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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第14話
2 第二秘書への様々な頼み事(承前)
緋色の絨毯に落ちた氷を手早く処理したのち、第二秘書は語調を改めて、
「そういえばですね、議長」
「下らない話じゃないだろうな」
「中央通りの鍛冶屋さんが、新しい刀剣を開発しているらしいですよ」
その発明心溢れる鍛冶屋は顔見知りだが、近頃は顔を合わせていないしそんな話も初耳だ。
「よし聞いてやる。続けろ、ドルク」
「なんでも火薬を用いた特殊な仕掛けがあるそうで、ご老体曰く、この世に二振りとない貴重な剣となるそうで」
そうやって稀少価値を上げて値を釣り上げる算段なのだろう。虫も殺さぬ好々爺の風貌だが、結局は金の亡者か?
「まだ試作段階ですけど結構な自信作とかで、完成した暁には是非評議会の皆様にお納めいただきたいとおっしゃってました」
「納める? ただでか」
「もちろんです。あの方の発明は慈善事業みたいなものですから」
最高だよ、鍛冶屋のじいさん。
俺は早速、出来上がり次第その剣を取り寄せるようドルクに指示した。
「頼みついでに、もう一つ頼みたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「女物の衣装を一揃え貸してくれ。できれば下着も」
沈黙。遠くのほうで真紅の翼がバサバサと羽ばたいた。
「おい、そこで黙り込むな。言っとくが俺が欲しいのは新品だぞ。脱いだ後のがいいとか、そんな変態趣味はないからな」
「着るんですか?」
「女装趣味でもねえっ」
一度芽生えた不信を、ドルクはなかなか取り去ろうとしてくれなかった。
「どうしたんですか一体。珍しく服装について口にしたかと思えば、またそんな非常識な頼み事を」
「察してくれ。こっちも訳ありなんだ」
「取り敢えず、僕と同じ服を着るのはやめてください。話はそれからです」
「服装まで指図するか。チェリオーネかお前は」
瑞々しい海の色で統一された、素朴で身軽な上下一式。これが男の秘書に宛がわれた春夏用の正装だった。
「俺はこの青が気に入ってるんだよ」
「いくら服装に頓着しないからって、紛らわしすぎます。大不評ですよ」
「ならお前が俺の服を着ればいいだろう」
「そういう問題じゃありませんよ」
本来は議長専用の礼服を着て会議に臨むのがしきたりなのだが、口煩い第一秘書がいなければ守る必要もない。俺に不満がないのだから、秘書と同じ服でもなんら問題はない。うんうん。
「そんなことより、女物の件をだな」
「申し訳ありませんが、いくら議長のご依頼とはいえ、それは承知しかねます」
チェリオーネよりは頼みやすいと思ってこっちにしたが、やはり駄目か。
「むしろ僕はそういうのを諫める側の人間ですから。議長の体裁を考慮しまして、第一秘書に告げ口するのだけは控えておきますが」
「だから誤解だって」
ま、黙っていてくれるに越したことはない。それに、あっさり引き受けてくれるとも思ってなかったからな。仕方あるまい。
自分でやるか。
「けど、お前に諫められても効果ないぞ。声に力が籠もってない。緊迫感もない」
「自分でも重々承知してますよ。では陰腹でも致しましょうか」
「カゲバラ?」
「その本に載ってます」ドルクは文机を指し示して、「極東の島国の風習だそうです」
いかなる悪行を重ねたとはいえ、主君は主君である。その主君を非難することは、忠義に反する謀反人の行為に等しい。それでも直訴せねばならないとき、忠義に反する詫びとして、事前に腹を切ってその切り口に包帯を巻き、死線を彷徨いながら主君に対して悔い改めるよう懇願し、そのまま死んでいくのだという。
「蛮習にしか聞こえんな」俺は率直に言った。「血に飢えた野蛮人どもの集まりじゃないのか? その島国ってのは」
土壌が違えば文化や習慣も異なるし一概には言えないが、こんなもの俺には無駄死にとしか思えない。狂気の沙汰だ。
「ご安心ください。それほどの忠義を抱く者など、この国内には皆無ですから」
「お前はカゲバラしてくれるんじゃないのか」
「うーん、そうですね。保留ということにしておいてください」
逃げたか。
「んじゃ、次はもっと簡単な頼み事にするか」
「本当に簡単なら嬉しいんですが」
「お前、慈雨となんとかの大賢人は知ってるだろ」
「〈慈雨と光彩の大賢人〉ですよね」
俺はその大賢人とやらをこの宮廷へ連れてくるよう命じた。
「お言葉ですが、議長は大賢人に興味がないと第一秘書から伺っているんですが」
「まあな」
だが気が変わった。
「もしも、かの大賢人と接触が取れたとしてですね」ドルクは少し間を空けて、「どのような理由をつけて、お連れしましょうか」
「大音楽祭だ」
一方の壁に釘で留められた告知の貼り紙を見ながら、俺は言った。
「来月の初めにあるだろう」
「そうですね。ああなるほど、賓客としてお呼びするんですね」
秘書も合点がいったようだ。
「足跡が定かでないのでいつ捕まるか判りませんが、一応手配しておきましょう」
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