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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第9話

第3章 謎多き百戦錬磨の仮面公、その意外すぎる仕事内容とは!?


1 宵闇の義賊


 精霊や神族たちと大変仲良く暮らしていたご先祖様の代。そんな寝言がもっともらしく流布していた遥か昔から、戦闘という野蛮な行為に男らしさというか一種の気高さを見出す風潮は汎世界的に存在し、この国においても現存する古詩や古典文学の断片などによってそれは顕著なのだが、俺はそういった感覚をどうにも手放しで首肯することができずにいた。大局的戦略において武力に頼るのは下策も下策、為す術がなくなったときの最終手段に過ぎない。
 傷つき苦しみ悶える者たちの行く末を思い、感傷に浸るのは大いに結構だが、元々戦なんてのは、圧倒的な兵力差でもない限り、綿密な下調べや物資調達の手際で戦局が決まる、ある意味味気ないものだし、その分金もかかる。食料や傷薬は必需品だし、医者も最低限待機させねばならない。太古の神聖なる僧侶とやらは呪文で傷を癒したと聞くが、神官長のジジイ曰く〈神々への信仰が薄くなった愚かで浅はかな〉現代人に、そんな都合のいい能力はない。
 つまり、いつの世の民草も、戦いの悲壮的な側面にばかり眼を向けていて、欠かしてはならない現実的背景をあまりにも蔑ろにしすぎじゃないのか、ということだ。加えて、戦いに不得手な者が仕方なく参戦した場合、こういう鬱屈した感情は殊更ことさら強くなるに違いないのだ。
 今の俺みたいに。
 口に出せない溜め息の代わりに、唇の端を思いっきりねじ曲げてみる。
 もちろん、仲間たちは誰一人気づかない。
 この暗さだし、被り物までしているせいもある。ついでに舌も出してやれ。そんな俺をたしなめようとしてか、不意に吹いた夜風がひやりと舌先を撫でた。
 宵闇に紛れ、標的に選んだ大邸宅の裏口に集結する。
 打ち続く静寂は却って鼓膜を圧するかのようだ。闇に慣れた眼で互いの存在を確認し合う。
 声は出せない。どこに敵が潜んでいるか判らないからだ。
 表玄関は明かりが消えておらず、ぐっすり寝てはいるが番犬もいる。裏口からだと高い塀を乗り越える必要があるが、番犬相手に一騒動起こすよりは得策だろう。
 緊張感に四肢が竦む。股間が縮み上がる。頭も重い。
 だが、神聖なる解放のために、これは避けては通れない道なのだ。と、無理矢理自分に言い聞かせる。
 それでも懐疑主義者の自己暗示だから、まるっきり効き目がない。うーん、こりゃまたどうしたものか。

『行くぞ』

 とにもかくにも、ここから動かねば何も始まらない。合図を出し、塀を越えるための足場をほかの者に固めさせる。積み上げた土嚢が背丈ほどにまで達した頃、参謀のノヴェイヨンが、これで充分だという身振りをした。
 まずは一番身軽なデルベラス、人呼んで〈疾風のデル〉が土嚢に足をかけ、勢いをつけて塀の上によじ登る。後の者はデルベラスが塀に結びつけた麻綱を手繰たぐって順番に登るという寸法だ。
 当然俺は殿しんがりだった。別の誰かに持ち上げてもらう必要があるのだ。運動神経が鈍いわけでは断じてない。仮面のせいで動きが制限されるのだ。こればかりはどうしようもない。
 この鉄製の仮面を着用すると、ただでさえ闇に囲まれた視界は益々不鮮明になる。それも顔面に着脱する薄型ではなく、上から被り、頭部をすっぽり覆い隠す完全防備の鉄仮面だ。外界に接しているのは眼の周りに空いた二箇所の穴の他は、両耳と口の近くを格子状に穿うがった細い切れ込みだけ。こりゃ頭も重いわけだ。
 三人がかりで綱を引いてもらい、全員無事に塀を乗り越えた。
 裏窓を潜り邸内に侵入する。
 以前入手した情報によると、今日一日は契約の関係で警備が幾分手薄になっているとか。

「おいっそこで何してる」

 が、早速見つかっちまった。まあ十人近い人数で肩寄せ合っての潜入だから、いくら物音を消したところでそりゃバレるわな。

「何奴だっ」

 周囲に緊張が走る。会議中のいやーな緊迫感とも異なる、ゾクゾクするような背筋を這う戦慄。
 俺はすぐさま開き直った。見つかったからには仕方がない。白兵戦だ。やってやるぞ、ああ、やってやる!

「仮面公、こちらへ」

 ノヴェイヨンに従い、安全な物陰に身を潜めた。

「がっ……!」

 警備の男は、黒塗りの刀を手にしたベヒオットによって一刀のもとに斬り捨てられた。

「どうした?」
「なんだ貴様ら」

 続いて出現した警備の二人も、別の者らの手でその場に崩れ落ちる。微かなあえぎを残し、両者とも最初の男に続いて永くくらい眠りに就いたようだった。

「こりゃ急いだほうがいいな」
「ええ」ノヴェイヨンは一同のほうに振り返り、「作戦通り行くぞ。ガルとベヒオットに続け」


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