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ラスコーリニコフ

    「貴方に最も影響を与えた本は? 」との質問に「通帳。」と答えた男がいた。彼の名はドストエフスキー。ギャンブル三昧で、借金生活と持病に悩まされ続けたロシアの大文豪だ。

    私は、彼が書いた罪と罰と言う作品の主人公、ラスコーリニコフと言う青年が好きだった。偉大な人間には、人類の為ならば他の凡人を殺す権利がある。といった浅はかで自己中心的な考え方に、当時思春期真っ只中だった私は、えっ、何こいつ、渋っ、と思い、彼と同じような屋根裏部屋に住みたくなって、懐中電灯片手に数冊の本とお菓子とジュースを持ち込み押入れに潜り込んで一時間程過ごしたが、何処ぞのネコ型ロボットが脳裏にチラつき、ホンワカパッパと鳴り始めたのですぐやめた。若さ故の過ちだ。若さは時にとんでもない衝動を駆り立てる。その時の心境によって、触れる芸術作品や文学などが鮮明に見えたり、不鮮明に見えたりする。私とラスコーリニコフは、自分は非凡な存在であるという恍惚感に支配されていた点においてシンクロ率400%を超えた。進路クリア、オールグリーン、正常です。

    そして私は、アコースティックギターを片手に、街へ飛び出して夜な夜な自作の曲を歌うという正気の沙汰ではない行為を繰り返した。眼に映る全ての人が私のファンである事に疑いすらなかった。たまたま目が合ってギターケースに小銭を投げ入れてくれた酔っ払いのおじさんに、あぁ、私の音楽がわかるなんてセンスが良いね、なんて上から目線で対応したり、女子高生におにぎり貰って、ありがとう、君の未来に花束を。とか何とか言って暮らした。今思えば、歌を聴いておにぎりあげようってなるかね、そんなにお腹空いてるように見えたのか、と感じてしまうが、そこは天才、そんな事は思わない。プライドが高く、独善的で、まさにラスコーリニコフ、その人であった。


    今現在の私は、なんかお前って将棋とか猫とか食べ物の話ばっかりで、おじいちゃんみたいやな、と言われながら暮らしている。汚い屋根裏部屋を船室だと言って自慢してたが、母親に「まるで棺桶やな。」と言われた彼の気持ちが、今ではよく分かるぜ。ただ、愛などという不確かな物に毒された結末は頂けないがな。


    お恥ずかしい限りだが、そんな簡単に人は変わらない。私は人畜無害を装って暮らしているが、やはりプライドが高く、独善的で、恍惚感が得られる場が好きなのだろう。船は港に止まったまま、出航の日を待っている。この長い嵐が過ぎたらまた出かけよう。



    その日が来るまでは、将棋したりなんかして、穏やかに暮そうかな。



選ばれてあることの恍惚と不安の二つ我に在り
(ヴェルレーヌ「智慧」より)


↓    私の奇跡の歌声が登場する動画はこちら。


ではまた。


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