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筆頭or責任著者としての論文数が5本以下の若手研究者と学生に向けた科学論文執筆ガイド
note読者のための前書き
この論文執筆ガイドは、研究室の学生に論文の書き方を教えるために執筆したものを修正したものです。論文の最初の1本は指導教員と二人三脚で書き上げていくものですが、2本目以降は学生orポスドクが主体的に執筆することを教員は期待しています。しかし、自身の経験から、1本書いたくらいでは書き方が全然身についていないということも理解しています。私は、ポスドクしていた時の共同研究者が非常に優秀かつ親切だったので、彼の研究室に押しかけていき、3日間付きっきりで書き方の基礎を教えてもらいました。さらに、その後の論文において共著者や査読者から厳しいコメントをいただきながら、少しずつ自分のスタイルを確立しました。ある程度自分の思うように論文が書けるようになったのは、筆頭著者として9本目以降の論文でした。それからは、筆頭著者or責任著者として5本/年のペースでコンスタントに論文が出ています。全て国際英文誌(IFの中央値: 3.6)です。
このガイドは、1本目の論文を出した院生や、博士号をとって指導教員の元を離れたポスドクに最適なものです。業績は求められるが、サポートが薄くなってくる、難しい時期だと思います。しかし、この時期を乗り越えなければ、アカデミックの世界で生き残ることはできません。実験はできる、解析もある程度できる、論文を書いたこともある、でも次の論文が書けない。執筆が進まない。そんな若手研究者が、研究者として自立するための一助となれば幸いです。ちなみに、本記事を論文が5本以下の研究者に向けたというタイトルにしたのは、研究者仲間をみていると5本程度で書き方をマスターしているようだからです。
用語の定義と説明
クリエィティブ作業: 本稿では、「知恵を絞った検討を要する作業」をクリエィティブ作業と定義する。論文執筆に際し、最も重要な作業である。
非クリエィティブ作業: 「決められたマニュアルに従って進める知的負荷の低い作業」を非クリエィティブ作業と定義する。
パラグラフ: 論文を構成する文章の単位。第1文にそのパラグラフの主張を書き、第2文以降が第1文をサポートする。各パラグラフの第1文を集めるとその論文の概要となる。詳しくは、「論理が伝わる 世界標準の「書く技術」 (ブルーバックス)」を参照されたい。
例文: 本文中内の例文には文頭に[例文]と示した。
はじめに
本稿は、筆頭あるいは責任著者としての論文執筆経験が5本以下の、論文執筆に苦労し、暗い気持ちでいる学生と若手研究者に向けた初歩的なガイドです。経験豊かな研究者からは、こんな不完全なガイドでは高品質な論文は書けないと思われるかもしれません。しかし、このような基礎的なフォーマットを学び、執筆経験を積むことでより洗練された論文を書く力が身につくのではないかと思います。
本稿を書き始めたきっかけは、学生が読むだけで論文執筆の概要がわかるガイドがあれば、学生指導の手間が省けるのではないかと思ったことです。論文執筆ガイドは沢山の名著があり、私も勉強してきました。例えば、私は学生時代から「これから論文を書く若者のために 究極の大改訂版」(酒井聡樹、2015)を読み、書き方を学んできました。また、論文執筆に当たっての心構えは、HP 内田樹の研究室、卒論の書き方(2010年8月3日、http://blog.tatsuru.com/2010/08/03_1235.html)から学びました。これらの先輩方のガイドは大変参考になるのですが、分野が違うことや、学生が本を全く読まないなどの理由によって、学生に勧めてもなかなかうまく機能しませんでした。そこで、最低限の情報を記載したガイドを書きました。
私は論文の書き方を学ぶのにかなり苦労したと自負しています。筆頭著者として6本目の論文では、査読者からパラグラフの構成にご意見いただき、結果と考察のセクションのパラグラフの順序を全て入れ替えたました。また、筆頭著者として8本目の論文では、優秀な共著者から「質が低い」とご指摘いただき、最初から全て書き直しました。これらの身を切って得た経験を元に本稿を執筆しました。これからの学生、若手研究者は論文執筆能力をできるだけ早く身につけ、研究者として最も重要な研究発想や研究を通じた社会貢献に時間を費やしていただくことを念じます。
論文を書く意義
Publish or perishと言われるように、研究者は論文を書かなければならないという圧力を感じている。また、指導教員や上司は、院生やポスドクに論文出版の圧力をかける。それは、研究者として生き残るためには、論文実績が重要であるからだ。このような論文出版圧力は、必ずしも科学界への貢献を意図したものではない。しかし、論文出版は結果的に科学の推進に資するため、論文出版への圧力は堂々と宣揚されている。
研究データというものは、論文として公開されない限り、信頼に足る情報として公になることはない。よって、たとえ公的資金が投資されていない研究であっても、後続の研究者が同様の研究を行なって時間と研究費を無駄にしないため、論文を出版することは研究者の責務である。
論文の執筆は研究者の責務であると同時に、研究者自身のためでもある。研究者は論文執筆を通して、自己の研究の意義を発見する。データの解析、論理の構築、既往研究との比較などを通して研究者が研究の意義を見出すことは、論文執筆の経験の豊富な研究者には同意していただけると思う。言い換えると、テーマを発案した研究者であっても、論文を執筆しなければ論文の元となるデータの意義は見えていない。よって、研究者が研究テーマの価値を見出すため、論文執筆は必須の過程である。
論文執筆は研究者の能力向上に大きく貢献する。「イントロダクションの書き方」に詳述するように、研究者は論文執筆を通して多くの文献を精読する。また、論文ごとに新たな解析法や論理展開を学び、研究の幅を広げていく。実際、私は論文執筆を通じて新たな研究テーマを着想することが多い。このように、論文執筆は研究者の責務あるという側面と、研究者のトレーニングとしての側面を持つ。加えて、内田樹氏は大学教員の論文執筆は「大学教員のバカ度を公開」する機能があると指摘する。これはひとつの見識であると思う。内田氏の文章(http://blog.tatsuru.com/2000/10/02_0000.html)を引用する。
「論文を書けばその人の「頭の中身」は天下の人の知るところとなる(中略)学術論文の執筆ということの意味を大学人の多くは勘違いしているように私は思う。あれは「賢さを示す」ためのものではなく「バカ度を公開する」ためのものなのである。論文を書かない人はよろしくないと私が言うのは、(中略)「バカ度を公開しない」からである。」
内田氏は、研究者は論文出版を通じて自己の知的レベルや嗜好を学生や共同研究者に向けて開示することが重要だと主張している。私は、論文は科学的に重要なデータや新発見の信頼できるソースであると同時に、身近な対象(共同研究者、学生)が自己の能力の物差しとして利用していることに同意する。
このように、様々な理由によって我々は論文を書かなければならない。論文を書くことは、我々自身のためでもあるし、同時に科学の推進という我々の使命でもある。
どのように効率的に執筆するか
論文執筆の効率を良くするために重要なことは、論文執筆の過程を細分化し、できるだけ多くの過程を非クリエィティブ作業に落とし込むことである。論文執筆経験の浅い研究者(大学院生、ポスドク)の論文執筆への取り組みかたを示す。
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クリエィティブ作業:
イントロダクションの執筆
方法の執筆
解析
図表の作成
結果と考察の執筆
引用文献の収集と読み込み
非クリエィティブ作業:
参考文献リストの整理
フォーマットの調整
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経験の浅い研究者にとって、論文執筆の殆どの過程はクリエィティブ作業であり、どこから手をつけて良いのかがわからない。早い話が、書く気にならない。しかし、経験豊かな研究者にとっては、論文執筆の大部分は非クリエィティブ作業である。この違いが、論文の生産性に影響する。まず、論文執筆作業を詳細に分割すると下記のようになる。
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