合理化・魔術・芸術
手塚治虫は、ある講演で「合理化はゆとりや遊びの空間を消して」しまうことだ、と語っていました。
社会学者マックス・ヴェーバーは、「世界の魔術からの解放」(脱魔術化/脱呪術化)を合理化と呼びました。
この2人が同じ定義で「合理化」を使っていたと考えるのは妥当ではないのですが、敢えてそこを短絡して考えると、世界を魔術から解放することは、ゆとりや遊びの空間を消してしまうこと、となります。
これをさらに逆にしてみると、ゆとりや遊びの空間を作り出すことは、世界を魔術の圏域に閉じ込めるということになるかも知れません。
なおヴェーバーの言う合理化というのは、歴史の展開の過程で進行していくと考えられていました。また、このヴェーバーの合理化の果てに再び魔術化・呪術化が到来するという説をリッツァという人物が唱えています(再魔術化・再呪術化)。
リッツァは、ヴェーバーの合理化をテイラー主義とほぼ同義と考え、そのテイラー主義の現代版として社会の様々な場面における「マクドナルド化」を指摘したことで知られています。
「再魔術化・再呪術化」というキーワードは、このマクドナルド化の全面化のあとに訪れる事態として見出されたものです。すべてが合理化され、何もかもがつまらないものとなった状況で、どうでも良いものが魔術的・呪術的な魅力を帯び始める。このあたりのリッツァの議論はまだちゃんと読み込めていないので、僕の勝手な解釈で書いていますが。
23日の朝7時半に紹介記事を公開予定の『大人が作る秘密基地』という本は、リッツァがかなりネガティブな評価をしていると思われる「再魔術化・再呪術化」の動向を、個々人が主体的に我有化する事例や思想を紹介しているものだと言えるのではないか、と僕は思っています。
最初の方に書いたとおり、ゆとりや遊びの空間を作ることは、世界を魔術の圏域に閉じ込めてしまうかもしれません。しかし不可逆な歴史の展開の中で、合理化は常に進行しているのです。つまり世界は、合理化によって魔術から解放され続け、それと同時に再魔術化が進行する、いっけん矛盾しているかのような事態になる、と言えるかも知れません。
つまるところこういうことなのかも知れません。放っておけば、世界のほうが勝手に合理化し、再魔術化によって閉じていく。しかし人々のほうが、ゆとりや遊びの空間を作り出すことによって「閉じる魔術化」を回避しうる。
『大人が作る秘密基地』の著者は、本書のあとがきで1921年生まれで神秘的なパフォーマンスで知られる芸術家のヨーゼフ・ボイスにも言及していました。芸術(美術だとかアートだとか呼んでも構いませんが)には、合理化も脱魔術化も再魔術化も、ゆとりもあそびも空間づくりも、すべて含まれていると言えると思います。ボイスはかつて「人間は誰でも芸術家である」と宣言しました。
ボイスは、20世紀最大の芸術家のひとりアンディ・ウォーホルとほぼ同世代でした。第二次大戦後に繁栄を極めつつあったアメリカの、その華やかさそのものを自らのイメージに纏い大成功をおさめたウォーホルと、敗戦国でヒトラー・ユーゲントにも在籍していたボイス。
実はこの2人に共通するテーマがあります。それは民主主義です。ボイスの「誰でも芸術家」宣言は非常にわかりやすい例だと思います。20世紀の芸術は、いかにして民主的な芸術を実現するかという問いとの格闘でした。芸術について議論されるときにしばしば浮上する「良さがすぐにわかるかどうか」という問題もこのテーマに属するものでしょう。(脱線ですが、テレビ番組「誰でもピカソ」が打ち切りになって、「なんでも鑑定団」がいまだに人気であることは何かしら重要な示唆を含んでいるように思います)
ウォーホルは民主主義的な理想が、戦後アメリカの繁栄を支えた記号消費の中で露悪的に実現することを見事に作品制作に反映させました。「誰でも15分間は世界的な有名人になれる」という予言とその実現宣言は、ボイスの「誰でも芸術家である」に対する皮肉な応答だと理解することもできるでしょう。
もうひとり有名な芸術家の名言を思い出しても良いかも知れません。パブロ・ピカソの「子供は誰でも芸術家。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」というものです。
芸術を魔術・呪術に置き換え、子供を過去の歴史、大人を現代だと理解し、子供から大人になることを合理化だと考えてみると、ピカソのこの問い掛けはそのまま現代社会に対する挑発として響いてくると思いませんか。
不可逆な合理化の歴史の中で、たった15分間の「有名人」になることを目指すか、それともボイスが言う「芸術家」、ピカソのいう「大人になっても芸術家」を目指すのか。繰り返しになりますが、後者を目指すのであれば、それは世界の合理化のなかで「ゆとりや遊びの空間」を作り出すことが重要なのだと思います。
…なんか急に書きたくなってしまったので書いてみました。変なことを書いているようであればお気軽にご指摘いただければ幸いです。出典とか確認していないので、勘違いとかあるかも知れません。