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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第25話
第7章 三重に偉大な議長、不穏な動きを見せつつある外務大臣、神官長のジジイ
1 会議は踊る、されど進まず
「おいこら、そこのお前」
頭髪に白髪の目立つ老議員が円卓の真向かいに対座したのを見て、俺は握り拳を円卓に打ち下ろした。
「は? なんでしょう」
「とぼけるな。そこは外務相の席だろうが。ジールセンはどうした」
「大臣は私用により欠席です。その旨、予め書面にて通達しているはずですが」
書類に視線を落とす。だいぶ前に秘書から渡されたもので、もちろん一枚も眼を通していない。
俺は顔を上げて舌を鳴らした。今更見たところでどうにもなるまい。
この評議会には〈出席の義務〉なるものがあり、原則的に会議の欠席を認めない。しかし、やむなき理由により出席の叶わぬ議員は、補欠要員として代理の議員を立てることが許されていた。対象となるのは自分が統括する省庁の上級官吏だ。本職の議員ではないが、会議の進行に必要な予備知識は充分に備えた熟練者である。正当に立てられた代理に対し、本来は不平を述べる謂れはない。
だが今日は違うぞ。今日の俺は一味違う。
「なんなんだ、その私用ってのは」
「ほんまに書類見とらんのかい。議長が聞いて呆れるわ」
「ああ!? なんか言ったか財務相!」
激昂する俺に、おどけた仕種で口を鎖す財務大臣ギャンカル。
そちらの資料にも書いてありますが、とわざとらしく前置きして、名も知らぬ代理議員は外務相欠席の理由を述べ始めた。
あの野郎、俺ですら今年は無欠勤だってのに。無遅刻の記録は今年最初の議会で早くも潰えたけれども。
男が発言を終えるや否や、俺は今一度机を叩いた。
「理由はどうでもいい。大事な会議をおざなりにするその性根が気に喰わん。今すぐジールセンを連れてこい」
「ちょ、ちょっと待ってください、議長。それは無理です。大臣は夕方まで戻られないんですから。わたしの発言をちゃんと聞いてらしたんですか」
「なんだと」
何を言ってるんだ。そんなもん聞いてるわけがないだろう。俺はただ、ジールセンに密輸組織との関係を直接追及したいだけだ。
「議長、こちらのディリーがいれば会議は問題なく始められます。どうかこの場はお引きください」
公安大臣エトリアが冷静に口を開いた。
いやいや。おいこら。お前がちゃんと働かないから密輸組織が幅を利かせることになるんだぞ。ある意味お前も共犯だっての。
ベヒオットの超人的な活躍もあって、この前は密輸組織にかなりの打撃を与えられたが、それでも壊滅には至らなかったんだ。こっちだって死者は出るわ、ケガ人だらけだわ、メチャクチャ疲れたわ、ああもう散々な目に遭ったってのに!
「議長、わたしからもお願い申し上げる」
左手方向から思いがけない声が飛んだ。
お前まで邪魔立てするか、軍部大臣ゴルバンよ。法務大臣ロクサムに次ぐ寡黙ぶりを示していたお前が。
「今回は議題も多い。どうか会議を始めていただきたい」
ゴルバンにまで言われては仕方ないな。俺は不本意ながら怒りの矛を納めることにした。まあいい、ジールセンの奴め、何を企んでるのか知らんが、しばらくは泳がせてやるさ。この件は保留だ。今のところはな。
長らく決着を見ない増税案および予算審議に先立ち、宮廷内外の警護に関する意見書が公安相より提出された。簡単に言えば、衛兵を増員すべきであると。
「先頃の、仮面を被った侵入者の件もあります。あれが世に言う仮面公なのではとの噂もあり、特に婦女子たちの間で、怯えが昂じ仕事が手につかなくなる者が後を絶ちません。見回りの強化に関しまして、是非ともご検討のほどを」
……俺のせいか?
「そうは言っても、軍隊は慢性的な人員不足です。これ以上人手を割くのは難しいでしょう」
労働大臣フィオが反駁する。さすが労務全般を司る役職なだけあって、軍部事情にも詳しい。
「地方の兵を徴集します」
「手薄になった地方の防備は、いかがなさるおつもりで」
「然るべきのちに、新たに募集します。廷内の強化が先決です」
「異議あり。明らかに民意に反する発言ですね」挙手と同時に文部大臣ピートは言った。「一年前、消防団の人員を削減して兵を増強した結果、東の離宮で起きた火事の消火活動が大幅に遅れたのをお忘れですかね。安易な帳尻合わせは国にとっても不利益でしかない」
「ほなら護民卿の時代みたく、徴兵制でも復活させまっか? 成年男子のいる家庭に片っ端から召集令状送りまくって。それこそ非難囂々でっしゃろ」
ピートの真正面に陣取るギャンカルが冗談めいたことを口走る。
「皆さんは、この廷内で盗難が相次いでいるのをご存知ないのですか」
「盗難?」
エトリアの発言に、一同が身を乗り出す。俺も初耳だ。鉄仮面による服泥棒は未遂に終わったはずだが。
「音楽堂の倉庫にあった楽器が数種類紛失しているのを、管理官が見つけたのです」
「楽器だと。けしからんな、そいつは」
こと楽器に対しては並々ならぬ思い入れがある。俺は再び怒りを露わにした。
「ここは盗賊国家じゃないんだ。法治国家の威信に懸けて、草の根分けても捜し出せ」
「はい。公安庁を総動員して捜査に当たっているところです」
「そんなに大量に盗まれたのか」
「いいえ。竪琴と横笛がそれぞれ一つずつ、あと最近になって胡弓が一式」
竪琴に横笛、それに胡弓。
ははーん。
俺のことだな。
「被害総額はさほどでもないのですが、胡弓は数自体少なく、竪琴の紛失に至ってはどうやら一年以上前に遡るそうで、管理責任のほうも併せて追及しています。今後は音楽堂近辺の警備もより厳重にして」
「あ、ああ判った。まあ程々にな」
俺は声の調子を落として宥めすかした。これ以上立ち入るのはよそう。なんだか八方塞がりになりそうだ。
結局、衛兵増員の件は当分の間別部署の官吏で補うことにして意見がまとまり、その後の議題も順調に消化していった。
「賛成五名、反対二名です」
「裁定はここに下った。賛成多数により本案は可決とする……議題は尽きた。これにて三重に偉大なる議会を解散する!」
けれども第一の懸案である増税その他は結論が出ず、またもや次回の臨時評議に持ち越された。もはや財務相ギャンカルからも皮肉の一言すら出ない。
いい加減予算を定めないと国全体が立ち行かなくなる。次の会議では、増税案の可否に拘わらず暫定予算を必ず編成するという条件で、どうにかもぎ取った可決だった。
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