ところで最初から少し脇道に脱線しますが、
「漫画」は、やっぱりアートですよねぇ、そぞろ、、、
北斎にも『北斎漫画』があったり、
↑こちらの記事で「漫(そぞろ)画」といって、
たいした理由もなく気の向くままに描くという意味で、北斎が「漫画」と名付けたとあります。
漫画の歴史、様々に諸説あるでしょうが。
明治の美術教育者・岡倉天心が、著書『茶の本』で述べている、、煎茶の美意識は近代。
たいした理由もなく、気の向くままに描くって、
ゆるいですよねぇ~
↑ちなみに関係ないですけど、はじめてこれを観たとき、「江戸変態」に見えて、
なるほどなぁ、そういう切り口もありかと感心してたんですが、江戸百態でした。
百の変態、、百鬼的な。
しかし何にしても、
待ちました~めでたいですね~
(前回の再開に至っては気付かず読んでなかったですけど、、、)
体感時間635周(リアタイ)
さて、
メルエムはとっくに倒してますが、
現在は暗黒大陸編のカキン王国の王位継承戦だったはずです!
けっこう話複雑だから、わたし実は話があんまりよく分かってない、、、。
さて、
HUNTER×HUNTERと言えば、
主人公のゴンさんもいいですが
(主人公が「さん付け」で呼ばれるって面白いですよね)、
やはり、
ネテロでしょう、百式観音でしょう!
ネテロとは?百式観音とは?
HUNTER×HUNTERに登場するハンター協会という組織の会長!
最強の念能力者で、100才超えの年齢不詳の爺ちゃん。
念能力は、百式観音(千手観音みたいなスタンドみたいな)。
しかし、わたしからネテロの感謝の正拳突きを語るなんて野暮なので、
こちらを観ていただければ全て解決!
ほんものの感謝の正拳突き!
ネテロはこう言っておりました!
ネテロの感謝の正拳突きは、
音を置き去りにして、
さらには感謝の祈りの境地にいくと、
時空を圧縮して宇宙みたいなことになりますが、
これは、
スタープラチナであり、ザ・ワールドであり、
遡れば、忍法・時淀み(レジェンド山田風太郎の忍者小説より)、
ネテロ会長は、じつはめちゃ伸び悩んだ人だったんですよ、、、、
46才、無名の武道家。
己の限界を感じて、山にこもり、、
悩みに悩み抜いた末に、、
たどり着いたのが武道への「感謝」の気持ち。
感謝の正拳突き1日1万回やる!
「悩みに悩み抜いたすえに」というのは、感覚として分かりますね、何事も。
みんな共感するんですよ、ネテロの姿に。
なんで、ネテロは感謝にたどり着けたのかな?って思ってて、
だからだから、「”感謝”の正拳突き」なのだ!
はじめは煩悩を打ち砕く(振り払う)ための正拳突きだったのが、
本物の感謝の祈りへ変化して、、
光の速度とか、物理法則を超えた感謝の祈りが、
念能力・百式観音へ昇華したのだな(仮説)。
ドロドロの泥のなかでこそ遂に咲いたんですね!
ネテロの作中の言葉を借用させていただくと、
祈り、感謝とは心の所作であると。
熱くネテロと感謝の正拳突きのことばかり書いていますが、
お待ちかね「零式権現」ですね、
わかってます👍
この一言に尽きますね。
さて、
この強く念じた念能力の副作用で、
身体がボロボロになって、念能力が使えなくなった主人公ゴンさん。
ゴンが自分に念じた制約がまだ残っているのですよ!
なぜならば、、親友のキルア君がゴンを治してくれただけで自分の意思で回復していないから!
「もうこれで終わっていい」と、ゴンが強く念じた制約がまだ身体に残っている、
念能力は元に戻らない、つまり「零」なのです!
ゼロ、ゼロベース。
ゴンの身体は、漫然の「空」なのです!
そぞろ権現。
ゴンは、
ゴンさん化の後遺症から、身体が天然の空。
しかし、オーラをコントロールする術は身体がおぼえている!
「零式権現」とは、
(ゼロシキ・ゴンゲン)
漫然の空であるゴンの身体が、自然と一体化し、
命を圧縮したゴンの念は、
自然のあらゆる生命への感謝の念に昇華し、
自然現象として顕現する。
権化(ゴンゲというか、ゴン化)する念能力なのです
(めちゃ長い妄想、、、すんません)
ちょっとメタっぽいですけど笑
零式権現~雷パンチとかね、
そういう技名になりますね!
その土地の風土、自然環境への深い受容が、
「零式権現」を強くするのだ!