がしかし、何故に彼女の不満のけ口は決まってこの俺なんだ?

「よっぽど気に入られてるのね、ライア議長」

 フィオがそんな恐ろしいことを言ってきた。気に入られてる?

「おい、冗談じゃないぞ」
「うん、冗談じゃないよ」

 そうじゃないっての。齢が俺と近く、評議員の中でも親議長派と目される二人にいいようにからかわれ、俺はにわかに孤立した。暗澹あんたんたる思いだ。まあ、それが軽口で済んでいるのは、相互に信頼し合っている何よりの証左でもあるのだけれど。
 こうなったら、その友情を逆手に取って巻き込んでやるか。

「よっしゃ判った。フィオにピート、今日は二人とも居残りだ。姫君のありがたいご高説、お前らもたまわりたいだろ?」
「お断りします」素っ気なく言い返すフィオ。「ご両人の邪魔をしちゃあれですから」

 右に同じく、と呟いて白手袋に覆われた姫君の手を取りうやうやしく挨拶を交わすピート。

「それではご機嫌よう。麗しの姫様」

 なんて調子のいい奴だ。しかもそう言いながら既に脚は帰りの方向をしっかり向いている。腹立たしい。そんなに帰りたきゃ、とっとと帰りやがれってんだチキショーめ。
 去りゆく背中と背中に心中呪詛じゅその言を吐きつけたが、大して効果はないだろう。俺に呪いの力は皆無だし、この程度のことで呪われてもそれはそれで困る。



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