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動機づけのはなし。


今日は、理科教育 Advent Calendar 2019の15日目の記事です。

今回は私の研究テーマでもある動機づけについて少しお話できたらなと思います。


■□■内発的動機づけの時代 

 内発的動機づけの勉強をしていると、必ず波多野 誼余夫・稲垣 佳世子著「知的好奇心」の本にたどり着きます。この本では、

”伝統的な心理学の理論は,人間を『ムチとニンジン』がなければ学習も労働もしない怠けもの,とみなしてきた。それは果たして正しいか。本書は,興味深い実験の数々を紹介しつつ,人間は生まれつき,進んで情報的交渉を求める旺盛な知的好奇心を持ち,それこそが人間らしく生きる原動力であることを実証し,怠けもの説に基づく従来の学習観・労働観を鋭く批判する。”

とあり、この時代を境に内発的動機づけこそ是であり、そして、生涯学び続ける(自己学習能力とかの育成)ためにも、内発的動機づけを高めることが重要である(稲垣,1980)とされてきました。

 例えば、理科授業では、「あっ!」と驚くような事象を見せることで学習者の知的好奇心を喚起させる取り組みが行われています。そして、知的好奇心が喚起されることによって学習開始の起点(きっかけ)となり、学習者が学ぼうとする行動をします。何かを行動する時は必ず起点が必要になるのですが、その多くは「楽しい」「面白そう」といった感情が作用する場合が多いとされています。しかし、このような感情は一時的であり維持されにくいことも明らかになっています。

 日本の子ども達の現状をみてみると、各教科の学習が好きだという子どもの割合は、日本の場合、他国と比べて特に少ないといわれています。例えば、国立教育政策研究所(2016)の報告では、生徒の科学に対する調査において、「科学の楽しさ」の項目ではOECD平均と比較すると2006年、2015年の場合もかなり低い値です。

 一方、「理科学習に対する道具的な動機づけ」については2006年と比べると2015年はOECDの平均に近づいてきました。これは、理科学習への動機づけの低下の原因の一つとして、学習者が理科を学ぶ意義が実感できていないとった背景を受け、理科の授業において、日常生活と理科の学習内容を関連させる取り組みを行ってきた成果といえるでしょう。

 岡田(2012)は、メタ分析の結果から、内発的動機づけと学業達成の間には正であるが、弱い関係しかみられなかったと明らかにしています。さらに、速水(2019)は内発的動機づけとその成果に関して様々な知見がみられているが、学校場面での成績との関係については必ずしも明確な関係が示されていないとも述べています。


 果たして、本当に内発的動機づけのみによって学ばせることは是なのでしょうか、、確かに、内発的動機づけのみで学習ができるのは理想的であり、学ぶことが楽しいと感じ、動機づけが維持できれば、先生も子供たちもみんな幸せな気持ちでいられ、自ずと生涯学び続けることもできるでしょう。

 これは私の意見にはなりますが、他教科と比べ、理科は特に内発的動機づけや興味・関心を中心とし、かつ、学習内容(知識)と日常生活との関わりを重要視する傾向が強いと思っています。理科(科学)では、自然事象を対象としているため、実験や観察を通して、子ども達が「楽しそう」「面白そう」「不思議だな」と言った感情が他教科と比べ抱きやすいからではないかと考えるからです。私自身、高知県の大自然の中で育ったこともありますが、「なぜ紅葉する木と紅葉しない木があるのか」と幼いながら考え調べた記憶があります。これは、自然事象が身近であるからこそ、観察した結果、「不思議だな」といった感情が作用され、私は動機づけられ、紅葉について調べたのではないかと思います。故に、理科は身近に感じやすい教科であるからこそ、内発的動機づけや興味・関心、学習内容(知識)と日常生活との関わりを重要視し、根強く考えられてきたのではないでしょうか。


□■□動機づけの枠組みを考え直す〜1〜

**まとめきれないので、今回は動機づけの枠組みを考え直す〜1〜とし次回続きを書きたいと思います(いつになるかは未定です)** 

 Deci & Ryanの自己決定理論等の登場を受け、動機づけの捉え方として、これまでの「内発―外発」から、新たに「自律―他律」という軸で捉え直すことが着目されるようになってきました。この理論の登場によって特に、外発的動機づけでも最も自律的な動機づけである「学ぶ意義」「価値」に着目した動機づけが注目を浴びています。

ここで、この理論について軽く紹介しておきます。

自己決定(自律性)の程度に着目し,動機づけを捉えていおり、具体的には、動機づけの内発-外発的動機づけを段階的に捉え、外発的動機づけを自律性の高さによって異なる4つの段階に区分しています。これに内発的動機づけも含めると、それぞれの動機づけは自律性の高いものから順に「内発的調整」「統合による調整」「同一化による調整」「取り入れによる調整」「外的調整」となります。この動機づけの関係について櫻井(2009)が整理した図がこちら↓になります。(中でも「統合による調整」は「同一化による調整」と統計的に分別できず、質問紙で測定することが難しいとされているため、実証的研究は少なくいため扱っていない研究が多い)

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自己決定理論の登場により、外発的動機づけにも他律的なものではなく、自律的なものがあることが明らかになってから、様々な分野で応用されるようになり、研究が進められてきました。日本では1990年代後半から2000年代にかけて注目を浴びるようになりました。そして、これまでの内発的動機づけは是、外発的動機づけは非とされてきた考え方から脱却する一助となるわけですが、、、その適用についても賛否両論な意見もあり、長くなるので次回まとめます。。


□■□動機づけ向上への新たな示唆 

 依然として日本の学習者の動機づけは低く、問題視されてきました。この動機づけにみられる課題の原因の一つとして、理科学習に対する「学習の意義」を学習者自身が実感できていないことが近年ではいわれています。そこで、理科教育の研究や実践では、「理科学習の意義」を実感させるために、理科の学習内容である身の回りの自然現象等の科学の知識を日常生活と関連させた学習活動に関する取組や調査研究が多く行われてきました。そして、このような取組を行うことで、日常生活と学習が関連付けられることにより、学習者は学んだことを活かせると感じ、その有用性から理科学習に対する動機づけが向上・維持されるといった効果が得られると考えられています。しかし、この取組は一定の効果がみられるものの、学習内容や学習時期によって日常生活との関連が図りにくくなるといった課題も残されています。

 一方,西内・川崎(2017),西内・川崎・後藤(2018)は,これまで多くみられた科学の知識と日常生活との関連だけでなく,科学的能力が日常生活や将来において役に立つといった観点から「理科学習の意義」を認識させることの重要性を指摘しています。

**自分の論文で、手前味噌ではありますが、両研究の知見に基づいて述べさせて下さい。(論文はresearchmapに載せてます。)**

 両研究では、学習者の動機づけの向上のためには、これまで多くみられた科学の知識と日常生活との関連だけでなく、科学的能力が日常生活や将来において役に立つといった観点から「理科学習の意義」を認識させることの重要性を指摘しています。そして、次の2点を明らかにしました。

学習者が「理科学習の意義」を「科学的能力」から認識すると,科学の知識と日常生活との関連から認識するよりも自律性の高い動機づけが向上すること(西内・川崎,2017)。
科学の知識と日常生活を関連づけた学習活動は,取り扱う学習内容によっては,自律性の低い動機づけが向上してしまうことが明らかにされている(西内ら,2018)。

 このため,理科学習における動機づけ向上のためには、「理科学習の意義」として,科学の知識と日常生活の関連だけでなく,理科学習に関わる能力等が役に立つといった「科学的能力」に着目することは有用であると考えられます。つまり、学習者に理科を学ぶ意義は「科学的能力」も身に付けているんだ、と認識させることが自律性の高い動機づけ(中でも同一化による調整)を高める近道になりうるかもしれません!

 もちろん、理科教育に携わる人間として、少なからず、子どもたちに理科は楽しいと感じてもらいたいですが、昔と比べて自然事象が身近ではなくなった(身近に感じにくくなった)現代では、子どもの内発的動機づけを高めることはさらに難しくなっているのではないかと感じます。


 動機づけは本来、複数の動機づけから学習行動が生まれます。まだまだまとめきれていませんが、最後に、最近の愛読書の一部を載せて終わります。

 ”多くの動機づけ研究では,ある目標となる課題や教科の達成には一つの動機づけだけが働いているかのように研究が展開されていることが少なくない。 ・・・・・(略)・・・・・ 調査的研究などをするとAさんは内発的動機づけで,Bさんは外発的動機づけで学習をしているというような印象を受けることが多いが,それは相対的にそのような動機づけが多く働いているということであって,現実には誰でもどのようなことにも一種類ではなく質の異なる複数の動機づけが働いていることの方が多いと考えられる。このような視点も当然な事実とは言え,念頭においておく必要がある(速水,2019)”


引用文献 

・波多野 誼余夫・稲垣 佳世子 (1973)『知的好奇心』,中公新書
・稲垣佳世子(1980)「自己学習における動機づけ」『自己学習能力を育てる 学校の新しい役割』波多野誼余夫(編者),東京大学出版会
・西内舞・川崎弘作 (2017)「理科学習の意義の認識が動機づけに及ぼす影響に関する研究 −自己決定理論における動機づけに着目して−」,『日本教科教育学会誌 』40(1) ,pp56-68.
・西内舞・川崎弘作・後藤顕一(2018)「「理科学習の意義の認識」が「相互評価表を活用する学習活動への動機づけ」に与える影響に関する研究−理科学習の意義を「科学的能力」から認識させる有効性と「日常生活との関連」から認識させる危険性−」『理科教育学研究』第59巻,第1号, pp1-11.
・速水敏彦(2019)『内発的動機づけと自律的動機づけ 教育心理学の神話を問い直す』


□■□終わりに

 最後まで本稿をお読みいただきありがとうございました。なお、本稿へのご意見やご指摘等、お待ちしております。よろしくお願い致します。日付変わるので一旦投稿します!







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