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どこだれ㉞ 滞在制作、終了後の関わり方

2024年の後半は、これまでに行った滞在場所をまわることに決めて、少しずつ実行している。考えてみれば当たり前なのだが、作品制作を伴わないで各地を巡るのはもはや単なる旅行で、ふらっと行っては何でもない話をして、聞いて、帰ることを繰り返している。勿論仕事ではないのでお金は出ていくばかりだし、場所も遠い所が常なので時間もかかる。しかし、これはもう意地のようなものだ。
作品をつくって、その場所とはそれっきりになるのは別に普通のことなのかもしれない。ただ、矢張りどこかで「なんだ、結局自分の作品のために利用しただけじゃないか」とその土地から言われてしまう気がするのだ。滞在制作をした地域を離れる時にはかならず「また来ますねー」と言って別れるようにしているのもそのためだ。

…と、理由をつけてはいるが、実のところただ会いに行くのが楽しいのだと思う。行った先で畑仕事を手伝わせてもらったり、手料理をごちそうになったり、最近の町や村のニュースを聞かせてもらったりする。昔話を三時間くらい聞いた後に、「…で、今日はあんた何しに来たの?」と尋ねられ、「いや、こういう話を聞きに来たんですよ」と言うと、「変な趣味だなー」と笑ってくれるのがなんとも心地いいのだ。

先日は、ご飯をごちそうになって、最近のニュースを聞いたあと、あまりにもやることがない(手伝えることもない)と言うので「いつも歩いている散歩道を案内してもらう」というイベントが発生した。
聞けば、夕方の16時頃に仕事から帰った後、毎日家の周りを30分程度散歩するのだという。「もう30年くらい続けてるよ」と言うので驚いた。相当な雨でない限り、雪の日も雨の日も一人で歩いているそうだ。散歩道は結構な急斜面で、足にくる。「どうして歩き始めたんですか?」と聞くと、「健康診断で引っかかっちゃってさー」と笑った。
人も車も滅多に通らず、耳を澄ませば近くに流れている川の音が聞こえる。静かな道だった。
「冬とか、もう真っ暗じゃないですか?」と聞くと、「そうねー」と平気そうだ。
そのまましばらくお互い無言で歩いた。歩いていると、何だか不思議な気持ちになった。初めて歩く場所だけれど、その人が毎日、人生のうち30年も歩き続けてきたなじみの場所だと知ると、風景も違って見えてくる。
「このお家、花がいっぱいですね」と言うと、「ここの人は植物が大好きなんだよねー、だからこうして、季節ごとに花を咲かせる植物育ててね。綺麗だよね」と教えてくれた。
「あれ、あの花も綺麗」と指すと、「あれはお茶の花。かわいいよねえ」と指先でちょんちょん触る。「うちの茶畑にも咲いてるよ、見る?」と言うので案内してもらった。
着いた先は想像したよりもずっと大きな茶畑で、わあと声が出た。
「昔は、お茶摘みの時期は親戚中で集まってやったんだけどさ、もうみんな歳だし、去年からやめたんだよね」と話しながら、その目は遠くを見ていた。随分にぎやかだったんだろう。私には見えないので、その人の見ているいつかの初夏の風景を必死に想像した。

帰り際、いつもお参りするという神社に寄った。長い階段は上がらないで、下から拝むのだと言う。静かに手を合わせた後、しばらくして「あれ、孫の名前忘れちゃった。何人もいると、毎回わかんなくなって…」と言いながら携帯電話を出して確認している。こうやって毎日、自分たちのことを願ってくれている存在がいることを、孫たちは知っているのだろうか。

30分かけて帰って来ると、相当に疲れた。「いい散歩道ですね」と言うと、「でも最近はきつくって。あと何年歩けるかなあって思ってんの」とつぶやく。「大丈夫ですよ、私さっき神社で、みなさんの健康と安全を願いましたから」と伝えると、「えーそっかー」と言って笑った。「ありがたいことだねー」。
その顔を見て、これじゃあまるで祝い唄を歌って去る瞽女さんじゃないか、と思った。でも、こんな風に祈ることしか、作品を作り終えた後の自分にはできることはないんじゃないかな、とも思っていた。

しかし、よくよく考えると話はそう単純ではないらしい。
行く先々で、会う人が「あんたが来るっていうからさあ、久しぶりに作ったわ」とその土地のお祝い料理を振る舞ってくれたり、蔵の整理をして何か参考になりそうな資料や村史、日記や雑貨を持ってきてくれたりする。資料についてひとしきり話したあと、「それは貸すから。読んで、また来るときに返してくれたらいいから」と言う。びっくりするのだけれど、どの場所に行ってもかなりの確率でこういうことがある。
私は、これを「宿題」だと認識している。結局のところ、皆アーティストとして扱ってくれているのだ。だから私はいつもそこへ甘えて(畑仕事を「手伝う」なんて虫のいい話で)、通ってしまうのだと思う。直接は言わないが、物や記憶を見せたり持たせたりすることで「あんたはただ遊びに来たんじゃないだろう、何かしら形にしなさいよ」と釘を刺されるからこそ、その土地と関係を切らずにいられるのだ。
毎回、帰りの列車の中で宿題を広げて、「かなわないなあ」と思う。その土地に何かを届けたり残せるなんておこがましい。せめて聞かせてもらえる声があるうちは、意地でも通い続けようと思う。