死ぬ時はひとりで~遺言に変えて~
齢29歳、このたび実家を出る。
正直実家は埼玉の浦和区という東京に出るにも特に不便のない場所にあり、かつ家族関係も良好なのでべつに出ていかなくてもという感じなのではあるのだが。
先月、メンタルを崩し(この言い方好きじゃない)倒れた。引越しについてはそれ以前から既に決まっていた事だったので、この状況でも止められることはなく、粛々と引越し準備を
うそです。今全然終わってません。
本当に締切ギリギリにならないと動けない。昔はちゃんと夏休みの宿題とかできてたのに。年々ダメ人間になってゆく。
引越しまで1週間を切った現在本当はアホほど寝たいところを堪えて毎日ゴミ袋に持っていくもの、いらないもの、売れそうなものなどを詰めていく。
私はとにかくものを多く持っている。
余分こそ人生がモットーなのでミニマリストは卒倒するとおもう。
コレクターとかでは無いのだけど、ぬいぐるみからフィギュア、おもちゃに始まり、10代の頃からちまちまと買っているCD、本、漫画。
服や靴はデカくて重いものがすきだから、よく見るとそんなに枚数はないのにとにかくかさばる。
昨日、それらをぎゅうぎゅうに袋に詰め込み部屋の隅に投げた時、なんか死ぬみたいだなと思った。
自分の好きな物を自分の手元には置いておけないとか、なんか持ってたけど捨てなきゃいけないものが発生してるとか、ここから居なくなるための行政の手続きとか、終活ってこんな感じなのかなとぼんやり考えていたらメンタルが死にかけた。
希死念慮マンに死を連想させたらいけないのだな。
死ぬ時はひとりとよく言う。
本当にそうだと思う。たとえ親しい人達に囲まれて看取られたとしても死を体感するのは自分だけであり、それはもうひとりとしか言えない。
わたしは物理的にもひとりで死にたいとおもう。
死んだ後の処理がめんどくさいかもしれないけど、小さな部屋で好きな物に囲まれて静かに死ねたらと思う。
今回の引越しの裏テーマは
基地を創造し、そこでひとりで死ぬこと。
できたら腐る前に見つかりたい。
墓は要らないので散骨はして欲しいかもしれないけど海も山も嫌いだな。なんか、新宿のきたねぇ公園の隅とかに埋めて欲しいです。
そんなメメントモリなことを考えながら昨日は家電等を買いに行ったのですが、あまりにも生活が押し寄せてきてこりゃしばらく死ねないかも…と思った。
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