パキスタンの象嵌細工
大理石を使う象嵌細工(ぞうがん)は、パキスタンで伝統的に受け継がれている工芸技法のひとつです。大理石に半貴石を埋め込み見事な模様を作り出す象嵌細工の歴史は、ムガル帝国時代にまでさかのぼります。
大理石を使う象嵌細工はムガル帝国時代には最高潮に達し、熟練職人たちが王宮、砦、霊廟のために息を呑むような芸術作品を数多く制作しました。パキスタンのジャハーンギール廟や、インドのタージマハルなどの並外れた装飾は象嵌細工の代表作品であり、職人の絶妙な美しさと技術を誇示しています。
ジャハーンギール廟の石棺に施された象嵌細工は、注目に値する表現技法であり、世界の建築装飾の中でも最高峰とされるほど高く評価されています。ジャハーンギール廟には、花、糸杉、ツタ、ワイングラス、鳥といったデザインや、多様な幾何学模様の唐草が装飾されています。
象嵌細工は、アクバル、ジャハーンギール、シャー・ジャハーンの治世であったムガル帝国の下で繁栄しました。象嵌細工は、16 世紀から 17 世紀にかけて継続的に改良されながら、王室の宮殿にふさわしい壮大な芸術としてさまざまな段階を経て発展していきました。
大理石に埋め込む半貴石には、オニキス、ジャスパー、カーネリアン、ラピスラズリ、翡翠、ターコイズなどが使われます。これらの半貴石を薄くスライス状に切り、大理石にあらかじめ彫られた切れ目にきっちりと埋め込まれていきます。象嵌細工が、ムガル芸術の中で最も美しく人気のある形式の ひとつであり、この時代に独自に発展した芸術であることは驚くべきことではありません。
イスラマバードにあるファイサル・モスクを装飾する幾何学模様の象嵌細工も有名で、とくにモスク内のミフラーブに施された象嵌細工は圧巻です。
パキスタンには膨大な大理石資源があり、バロチスタン州、カイバル・パクトゥンクワ州、パンジャブ州を含む3つの州に広く広がっています。大理石以外にも、花崗岩、石灰岩、水晶、エメラルドなど、さまざまな希少で貴重な天然資源に恵まれています。
ラホールやペシャワールでは、大理石を使った象嵌細工の伝統が受け継がれています。熟練職人が大理石に複雑なデザインを彫り込み、これらのデザインに合うように、薄くスライスされた半貴石を慎重に選択しながら、大理石に彫られた切れ目にきっちりと埋め込んでいきます。その後、石は滑らかに仕上げられるまで研磨され、自然な色が強調され、白い大理石との色鮮やかな半貴石の素晴らしいコントラストが生まれます。
大理石の象嵌細工は、床材、壁パネルなどの建築要素、テーブル、宝石箱、装飾トレイなども使用されます。これらの作品は、芸術的伝統と文化遺産の融合を表す、精緻な職人技と時代を超えた美しさで高く評価されています。