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『三重に偉大な議長の優雅な生活』第13話
第4章 三重に偉大な議長と謎多き仮面公の思わぬ受難
1 第二秘書への様々な頼み事
「賛成四名、反対三名です」
「裁定はここに下った。賛成多数により本案は可決とする」
紙一重の勝利。予算審議とそれに先立っての増税決議は、二週間後の定例評議会で三たび話し合うことで決着がついた。
「議題は尽きた。これにて議会を解散する!」
議員たちが次々に退席していく。
「また先延ばしかいな」
舌打ちに混じってそんな財務大臣のぼやきが聞き取れたが、坐したままきつく睨みつけてやると、おおこわ、と背を丸めて小走りに〈円卓の間〉を出て行った。
四の月中旬、樹の曜日に催された臨時評議会。
前回の会議とおよそ代わり映えのない内容。
増税案の急先鋒ギャンカルに、異を唱える外務大臣ジールセン。
慎重論を展開する労働大臣フィオ、反論する公安大臣エトリア、茶化す文部大臣ピート。
首を振るばかりの軍部大臣ゴルバンに、黙して語らずの法務大臣ロクサム。
益体もない会議をやっつけてやった後、抜き足で扉の陰にそっと立つ。
細心の注意を払い廊下空間に顔だけ出すと、それを間近に見ていた文部相ピートに、姫君はいないよ、と声をかけられた。
「どこ行った?」
「散歩の時間じゃないの。今日は天気もいいし」
窓外を見上げて言う労働相フィオ。この二人いつも一緒にいやがるな。親議長派同士が仲良くするのは大いに結構だが、なんか怪しいぞ。
「お前さん、そんなに姫君に逢いたいのか」ピートが訝しげに口を開く。「どういう風の吹き回しだ。あんなに毛嫌いしてたのに。さしもの議長殿も、とうとう姫君の熱意に折れたか」
「違うわ」
怪しい二人を置き去りにし、駆け足で私室へ向かう。
途中、ほかの議員たちを何人か抜き去ったが、俺に声をかけてくる者はいなかった。まあ話しかけられたところで答える義理もない。さっきの二人以外とは雑談交わす間柄でもないし。
清掃係の絶え間ない努力できれいに整頓された私室の文机に、浩瀚な書物を黙読する顔色の悪い秘書の姿があった。
「あ、議長。お帰りなさい」
顔を上げ、本を閉じて席を立つ。腺病質というか、貧血でも患っているようなひ弱な顔つきの青年。ひょろ長い体躯。腕も細い。これでチェリオーネの眼鏡でもかけていれば典型的な文学青年だ。
彼女と共に議長に仕える、第二秘書のドルクである。
「お茶くれ。あと生菓子」
覇気のない返事を残して青年が立ち去る。
代わりに椅子に腰掛け、書物に眼を落とす。『世界犯罪対策大全』。身につまされる表題だな。
盆を手に戻ってきたドルクは、いつも通りの浮かない顔で、
「議長、ディーゴの籠の件なんですが」
「おう。もう新しいのにしたのか?」
「まだです。私室の備品を新調するには、議長の署名が十ほど必要なんですよ」
俺は茶碗を運ぶ手を止めた。
「十? 三の三倍にもう一つ? どうしてそんなに」
「そういう決まりなので。仕方ないんですよ」
役所勤めを体現するが如き言い種だ。
「俺が自腹で買ったほうがよっぽど早くないか」
「まあそうおっしゃらずに。書類はあちらに揃ってますので、お暇なときに書いておいてください」
「面倒だ。お前代わりに書け」
「本人の署名じゃなきゃ駄目なんですよ。ディーゴが逃げ出す前によろしくお願いします」
「秘書の分際で代筆もできないのか。給料下げるぞ」
「そんなぁ、勘弁してくださいよ」
ドルクの慌てふためくさまを見ながら冷たい紅茶に口をつける。香り・味共に申し分ない。この淹れ方なら、給料のほうは据え置いてやってもいいか。
「ところで」俺は話題を変えた。「密輸組織の情報はどうなった?」
「武器の密輸集団ですか」
「ああ。隣の〈緑と暁の王国〉から、大量に買い入れてるって噂があったよな」
「表立った動きはないですが、はっきりしたことは判らないみたいですよ」
「公安の奴ら、ちゃんと調べてんのか?」
エトリアめ。円卓の席でぶつくさ言ってないで、さっさとそっちを調べ上げろっての。せっかくこの俺が直々に情報を教えてやったってのに。
あの公安相、平生から大臣然とした尊大な振る舞いが眼につくが、部下どもをちゃんと統率できているのか? 厚化粧も甚だしいし。
「犯行日時が近づいたら、声明文でも送ってもらいたいものですね。解放軍みたいに」
紅茶を淹れた碗を机に置き、あはははと笑うドルク。しかしその笑い声に全然覇気がない。少しは公安相の態度を見習えよ。かといって第一秘書みたくなられても困るが。
「これは私見ですが、お隣との関わりもありますんで、迂闊に手出しできないんでしょうね。外務大臣もこの一件に関しては随分と神経質になっておられますし」
「ほほう」
一丁前な口を利いてくれるじゃないか。それに〈犯行〉日時だと? 天下の解放軍を犯罪者集団扱いしやがって。
俺は紅茶に入っていた氷の一欠片を拾い上げ、胸囲に乏しいドルクの胸許目がけて投げつけた。
「うわっ! 何するんですか」
「用心が足りないんだよお前は」
「ひどいですよ。その紅茶、〈楓と大河の公国〉原産の一級茶葉使用なんですから」
「茶に貴賤などない! 芳しい紅茶を冷ます氷ですら、用いる側の心一つで立派な凶器になるんだ。それを忘れるな。一秒たりとも気を抜くなよ」
「はぁ」
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